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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
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交差する戦場と再会

「……思ったより、消耗してるわね」


フェルナ村の入り口に辿り着いたグレイスは、額の汗を手の甲で拭いながら呟いた。


背後には、同じく疲労の色を隠せないグラハムとフロレア、そしてやや顔色の優れないセリナが続いていた。


「そりゃそうだ。上位の魔物が群れで出てくるなんて、普通じゃねぇ。ブリザリウスの連中もすっかりやられてたしな」


火魔法使いのグラハムが杖を肩に担ぎながら苦笑いを浮かべる。


「まぁ、あの子たちだけでなんとかできたら、私たちの存在価値がなくなっちゃうけどね」


弓を背にしたフロレアが軽く肩をすくめると、隣でセリナが小さく頷いた。


「でも、あれだけ特殊行動する魔物……。やっぱり、黒装束の関与が残っているのは濃厚ですね……」


彼女の言葉に、グレイスは無言で頷いた。


村の中では、既にアーヴィン達が村長と会話をしているところだった。


グレイスが近づくと、アーヴィンが軽く手を上げた。


「おう、お疲れさん。どうだった?」


「ブリザリウスの方には話通しておいた。案の定、前回の報告は全く信じて無かったみたいで説得に骨が折れたわ。それでもなんとか町から冒険者を出してもらって調査しながらきたけど、例のブラッドゴブリンの群れを五体確認して討伐済み。ブリザリウスの冒険者たちは、まぁ……思った通りって感じ」


「やっぱりな」


アーヴィンは苦笑しながら顎をさすった。


そこへ、同行していたギルド職員が足早にやってきた。


三十代半ばの小柄な男性で、名前はロデルという。


生真面目な性格で、眼鏡をかけ、どこか学者のような雰囲気がある。


「グレイスさん、アーヴィンさん。お願いです。あと一度だけ、調査に同行してもらえませんか」


「おいおい、うちは他所の国のギルド所属だぜ? あとはそっちでやればいいだろ」


アーヴィンが眉をひそめると、ロデルは苦しげに口を開いた。


「ですが、道中で遭遇した魔物は明らかに通常と異なっていました。ブリザリウスの5級と6級では手に負えません……。このままでは……」


「……あんたの仕事は、ギルドに報告して上位の冒険者を呼ぶことじゃないの? 私たちはいつまでも付き合ってられないのよ」


グレイスの鋭い声に、ロデルは一瞬言葉を詰まらせた。


それでも、彼は深く頭を下げて言った。


「それでも……明日、まだ確認していない方角の調査だけでいいんです。どうか……」


しばしの沈黙のあと、グレイスは小さく溜息を吐いた。


「分かったわ。今日確認できなかった方角の調査まで。そこの結果をギルドに報告して、今度は本気で動きなさい。それがあんたの責任よ」


ロデルが頭を下げる一方、後ろで聞いていたブリザリウスの冒険者達は不満げな顔を見せるが、自分たちの無力さを思い知らされた彼らは、文句を飲み込むしかなかった。



翌日、フェルナ村を出発した一行は森の奥へと進んだ。昼過ぎまで、魔物の姿はまばらだった。


「この辺り、魔物少ないね」


「フェルナ村の周辺はシリル達が対応してるから……一時的に減ってるだけかもしれないよ」


グレイスとセリナがそんな会話を交わしていたその時だった。


「っ! 前方、動きあり!」


偵察に出ていたフロレアが戻ると同時に、木々の間から巨体が姿を現した。


「来たわね……!」


グレイスが声を低く呟くと、眼前の茂みをかき分けて現れたのは、黒い毛並みを持つ獣たち•••ダークウルフ八体、そして、その後方に聳えるような四体の巨影•••ダークオーガ。


その異様な組み合わせと数に、ブリザリウスの冒険者たちは息を呑み、後退しそうになる。


「……間違いない。あれは“黒装束”の仕業だ」


杖を構えたグラハムが、苦い顔で呟いた。


「どう考えても、あの種族同士が自然発生で群れる訳ないわね。セリナ、補助お願い!」


「了解!流れよ、フォース。ブースト!」


セリナが詠唱を唱えると、グレイスとフロレアの身体に淡い光が走り、その身が軽く、そして力強くなるのを二人は感じ取る。


「フロレア、左の奴は任せたわ。私は右!」


「了解! 狙い撃つわ!」


「グラハム、分断お願い!」


「任せろ! 燃え上がれ、紅蓮の壁よ――《ファイアウォール》」


燃え立つ炎が地面から噴き上がり、四体のダークオーガの動線を塞ぐように一直線に伸びた。


炎の壁が彼らの視界を遮断し、動きを制限する。


「三体まとめて来られたら、俺たちだけじゃ無理だ……! 早くしろよ二人とも、こっちは魔力の消費がバカにならねぇんだッ!」


「こっちだって一撃じゃ倒せないのよ! 連携を崩さなきゃ隙も作れないの!」


グレイスは双剣を構え、ダークオーガの懐へと飛び込んだ。


風のような身のこなしで腕の振り下ろしを回避し、足元を狙って斬撃を浴びせる。


――ガキン!


