別れと約束
朝の空気は澄みきっていて、どこか静かな期待に満ちていた。
ギルドの前、淡く金色に輝く空の下、クロスはグレイスと並んで立っていた。
セイランからの応援組•••アーヴィンたちが旅立つ日。
昨日までの喧騒が嘘のように、街道はまだ人影も少なく、鳥の声だけが聞こえている。
「よお、最後まで見送りに来てくれるとはな。光栄だよ、クロス」
アーヴィンが軽く手を振る。
「次に会う時は、同じギルドの冒険者だな」
その言葉に、クロスは小さく微笑みながらうなずいた。
「はい。セイランで、必ずお会いしましょう」
「ふふっ……でも、アンタには絶対に負けないからね!」
ピシャリと言い放ったのは、カレンだった。
赤髪を揺らし、指を突き出してくる。
「……また言ってるのか、お前」
スレインが小さくため息をつきつつも、口元はほころんでいた。
「だって! 魔力コントロール、私だって訓練始めて3ヶ月経ってるのに、まだ全然掴めてないのにさ……アンタ、1ヶ月ちょっとで習得したんでしょ!? ……悔しいに決まってるでしょ」
「……それは、あの時期だったからってのもあるんだと思う」
クロスは真面目に答えた。
だが、カレンの悔しさはクロス自身にもどこか心地良かった。
自分を見てくれる人がいる。そう思えただけで、少し救われる気がした。
「どれくらいでできるようになるかは、人それぞれよ」
グレイスがカレンの背に手を添えて言った。
「まぁ、確かに1ヶ月でやったって聞いた時は、私も驚いたけどね。……でも、彼は魔法も“普通じゃない”から」
その言葉に、アーヴィンたちも笑みを浮かべながら馬にまたがっていく。
「……じゃあ、またな。セイランで待ってる」
「カレン、いつまでも戯れていないで行くぞ」
「言われなくても!」
最後まで笑い声が残る中、彼らは街道へと消えていった。
その直後、グレイスも旅支度を整える。
「私も、もう出るわ」
「グレイスさんも……?」
「ああ。ギルドからの依頼ね。8級昇格試験の試験官をやる予定だったの。でも、黒装束の件で延期してたのよ。ようやく片付いたから、再開ってわけ」
「……そうなんですね」
「で、クロス。セイランへの移籍、だけど……」
「……いつ頃、行けばいいですか?」
そう問うクロスに、グレイスは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「私もセイランに行く用事があるから、一緒に行きましょう。1ヶ月後ね。それまでにこの街での縁や、言いたいこと、整理しておきなさい」
「……はい」
「それと、仕事のことだけど。もうミレーナに通してあるから。7級の登録証をもらったら、彼女のところに行きなさい。……多少の依頼なら受けられるわ」
クロスは深く礼をして見送った。
翌朝。
ギルドに足を踏み入れたクロスは、すぐに受付のセリアに呼ばれた。
「クロスくん、ちょうど良かった。7級への昇格が正式に認められたの。登録証の更新手続きを始めるわね」
カウンターの前に立つと、重い木の扉が再び開いた。
「……あれ、クロス?」
振り返ると、セラ、ジーク、テオの3人がギルドに入ってきた。
「やっぱり。どうしたの、何してるの?」
ジークの問いに、クロスは一瞬だけ迷った。だが、決めたことだ。まっすぐに告げる。
「7級に昇格したから、登録証の交換に来たんだ。それとこれを機にセイランの街に、行くことにしたんだ」
「え……?」
テオが言葉を失い、セラの目が揺れる。
「昇格しても……このメンバーで続けられたんじゃ…」
「8級と7級じゃ、もう一緒に組めないの。ルール上、仕方ないのよ」
そう教えたのは、セラだった。
「それで……なんで、セイランに?」
ジークの声がやや低くなる。だが、クロスは落ち着いた声で答えた。
「恩人が、いるんだ。命を救ってくれた人。……その人に、まだ何も返していないから」
「……でも、俺たちは……」
「……ゴメン。それでも、もう決めたんだ」
その時、セリアの声が場の空気を割るように響いた。
「クロスくん、できたわ。これが、新しい登録証」
木製のカードを受け取った瞬間、クロスの中で何かがひとつ終わり、また始まったような感覚があった。
「それじゃ、またね」
ギルドを出ようとするクロスに、ジークが呼びかける。
「……いつ、セイランに行くんだ?」
「……1ヶ月後、の予定だよ」
そしてその足で、クロスはゴールドロット商会へと向かった。
「やあ、来たな。今日は何か……ん?」
アシュレイがクロスの表情を見て、すぐに察する。
「なるほど。旅立ち、か」
「……うん。来月、セイランに行くことになった」
「な、なんだって!? じゃあ、うちの新商品はどうするんだ!」
「やっぱり、まずそこなんだね……」
思わず苦笑しながら、クロスは続ける。
「セイランで考えるよ。何か思いついたら、報せる。販売はそっちで続けてくれ。取り分は……売上の2割でいいよ」
「よし、契約成立だな」
アシュレイは片手を差し出し、クロスもそれを握る。
「商売も冒険も、やるなら一流になれよ」
「……そっちの“冒険”は遠慮しとくよ」
笑い合う二人。店を出たクロスの背中を、アシュレイが見送りながら呟いた。
「気をつけてな。あっちの商人は、僕よりしつこいぞ」
「それは……今から覚悟しとくよ」
そしてクロスは、これから始まる“次の冒険”への準備を、少しずつ始めるのだった。




