報告と不安
ギルドでの報告を終え、長旅で疲れ切った面々はそれぞれの行き先へ散っていった。
バルスは、まだ火傷跡と筋肉の硬直が残っているため、ミレーナの命令でそのまま治療室へ連行された。
「だから歩けるって! 飯だって食えるし……」
「無理してまたぶっ倒れられたら、こっちが困るの。大人しくしてください」
そのやり取りに、クロスは少しだけ笑ってしまう。
あのバルスですらミレーナには敵わない様で、治療師たちの手に引き渡されていった。
ミーナたちは、フェルナ村での出来事の重さを背負ったまま、それぞれのねぐらへ帰っていった。
カレンとスレインはギルド職員に案内され、町の中央通り沿いの宿に向かっていく。
「しばらくこの町で足止めか……」
「セイランに帰れるのはいつになるんだろうな」
と、二人の声が夜の通りに溶けていった。
クロスは、彼らと別れた後、もう一つの場所へ向かった。•••武器屋《炎鉄の槌》、バーグマンの店だ。
扉を開けると、油と焼けた鉄の匂いが鼻をつく。
奥の作業台で槌を振るっていたバーグマンが、顔を上げた。
「おお、クロスか。……ったく、また顔が土気色になってるな。今度は何をやらかした?」
クロスは苦笑を浮かべ、腰の剣を外して差し出した。
「メンテナンスをお願いしたいんです。……少し荒れた戦闘が続いて」
バーグマンは剣を手に取り、光にかざした瞬間、目を丸くした。
「……おいおい。何をどうしたら、ここまで消耗するんだ? 刃は欠けだらけ、芯まで摩耗してるぞ」
クロスは短く息を吐き、答えた。
「ダークウルフの群れと……それに、かなり強い人間と戦うことがありました」
バーグマンはしばし無言で剣を観察し、重い声を落とした。
「なるほどな……。だがな、正直に言うと、この剣の次を考えた方が良いな。メンテナンスはするが、強度は回復しきらねぇ。しばらくは問題ないが、強い魔物が相手だと折れるかもしれん」
クロスは視線を落とし、しばらく沈黙した。
「……買い替え、ですか」
「ああ。命を預ける相棒を、ギリギリまで酷使するもんじゃねぇしな。依頼で金貯めたら、新しい一本を探す事を考えときな」
言葉を交わし、剣を預けて店を出ると、夜風が肌に触れた。
体の痛みが残る中、クロスは足を引きずるように宿へと向かった。
宿の食堂で簡素な夕食•••煮込みスープと焼きパンを口に運ぶが、味はほとんど感じなかった。
テーブルの上に視線を落とし、クロスはぼんやりと呟く。
「……明日、ギルドでセラやジーク、テオに会えるだろうか」
出発前、ジークとテオとの間には微妙な空気が漂ったままだった。
あのままの状態で、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
ベッドに体を投げ出しても、眠気はなかなか訪れなかった。
それでもやがて意識が沈み、クロスは不安を抱えたまま、浅い眠りに落ちていった。
一方その頃、北方の町ブリザリウス。
雪を思わせる白い石造りの建物が並ぶ中、連邦ギルドの支部はひときわ重厚な存在感を放っていた。
その応接室で、グレイスたち四人とフェルナ村の代表者エドラスは、支部長と数人の幹部を前に座していた。
支部長が低い声で促す。
「……それでは、フェルナ村での件を順を追って報告してもらおう」
グレイスが立ち上がり、簡潔に口を開いた。
「フェルナ村は、黒装束の者たちが率いる魔物の群れに襲撃されました。ダークウルフ、ブラッドゴブリン、ダークオーガが多数、さらに武器と魔法を操る“人もどき”と呼ぶべき存在が加わり、村人の三分の一が犠牲になりました」
幹部の一人が顔をしかめる。
「……魔物が武器を持ち、魔法を使う? 報告としては突飛すぎる」
別の幹部も腕を組み、首を振った。
「黒装束などという連中も、具体的な被害報告はこれまで聞いたことがない。信憑性が……」
その言葉を遮ったのは、フェルナ村代表のエドラスだった。
「わしは村の代表として、断言します! あれは現実です。魔物どもが武器を操り、魔法を放ち、村を焼き尽くしました! そして、あの黒装束ども……この4級冒険者五人がかりでも討てぬ怪物がいたことも、事実です!」
室内が一瞬、静まり返った。
フロレアが穏やかな笑みを浮かべつつ、冷ややかな声で言う。
「信じていただけないのは分かります。でも、私たちは現場で戦い、血を流し、仲間を失いました。……納得いただけるまで、何度でも話しますよ?」
その笑顔に、幹部たちはわずかに視線を逸らした。
支部長が、重い沈黙を破った。
「……分かった。真偽の判断は置くとしても、これほどの被害と脅威が現れた以上、ノルヴァン連邦全域で情報共有せねばなるまい」
グラハムが頷き、短く言う。
「次があれば、被害はもっと大きくなる。連邦として、動かないと今度は町が一つなくなるかもな」
セリナがふと問いかける。
「ところで、エルディア王国から黒装束についての報告があったと聞いています。連邦として、共有はされていなかったのですか?」
支部長は険しい顔をし、幹部たちと視線を交わす。
「……確かに話はあったが、具体的な被害報告はなかった。だが今回の件で、状況は変わった。……直ちに各支部へ通達を出す」
こうして、フェルナ村の惨劇と黒装束の脅威は、ついにノルヴァン連邦全域へと広がっていくことになった。




