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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
159/168

進む先にあるものと蠢く策謀

初秋の風がラグスティアの街を優しく撫でていた。


街路樹の葉がわずかに色づき始め、日差しの強さも心なしか和らいできた。


クロスはギルド裏の訓練所で、木剣を握り汗を拭いながら呼吸を整えていた。


この三週間、クロスは冒険者としての仕事をこなしながら、一日も欠かすことなく訓練を続けていた。


バルスとの模擬戦を経て以降、彼の名は町の中で一種の「噂」として広まり、何人もの冒険者が彼に同行を申し出てきた。


その中には5級目前の6級もいたし、今まさに5級に昇格したばかりの冒険者もいた。


彼らと共に3度、魔物討伐に出かけ、クロスは改めて「実戦での連携」と「自分の役割」を見つめ直す機会を得た。



そんなある日の午後。


ギルドの訓練場での鍛錬を終えたクロスのもとに、久方ぶりの顔が姿を現す。


「戻ったわよ」


肩に荷を担ぎながら、にやりと笑うのは他でもない、グレイスだった。


「……おかえりなさい、グレイスさん」


嬉しそうな笑みが自然と漏れるクロスに、グレイスも満足げに頷く。


「予定よりちょっと遅れたけど、何とか間に合ったわ。で、セイランへ向かう準備は?」


クロスは少し逡巡した後に、頷いた。


「はい……でも、セイランで自分がどう動くべきかを、まだ少し考えています」


グレイスは肩を落ち着け、クロスの隣に腰を下ろす。


「知り合いに会うって言ってたわね。それ以外は?」


クロスは短く息を吐く。


「実は、障壁魔法を学びたいと思っています。近距離なら剣、遠距離なら氷魔法と自分なりの戦い方が形になってきました。でも……近接戦になると、どうしても防御が脆くて」


「それで《シールド》や《バリア》の類を覚えたいってわけね」


「はい。防御の底上げができれば、今よりもっと柔軟に動けると思うんです」


するとグレイスは、やや真剣な目をして彼を見る。


「クロス、障壁魔法っていうのはね、どんな人間でも学べるものじゃないの。適性がなければどれだけ学んでも身に付かないし、そもそも魔力の形そのものが合わなければ弾かれて終わりよ」


「それは……前にセラさんからも聞きました。けど、適性はあるって診断(神様に)で言われてるので、たぶん大丈夫です」


グレイスは少し驚いた顔をしてから、納得したように笑う。


「そっか、それならまぁ……前提はクリアしてるのね。なら話は早いわ」


クロスはさらに踏み込む。


「セイランで魔法を学ぶ場合、資格とか必要ですか? あと……お金のことも」


「あるわよ。資格というか、信頼の証明がいるの。私塾っていうのは、基本的に一般人…特に、魔法使いになりたい実家が裕福な子が通うの。貧しい者はまず入れない。特に冒険者なんて怪我ばっかりして通い続けるのも難しいし、私塾と仕事を両立できる者なんて、ほんの一握りね」


「……それでも、王国勤めを目指すような人は通うんですよね?」


「そうね。士官候補生、軍属を目指す者、あるいは王都の魔法局を狙うような人間。でもクロス、あなたの場合は……」


「……冒険者です」


「そうでしょ? そうなると、普通の申し込みは通らないことが多いの。でも例外はある」


「例外?」


「ギルドからの推薦、もしくは私塾の卒業生からの紹介。それがあれば、特別枠で入塾の可能性はあるわ」


クロスは少し安堵しながらも、次にお金のことを尋ねる。


「費用は、どれくらい掛かるんですか?」


「私の知っている私塾は二つ。ひとつは《アストレア魔法塾》。セイランでもっとも歴史がある塾で、実践重視。もう一つは、《リューエル私塾》っていう若い魔術師がやってる少人数制の塾。こっちは紹介さえあれば入れるけど、月謝は高いし、冒険者活動と両立するには結構な根性が必要になるわよ」


「もしそっちに行ければ、費用は……?」


「基本は月2ゴル以上。教材費とか、実技のための設備費も含めて月3ゴル近く見積もっておいた方がいいわね。しかも半年単位で前払いよ。つまり……15ゴル前後」


「……」


無言で額に手を当てるクロス。現在の所持金は、宿代込みで8ゴルと30シル。


「足りませんね……」


「そりゃそうよ。あなただってなんとなく分かってたでしょ? セイランに着いたら、ギルドにも相談して移籍後すぐに仕事と両立できる方法を考えてみる?」


「仕事と両立……パーティを組んで?」


「そう。ただし、私塾の授業は昼間が中心。つまり、仕事は夕方から夜にかけて、か、依頼内容を選ばないと両立なんてできないわ。多くの人がそれに失敗して、半年以内に私塾を辞めるの」


