森に残る脅威
年末進行が始まってしまったので、1日おきの更新になりそうです…
ブリザリウスの南門を抜けた調査隊は、冷えた風を切り裂くようにして森の道を進んでいた。
先頭を行くのは、ブリザリウスの5級剣士で今回の調査隊リーダーを務めるカイゼル。
浅黒い肌と鋭い目つきが特徴で、腕前も確かだが、どこか鼻持ちならない雰囲気をまとっている。
その後ろを、グレイス、グラハム、フロレア、セリナの四人が歩く。
連邦の冒険者達からすれば、彼らは外様の4級。
実力はギルドの説明で聞かされているものの、実際の働きを見たことがないので、その実力を疑っている。
リーダーのカイゼルは片手剣を肩に担ぎながら、後ろを歩くグレイスたち四人を一瞥する。
「……これが、例の“外の国から来た4級”ってやつか。噂じゃすごい連中らしいが……全員で一人の奴に苦戦した挙句、逃げられたんだってな。それでよく4級になれたな。ひょっとして、うちの国よりレベル低いのか?」
その声には露骨な軽視の声がこもっていた。
5級弓使いのリアナが鼻で笑う。
「黒装束だの、人もどきだの……。ギルドの説明も大げさすぎない? 魔物が群れで動くのはともかく、武器や魔法を使う人もどきなんてねぇ……。私たちが森で見てきた魔物とは違うみたいだけど?」
カイゼルも肩をすくめた。
「ま、外様の連中がどれだけ強いのか知らないが、俺たちなら楽勝だろう。だから、俺たちに迷惑だけはかけるなよ?」
その言葉に、グレイスが冷ややかに振り返る。
「迷惑をかけるつもりはないわ。ただし…遭遇した時に“信じなかったから対処できませんでした”なんて言うのはやめてね。死んでも、こっちは助ける義理はないんだから」
フロレアが淡く笑い、矢筒を軽く叩いた。
「この人たち、威勢はいいけど……あれに出会ったら泣く顔が目に浮かぶわ」
グラハムは低く笑いながら付け加える。
「ま、俺たちの仕事はフェルナ村付近の調査とラグスティアへの生還。戦いたいなら勝手に前に出ろ。後ろから見物しててやる」
カイゼルは舌打ちし、部下たちに目で合図を送った。彼らの間で、グレイスたちへの敵意と軽蔑の視線が交わるが、誰も口には出さない。
夕暮れ時。開けた場所を見つけた調査隊は、野営の準備を始めていた。
カイゼルの指示で周囲を散開し、焚き火を組み、見張りの配置を決める。
そんな時•••
「きゃあああああっ!」
森の奥から、耳を裂くような悲鳴が響き渡った。一瞬で空気が凍り付く。
木々の間から駆けてきたのは、6級冒険者のシルビー。
顔は蒼白で、肩で息をしながら叫ぶ。
「デ、デスマンティス! 五体も! こっちに来る!」
直後、闇を切り裂く音とともに、鎌脚を持つ巨大な昆虫型魔物が姿を現した。
甲殻は黒光りし、長い鎌脚が月明かりを反射する。
五体が横一列に広がり、滑るように冒険者達へ接近してきた。
「陣形を組め!」
カイゼルの号令で盾役が前に出る。
だが、デスマンティスは素早く動き、二体が左右から回り込み、背後を取る形で挟撃を仕掛ける。
残り三体は前方で盾役の注意を引き、鎌脚を交差させて連携攻撃を繰り出す。
鋭い鎌が盾を弾き飛ばし、前衛が後退。
後衛の弓兵が慌てて距離を取るも、甲殻が硬く矢が弾かれる。
「グレイス! お前らも手伝え!」
カイゼルが叫ぶが、四人は動かない。ただ戦況を冷ややかに見ているだけだ。
その瞬間、背後の茂みが音を立てて裂けた。
現れたのは、灰色の皮膚と赤い瞳を持つ五体の“人もどき”。それぞれが剣や槍を手にし、二体が同時に詠唱を始める。
次の瞬間、火球と風刃が前衛を襲い、盾役二人が吹き飛ばされた。
弓兵が悲鳴を上げて後退するも、人もどきは連携して追撃。
武器を振り下ろしながら、詠唱で魔法を重ねる。
後衛の魔法使いが慌てて反撃するが、詠唱も狙いも滅茶苦茶で、かえって味方の足を引っ張った。
戦線は完全に崩壊しかけていた。
グラハムが低く息を吐き、短い詠唱を切る。
「熱よ、弾けろ――《ファイアショット》!」
火球がデスマンティスの胴を直撃し、爆ぜた炎が甲殻を焼く。
フロレアが冷静に矢を放ち、人もどきの喉を射抜く。
グレイスは前線を睨みつけ、口元に冷たい笑みを浮かべた。
「……ねえ。これが、あなたたちが“大げさ”って笑ってた相手よ。楽勝じゃなかったっけ?……目の前に現れたわよ?」
誰も答えない。冒険者たちは必死に武器を握り、己の身を守るだけで精一杯だ。
中には完全に腰を抜かし、詠唱もできずに座り込む魔法使いもいた。
「フロレア、人もどきは任せたるわ。時間を稼いで。グラハム、行くわよ。セリナ、補助をお願い」
グレイスが短く指示を飛ばし、セリナが即座に加速と防御の魔法を展開する。
グレイスがデスマンティスの間合いへ一気に踏み込み、鎌脚をかわしつつ連撃で切り裂いていく。
グラハムも火魔法でグレイスのサポートに走る。
フロレアの矢は人もどきの詠唱を潰し、動きを鈍らせる。
一時間に及ぶ死闘の末、森に静寂が戻った。
立っているのは、グレイスたち四人。
ブリザリウスの冒険者たちは全員が肩で息をし、地に膝をついていた。
最初に悲鳴を上げたシルビーは重傷で治癒魔法師の治療を受け、他は動けるものの戦闘の気力を完全に失っていた。
フロレアが弓を仕舞いながらグレイスに話しかける。
「やっぱりまだ連中の作った魔物たちが残ってたわね」
グレイスも双剣士の血を落としながら頷く。
「ある程度は予想してたけど、あとどれくらいの残っているのかしら」
グレイス達4人は、あの夜の激闘を思い出して暗い気持ちになる。
それでもフェルナ村の人達のために危険を排除するために剣を振るう事に迷いはなかった。
そんなグレイス達と異なり、まだ地面に膝をつけているブリザリウスの冒険者達に、フロレアは冷ややかに告げる。
「私たちは休むわ。見張りぐらいはあなたたちでもできるでしょ?交代でやって」
昼間の尊大な態度は跡形もなく、ブリザリウスの冒険者たちはただ無言でうなずくだけだった。
焚き火の光の中で、グレイスが小さく笑い、つぶやく。
「……明日からは楽できそうね」




