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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
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揺れる針路

 ギルドの訓練所には、木剣と木斧が激しく打ち合う音が響いていた。


 クロスは息を切らしながらも、目の前の巨体――バルスの動きを見据えていた。


火傷の治療を終えたばかりとは思えないほど、バルスの動きは切れ味を取り戻しつつある。


「遅いぞクロス!」


 バルスの怒号と共に、木斧が横薙ぎに振るわれる。


クロスは視界領域ビジョン・ドメインを発動し、その動きを先読みして身を翻した。


紙一重の回避が風圧が髪をなびかせる。


(見えてる。でも•••重すぎる!)


 振るわれた斧の勢いに、クロスの足がわずかに乱れる。


すかさず盾を構えたバルスが詰め寄り、クロスの懐に潜り込む。


「甘い!」


 その攻撃を読んでいたクロスは、体をひねって木剣で盾を押しのける。


だが、打ち込んだ一撃はバルスの木盾に弾かれ、体勢を崩す隙を与えることは叶わなかった。


「その程度か!」


「ぐっ……!」


 クロスは食い下がるが、バルスとの経験差は歴然•••それでも、数秒先の動きを読むことで、なんとか打ち合いを成立させていた。


 二十数分にわたる激戦。


クロスの呼吸は限界に近づいていた。魔力強化の維持も限界が近く、身体に痺れが広がっていく。


 そして次の一合•••


 木剣と木斧が交差した瞬間、クロスの魔力がぷつりと切れた。


「ここまでだな」


 木斧を引き、バルスはクロスの前に立ち止まった。


周囲の冒険者たちが静まり返る中、彼は満足げに頷く。


「よくやった。明日も、付き合えよ」


 そう言い残し、訓練所から出ていくバルス。その背中を見送りながら、クロスは息を整え、訓練所を後にした。




 翌日、ラグスティアのギルド応接室には、久方ぶりに戻ってきた面々が一堂に会していた。


 グレイス、グラハム、フロレア、セリナの4級。


セイランからのアーヴィン、オリヴァー、ナリア、リサナ。


そしてライオネル率いる5級、シリル率いる6級のパーティ。


さらにカレンとスレイン、そしてバルスとクロスも呼ばれていた。


 ギルドマスター・ヴォルグと副ギルドマスター・ミレーナが席に座り、まずはグレイス達からの報告を促す。


「ブリザリウスのギルドに情報を伝えました。が、案の定、真面目に取り合おうとはしませんでした」


 グレイスの言葉に、ヴォルグが眉をひそめる。


「……まさか、黒装束の件を軽視していたのか?」


「ええ。実際にブリザリウスが選んだ冒険者達と現地に向かったのですが、黒装束が用意したと思われる魔物と遭遇して、彼らは半壊寸前でした。普通の魔物のつもりで対処しようとして……の結果です」


「目の前で見なければ信じられなかった、というわけか」


 ミレーナが深いため息をつく。そこに、フロレアが冷ややかな声を投げかけた。


「嘘でこれだけの報告はしないわよ? 少しは頭使えばいいのに」


 ギルマスと副ギルマスは顔を見合わせた後、セイラン所属のアーヴィン達へ視線を向けた。


「お前達からも、今回のことをしっかり報告してくれ。ブリザリウスの対応次第では、他への対処も必要だ」


「ああ、もちろんだ。仲間を殺されたままで終わる気はない」


 アーヴィンの静かな怒りに、ヴォルグも頷く。


 その後、話題はクロスへと移る。


「クロス、戻ってからはどうしてた?」


「グレイスさんの指示でパーティとは仕事してません。自主訓練と……おとといからは、バルスさんと訓練所で打ち合ってます」


「そう……」


 その言葉を聞いたグレイスが少し間を置いて言葉を発する。


「で、あんた。今後の目標はあるの?」


「目標、ですか?……7級になったら、セイランにいる知り合いに会いに行こうかと」


 すると、グレイスは不意にギルマスに向かってこう言った。


「ギルマス。クロスはこの昇級で7級になる予定なのよね?」


「ああ。すでにその方向で……」


「なら、セイランに移籍させて、6級にあげられないかしら?」


「はあ!? 何を言ってる、そんな例は…」


「彼、8級なのに魔力コントロールによる身体強化もできるのよ。正直、7級に置いておく方が危険よ」


 ギルマスもミレーナも言葉を失う。


 そこにグラハムが苦笑混じりに続けた。


「しかも、バルスと打ち合えてるしな」


ミレーナがバルスに視線を向ける。


「手加減してるんじゃないの?」


「俺にそんな器用な真似ができると思ってるのか」


 バルスの返答に、ギルド内が静まり返る。


「……お前さん、8級だったよな?」


 アーヴィンが確認すると、グラハムが肩をすくめる。


「そうだよ。でも、グレイスが教えて身体強化できるようになったんだ」


「しかも、1ヶ月でね」


 グレイスが微笑む。あまりの情報にギルマス達も呆然としていた。


その時、ずっと黙っていたカレンが目を丸くして声を上げた。


「……え、ちょっと待ってください。魔力コントロールを、たった一ヶ月で……? 本当ですか、それ」


 カレンの問いに、グレイスは肩をすくめて笑った。


「本当よ。私が見てきた中でもぶっちぎりで最短記録ね。まぁ、確かに私も驚いたけど…彼は魔法も普通じゃないから」


「……私なんて、もう三ヶ月練習してるのに、全然感覚が掴めてないんですけど……」


 カレンが苦笑混じりに呟くと、グレイスは少しだけ優しい口調で続けた。


「時間は人それぞれよ。焦る必要はないわ。でも、彼が異常なのは確かね」


 その会話に続いて、フロレアが口を挟んだ。


「あと、これは釘を刺しておくけど…魔力コントロール、つまり身体強化はね、4級昇格に必要な技術。でも、これはギルドが“見込みあり”と判断した人間にしか教えない内容よ。だから、勝手に口にしたり、他所で話したりしないで。情報の扱い、間違えると後が怖いから」


 その場にいた5級や6級の冒険者たちは、息を呑むようにして黙り込んだ。


 フロレアが釘を刺し、ギルマスもようやく口を開いた。


「確かに……周囲に悪影響を及ぼす危険があるか」


 だが、ミレーナが眉を寄せる。


「それでも、規律は必要よ。昇格には段階がある」


 そこで、アーヴィンが提案する。


「なら、俺と立ち会わせてくれ。実力を確かめさせてくれ」


「いい案ね」


 グレイスがすぐに乗った。サブマスがクロスに問いかける。


「君は、それでいいのか?」


「……どうして、そこまで?」


 クロスの疑問に、グレイスは静かに語る。


「実力がありすぎると、周りが追いつけない。結果、あなただけが昇格してパーティが割れるの。『クロスがいたから上がれた』って噂されて、パーティは崩壊する」


 テオやジークのことを思い出し、クロスは言葉を詰まらせた。


「あなたが一人で背負う必要はないのよ。セイランに行けば、新しい環境でまた始められるわ」


「そっちの方がトラブルも減るし、平和に生きられるわよ」


 フロレアの軽い口調に、グラハムが静かに続ける。


「同ランクの中で実力がずば抜けている奴は……嫉妬される。それに耐えられるか?」


 その言葉に、クロスは深く考え込んだ。


(自分は…どうすべきなのだろうか)


 ラグスティアでの自分の居場所。仲間たちとの距離。これから進むべき道。


 クロスの心の中で、ひとつの針が静かに揺れていた•••


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