硬質な皮膚に刃が弾かれる音が響く。


「ちっ、ブラッドゴブリンと同じか、それ以上ね……!」


一方のフロレアは、ダークオーガの周囲を駆け回りながら、風魔法で矢を加速させつつ射撃を続ける。


「穿て、疾風の矢よ――《ウィンドショット》!」


魔力をまとった矢が、ダークオーガの肩を貫くが、それでも奴らは怯まない。


「グラハム、もう少しだけ頼むわよ! 炎が切れたら終わりなんだから!」


「分かってるッ! けどこっちだって限界近いっての! 燃え上がれ、紅蓮の壁よ――《ファイアウォール》ッ! くそっ、また張り直しだ!」


火壁を維持し続けるグラハムの額からは、汗が滝のように流れていた。


その激戦の横では、ブリザリウスの冒険者たちがダークウルフたちと命がけの戦いを繰り広げていた。


「二体! こっちに来るぞ!」


「囲まれるな! 一人じゃ無理だ、組んで対応しろ!」


三体、四体で連携して襲い掛かってくるダークウルフたちの牙と爪。


だが幸い、ブラッドゴブリンのような皮膚の硬さは無く、武器が通る。


その分、数と機動力が脅威だった。


「くっ……! 脚をやられた……!」


「持ちこたえろ! 治療薬は誰が持ってる!?」


「俺が使う! 下がってろ!」


盾を構えて前に出た一人が、仲間を守るように立ちはだかる。


斬られ、噛まれ、倒れても、また立ち上がる。傷だらけの体に鞭打って、徐々に数を減らしていく。



•••そして、約1時間後。


「はあっ……はあっ……倒した、か……!」


グレイスが肩を上下させながら、倒れ伏したダークオーガの亡骸を睨みつける。


「……限界ギリギリね。こっちは魔力切れ寸前だったわ」


「もう二度と、この人数で四体同時はごめんだな……」


フロレアも弓を杖代わりにして体を支え、グラハムは魔力切れで膝をつき、セリナが全員に回復魔法をかけながら苦笑する。


「でも、まだ終わってないわよ……ブリザリウスの子たちは?」


視線を転じた先で、彼らもまた、血と汗と泥にまみれながら、全員が立っていた。


「やった……倒した……!」


「生きてる……俺たち、全員、生きてるぞ!」


彼らの顔にあったのは、安堵と疲労、そして、敗北ではない•••確かな勝利の色だった。


グレイスが彼らの方へ歩いて行くと、一人が呆然としたように彼女たちを見つめ、こう呟いた。


「たった四人で、あのダークオーガを……本当に、あの数を倒したのか……?」


フロレアは微笑みを浮かべて、さらりと言った。


「だから言ったでしょ。私たちは、“4級”なのよ」




一方その頃、ラグスティア。


「いらっしゃいませ。クロス様、お待ちしておりました」


ゴールドラット商会に足を運んだクロスは、従業員に導かれ応接室へと通された。


ほどなくして、若き店主アシュレイが笑顔で現れた。


「やあ、久しぶりだね。君が来てくれるの、ずっと待ってたんだよ」


「はは……これでも、けっこう忙しかったから」


「聞いたよ。怪我したんだって? 大丈夫なのかい?」


「うん、ギルドからは仕事禁止されてるけど、もうほとんど平気。暇すぎて、今日は顔を出しに来た」


アシュレイは笑みを深めると、皮袋をクロスに差し出した。


「これ、例の道具の売上。町の人たちにも好評でね。君の取り分は金貨二枚分だよ」


「……えっ、そんなに?」


「単価は安かったけど、数が売れたからね。君のアイデア、やっぱりすごいよ」


照れくさそうに受け取るクロスに、アシュレイはいたずらっぽく笑って言った。


「で、今日は新しいアイデアを持ってきてくれたんだよね?」


「いやいや、今日は本当に時間が空いただけなんだって」


「じゃあ、その暇を使って新しいアイデアを考えてよ。頼むよ、クロス君」


「はは……ほんと、変わらないな、アシュレイさんは」


「変わらないって言われるの、褒め言葉として受け取っておくよ」


軽口を交わすうちに、クロスの心は少しずつ軽くなっていた。


別れ際、彼は微笑んで言った。


「ありがとう。ちょっと気が晴れた。また来るよ」


「うん、待ってるよ。次はアイデアも持ってきてね?」


扉の外に出たクロスの背に、アシュレイの声が明るく響いた。


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