クロスは深く頷いた。


「なるほど……それでも、やっぱりやってみたいです」


「……なら、やっぱりセイランのギルドで相談ね。向こうには塾を卒業した冒険者もいるし、紹介してもらえる可能性もある。あなたはまだ若いし、伸びしろがある。無理だとは言わないわ」


少しの沈黙のあと、クロスはふっと微笑んだ。


「はい。ありがとう、グレイスさん」


「礼なんていいのよ。師匠なんだから当然でしょ」


そう言って、グレイスは茶目っ気たっぷりにウインクして見せた。




ザイガル帝国、帝都南方の山中に潜む地下聖堂。


巨大な円形の石室。

天井に彫られた封呪の文様が、仄かに淡い紫の光を放つ。


その中心に、漆黒の祭壇と、それを囲うように十一の影。全員が、黒い布のような装束で身を包み、顔を隠している。


その祭壇の上。


たったひとり、玉座のような高台に腰かける男の姿があった。


姿は黒衣に包まれ、顔は影に沈み、声さえも低く、どこか響くように聞こえる。


その者こそ——《ヴァルミュール・エリュシオン》。


彼の前で、黒装束たちが次々に報告を始める。


「リーヴェリア神聖国での政争介入、成功しました。派遣した神官は枢機会議に席を持ち、教皇派と貴族派の争いを煽っています」


「グラディウム公国では魔物誘導に成功。人為的な氾濫により、西部三州で行政が麻痺。王都は対応に追われ、動けぬ状態です」


「セレシア王国では、上位冒険者を含む7名を誘拐、転移魔法によって拠点へ移送済み。洗脳の進行度は現在五割。一部は実戦投入可能と見ます」


「ヴァルドレア王国では、小規模な農民蜂起を誘導。中央からの兵派遣が始まり、王都軍の動きが制限されました」


「ノルヴァン連邦北部、ベイル平原にて魔物強制進化の実験成功。失敗個体を処理済み、成功体は三体が生存中。観察を続けています」


そして、報告は、黒装束のひとり――アグニスの番へと移る。


「……エルディア王国でのノルヴァン連邦との戦争誘発計画……失敗しました。ヴァルザは……死亡。与えていただいた軍勢も全滅。冒険者達が予想以上の力を持っておりました」


一瞬、空気が止まった。

沈黙の後、それを破るように、別の黒装束がくつくつと笑う。


「失敗だけでなく部下が死んだ報告かよ……よく帰ってこれたなぁ、アグニス?」


名は、シェリア。


口調は砕けているが、その下に鋭利な毒を隠しているような響きがある。


笑っているのが、全員に伝わるような声だった。


「……やめろ、シェリア」


右手奥にいた初老の男、マルカスが低い声で嗜めた。


「任務に失敗した者を責めることは容易い。しかし、そこに至る過程に価値があるのは、我らの理念のはずだ」


だが、彼の言葉にもかかわらず、他の者たちの中には小さく舌打ちする者、無言の軽蔑を示す者もいた。


「ヴァルザを失ったのは大きい。あれだけの剣士を……惜しいことだ」


「それよりも、おめおめと戻ってきたアグニスの神経の太さがすごいな」


「戦争誘発の失敗はともかく、使徒を失うなど……」


だが次の瞬間。


人影が、ゆっくりと左手を上げた。


……その一動作だけで、黒装束たちは即座に沈黙し、全員が再び地面に膝をつき、深く首を垂れた。


誰ひとり、息すら漏らさない。


空間は静寂と緊張に支配されていた。


「……我らが成すべきことは、この世界の理を変えること」


人影の声は、静かに、だが確実に全員の脳を直接撫でるように響いた。


「腐敗しきった王政、欲にまみれた貴族、冒険者を名乗りながら無力な存在……この世界には”秩序”が必要だ。真なる、均衡の在り方が」


「犠牲は……致し方ない」


その声に、誰も逆らわない。


むしろ黒装束たちはより深く頭を垂れる。


敬意とも、恐怖ともつかぬ姿勢で。


やがて、人影は言った。


「アグニス。次の行動には慎重に行動すること。相手がいると言う事は、想定の範囲を超える場合もある」


「……心得ております」


「他の者たちは引き続き行動を継続せよ。第二段階の準備を急ぐのだ」


そう言い残し、人影の姿は、音もなく闇の奥へと消えていった。


残された黒装束たちも、無言のまま一人、また一人と、その場を後にする。


まるで、闇が命を持って静かに這い出していくかのように。


最後に残ったマルカスは、消えた主の椅子に一礼し、誰にも聞こえぬほどの声で呟いた。


「……やがて、理想もまた、血に染まる。それがこの世界というものだ」


そして、足音ひとつ立てず、彼もまた闇へと還っていった。


部屋には、ただ冷たい静寂だけが残されていた。

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