表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
158/168

赤牙の斜丘

ラグスティアの南門を抜けたのは、陽が頂点に達する頃だった。


クロスは背負った荷物を肩にかけ直し、隣を歩くシアン、少し後ろを歩くヘレナとシーファに目をやる。


四人での依頼はこれが初めて。


互いの距離感はまだ測りきれないが、それでも空気はどこか心地よかった。


「……それにしても、今日はよく晴れてるな」


先頭を歩くシアンが言った。顔を上げると、空には雲ひとつない。


草原の風が頬を撫で、遠くには丘陵の影がぼんやりと浮かんでいた。


「こういう日に限って、魔物に遭遇するのよね……晴れだと人も出歩くし、狙われやすいもの」


シーファが苦々しげに呟く。


「そんな時こそ、シーファの弓に頼ってるんだよ。頼りにしてるぞ」


「……あんたにだけは言われたくないわ」


そう返しながらも、シーファの口元にはうっすらと笑みが浮かぶ。


クロスも笑いながら口を開いた。


「お二人とも仲が良いんですね」


「よくはねえよ」


「仲は悪くないわ」


即答した二人に、ヘレナがくすくすと笑う。


「ま、言葉より動きの方が信頼できる仲ってことでしょ。私も、そういうの嫌いじゃないわ」


そんな他愛のない会話をしながら、四人は夕暮れの道を進む。


一泊するための中継地に着いたのは、陽が沈み切った頃だった。


小さな炊事場と木造の屋根がある簡易野営地で、冒険者や旅人が使う共有の休憩所だ。


夜は交代で見張りをしながら、火を焚いて暖を取る。


クロスは交代の時間を終えた後も、静かに座って目を閉じ、魔力の流れを身体に通す訓練を繰り返していた。


(……明日が、本番か)




翌朝、朝露が残る草の斜面を越え、《ウィンベルの斜丘》に到着したのは、昼前のことだった。


眼下にはゆるやかな丘陵が続き、草の波打つ中に、赤黒い毛並みの魔物たち――《ブラッドファング》の姿があった。


十一体。いずれも体長は一メルを優に超え、唸るような低い音を漏らしながら、縄張りをうろついている。


「……あれだけの数がいると想像以上に厄介そうね」


シーファが低くつぶやく。


「奇襲しても、数が多すぎれば一気に包囲される可能性がある。作戦を練ろう」


シアンが落ち着いた声でそう言い、三人を見渡した。


「クロス、お前……剣だけじゃなく、魔法も使えるって聞いたけど、どうなんだ?」


「はい。メインは剣ですが、氷魔法なら少し。攻撃系が中心です」


「……氷、か」


シーファが少し眉をひそめる。


「悪くないけど、ああいう機動力のある魔物に間に合うの?」


「……たぶん」


クロスは躊躇いがちに言った。


「《フロストショット》って魔法なら、ゴブリンくらいなら一撃で倒せます。加えて、《アイススパイク》も。少し準備が必要ですが……」


「……あぁ、グレイスさんが言ってた。『クロスの魔法は普通じゃない』って。まさかそれほどの威力があるとはな」


シアンは顎に手を当てて少し考えると、すぐに方針を決めた。


「よし。まずはシーファの弓で注意を引く。その後、俺とクロスが前を張って突撃。シーファは後方から援護。ヘレナは俺たちの後方に回って、シーファの位置からも支援できる位置にいてくれ。……クロス、お前は剣を基本にしつつ、射線に気をつけて魔法も交えてくれ」


「了解です」


「わかった。……始めるわよ」




シーファの指から矢が放たれた。


「ッ……!」


風を切った一本の矢が、ブラッドファングの目を正確に射抜く。


咆哮とともに群れが一斉にこちらを向いた。


「来るぞ、クロス!」


「はい!」


視界を覆うように広がる群れ。だが、クロスは恐れずに立ち向かう。


《視界領域――ビジョン・ドメイン!》


発動と同時に、クロスの視界が広がる。微細な動き、風の流れ、毛並みのうねり、すべてが脳に情報として流れ込む。


その中で、一本目の剣を振る。


「うおおおっ!」


シアンの槍が先陣を切り、次の瞬間、クロスの氷が唸る。


「穿て、凍てつく槍――《アイススパイク》」


地面から伸び上がる氷の槍が、走ってきたブラッドファングの脚を貫き、動きを止める。


そこへシアンの横槍、クロスの斬撃が畳みかけられる。


「っ……!多いな……!」


「まだだ、押し返せる!」


シーファの矢が次々と敵の喉や目を射抜く。


だが、ブラッドファングも連携しており、三体が横から一気にシアンを襲う。


「くっ――ッ」


シアンの槍が二体を退けるが、最後の一体が牙を剥いたその時•••


「凍てつく雫よ、我が敵を撃て――《フロストショット》」


飛び出した冷気の弾丸が、横合いからその頭を打ち抜いた。


「……助かった」


シアンが微かに笑い、再び前に出る。


ヘレナの治癒魔法が、クロスとシアンの傷口を次々に癒していく。


「まだいける……!私、回復任せて!」


クロスは魔力を再集中させ、次の詠唱を口にする。


「凍てつく氷よ、我が敵を穿て――《アイススパイク》」


戦場の中心に氷柱が次々と噴き出す。


ブラッドファングの動きは徐々に鈍り始め、シアンとクロスは最後の数体を挟み撃ちで仕留めていく。


時間にして三十分。


•••長く、苦しい戦いだった。


最後の一体が倒れ伏したとき、四人は肩で息をしていた。


鎧の隙間からは血が滲み、疲労が足腰を重くしている。


だが、誰も倒れてはいない。


「……全員、無事だな」


シアンが言った。


「……誰も倒れなかっただけ、十分な成果ね」


ヘレナがそう言い、手にした杖を地面に突いた。


「ふー……次があったら、あたしもう少し後ろ下がるわ……背筋が冷えた……」


シーファが腰を叩きながら苦笑した。


クロスも剣を納め、静かにうなずいた。


だが•••その時、ふとした静寂の中、誰かがぽつりと呟いた。


「……これっきりなんだよね。このメンバーでやるのは」


それは誰の言葉だったか定かではない。


けれど、その言葉が残した余韻は、どこか切なさを含んでいた。


戦いを共にした絆は確かに生まれた。


けれど、それは臨時のもの•••今この場限りのものだと、皆が理解していた。


次に顔を合わせる時、それぞれの道がどこに繋がっているかはわからない。


だが今日の勝利は、きっと誰の胸にも残り続けるだろう。


それが冒険者という生き方なのだ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