交わる道、離れる道
北方の町ブリザリウス。
冷たい風が吹き抜ける石造りのギルド本部の中庭では、調査隊の準備が慌ただしく進められていた。
鎧の金具が鳴る音、矢筒を詰める音、荷馬車を引く馬のいななき•••そのすべてが、これから向かう先の危険を物語っている。
グレイスたち四人は支部長室で、支部長ラウディスから直接指示を受けていた。
「調査隊は二十名規模で編成する。お前たち四人のほかに、ギルド職員一名。そして、町で待機している5級パーティ二組、6級パーティ二組が加わる」
ラウディスの言葉は硬く、視線は鋭い。
「お前達が戦った事で、黒装束や魔物との遭遇の可能性は未知数だ。だが今回は討伐が目的ではない。情報収集を最優先とすること。これは徹底してもらう」
セリナが椅子に背を預け、苦笑いを漏らした。
「討伐じゃなくて調査、ね。……でも、あの黒装束が現れたら、嫌でも戦うことになるわ」
グラハムが腕を組み、低く付け加える。
「二十人でも、あれ相手じゃ足りないだろうな。連邦もそれを分かって動かしているのか?」
ラウディスは一拍置いてから、静かに頷く。
「だからこそ、お前たちの力が必要だ。……あの脅威を、正しく伝えられる者が他にいない」
フロレアは肩をすくめ、どこか挑発的な笑みを浮かべた。
「ま、やるしかないでしょ。どうせ連邦の連中は、黒装束の話を“ただの怪しい集団”くらいにしか思ってなかったんだし。……身をもって思い知らせるのも、悪くないわ」
グレイスは静かに立ち上がり、短く言った。
「……忙しくなるな。準備は今日中に終わらせよう。セリナ、治療薬の補充は頼めるか?」
「ええ、任せて。どうせ暇を持て余してたところよ」
「フロレアと私で、装備の修理と点検を。グラハムは兵站担当と詳細を詰めてくれ」
四人はそれぞれの準備へと散っていく。
ギルドの空気は、これから始まる調査がただの探索では終わらないことを、誰もが理解しているかのように張り詰めていた。
同じ頃、クロスはラグスティアのギルドの扉を押し開けた。
中はいつも通りの喧騒に包まれていたが、そのざわめきがどこか遠くに感じられる。
掲示板の前で依頼を眺めていたセラが、ふと視線を上げ、クロスを見つけた瞬間•••目を見開き、声を上げた。
「クロスさん!」
駆け寄るセラの目には、涙がにじんでいる。
「……ご無事で、本当に……! 毎日、帰ってくるのを祈っていました」
クロスは驚きながらも、静かに微笑んだ。
「……ただいま、セラ。心配をかけたね」
「いえ、ギルドの命令で出ていたことは聞いていましたから……でも、状況が状況だけに、不安で……」
セラは涙を拭い、安堵の息をついた。
その背後に、ジークとテオが立っていた。
二人とも気まずそうに視線を逸らしている。数日前の口論が、いまだ尾を引いているのだ。
沈黙を破ったのは、やはりセラだった。
「……このままでは前に進めません。三人とも、言いたいことがあるのでは?」
ジークが頭を掻き、渋々口を開く。
「……悪かった。あの時は、ちょっと頭に血が上ってた」
テオも短く続ける。
「俺もだ。……お前を責めるつもりじゃなかったんだが、言い方が悪かった」
クロスは二人を見つめ、少し間を置いて口を開く。
「……俺もだ。あの時は、言葉が足りなかった。……すまなかった」
三人の間に、わずかな和らぎが戻る。
セラはほっとしたように微笑み、声を弾ませた。
「それでは、仲直りですね。せっかくそろったのですし、これからの活動について話し合いましょう」
四人がテーブルにつき、今後の計画を立てようとしたその時•••背後からギルド職員の声がかかった。
「クロス。少し来てもらえるか」
現れたのは、無骨な顔のギルド職員のバリスだった。
廊下に連れ出されたクロスに、バリスは低い声で告げる。
「グレイスからの指示だ。……お前は、グレイスたちが戻るまで依頼を受けるな」
「……理由は?」
「詳しくは私も知らない。だが、今の状態を考えてのことだろう。傷の治りもまだ完全じゃないだろうしな」
クロスは黙って頷き、仲間たちの元へ戻った。
「……ギルドから、しばらく依頼を受けるなって言われた」
ジークが眉をひそめる。
「なんでだ? 今は戦えないってわけでもないだろう」
クロスは肩をすくめ、苦笑しながら答えた。
「……戦闘の傷が、まだ完全に癒えていないから、だろう」
三人は顔を見合わせ、やむを得ないといった表情を浮かべた。
セラが静かに言う。
「それなら、私たち三人でできる仕事を探しましょう。クロスさんは、今はしっかり休んでください」
ジークとテオも無言で頷き、三人は受付へと向かった。その背を見送りながら、クロスは胸の奥にわずかな寂しさを覚えた。
•••まるで、自分だけが少しずつ別の道に取り残されていくような感覚を抱えたまま。




