黒装束の報告
第2章87話 「黒装束の報告」
クロスたちがフェルナ村を出発してからコルニ村と野営地でそれぞれ一泊を挟み、道中は慎重に歩を進め、三日目の昼過ぎ、ようやくラグスティアの城門が見えた。
長い帰路を終えた一行は、ほっとした表情を見せながらも、休む間もなくギルドへと直行した。
あの惨劇を、そして黒装束たちの存在を、早急に報告する必要があったからだ。
ギルドの広間に足を踏み入れた瞬間、包帯姿のバルスやクロス達の姿に、冒険者たちの視線が集まった。
だがクロスたちはそれを気に留めず、真っ直ぐカウンターへと向かう。
対応に出た受付員が事態を察し、すぐにギルドマスターのヴォルグとサブマスターのミレーナを呼び、応接室へ通した。
重い扉が閉じられ、ヴォルグが深い声で切り出す。
「ミーナたちからの救援要請は受けていたが、詳細は何も聞いていない。……一から話してもらおうか」
バルスが椅子に腰を下ろし、重い口を開いた。
「まず、コルニ村周辺までは特に異常はなかった。だが、フェルナ村へ向かう途中の森で……黒装束の一人と遭遇した。名はヴァルザ。血まみれの剣を持つ、異様な男だった」
ミレーナが眉をひそめる。
「……いきなり黒装束と接触? 戦闘になったの?」
クロスが口を挟む。
「いえ。ですが、ヴァルザとの会話で、フェルナ村が標的だと知りました。……奴は“お前たちを足止めするための餌”だと笑い、ダークオーガ、ブラッドゴブリン、ダークウルフ、デスマンティスを一斉にけしかけてきました」
ヴォルグが重い声を漏らす。
「その四種同時か……一体でも厄介な連中だが」
バルスが頷き、続けた。
「ああ、しかも複数で同時だったからな。体力も魔力もかなり削られた。それでも何とか倒してフェルナ村に辿り着いたが、今度は“人もどき”の魔物と、元ラグスティア所属のダリオが村を襲撃していた」
ミレーナが思わず口を押さえた。
「ダリオ……。消息不明になっていたけれど、まさか……」
クロスが低い声で続ける。
「俺が戦いました。……途中で、奴は黒装束の術で魔物に変わってしまいましてが」
ヴォルグが険しい顔で確認する。
「魔物に、だと? 見間違いじゃないか?」
クロスが首を横に振る。
「……残念ですが、間違いありません」
バルスも補足する。
「その間、俺たちは人もどきどもを殲滅したが、フェルナ村の被害は甚大だった」
ミーナが唇を噛みながら言葉を継いだ。
「……私たちのパーティも、森でブラッドゴブリンやダークオーガの群れに襲われ、仲間を何人も失いました。……翌日にフェルナ村に辿り着いたときには、既にボロボロでした」
部屋に重い沈黙が流れる。
ヴォルグが腕を組み、さらに問う。
「……それで終わりじゃなかったんだな?」
バルスが渋い顔で頷いた。
「ああ。戦闘が終わったと思った矢先、黒装束の二人……ヴァルザとアグニスが現れた」
クロスも補足する。
「ヴァルザとは俺が戦い、何とか仕留めました。しかし……アグニスは、バルスさん達4級冒険者五人でようやく互角。最後は上級魔法を使って逃走しだそうです」
ミレーナが目を細める。
「……四級五人で互角ですって⁉︎しかも逃げられた⁉︎」
ヴォルグは深く息を吐き、頭を押さえた。
「黒装束が、魔物を操り、人間を魔物に変え、しかも四級でも押される連中を送り込んでくる……また報告する事が増えたな」
ミレーナも頷き、手帳に走り書きをしながら言った。
「セイランのギルマス経由で王都に正式な報告を。……それと、調査隊の派遣を要請しましょう」
ヴォルグは話題を切り替えた。
「今回の報酬は、グレイスたちが戻ってからだ。それまでは休んでくれ。……カレンとスレイン、アーヴィンたちが戻るまではこの町に滞在してもらう。もちろん、その間の費用はこっちで持つから安心してくれ」
スレインが軽く苦笑した。
「……仕事ができる状態でもないし、助かります」
二人は軽く頭を下げ、了承した。
クロスたちは軽く会釈し、応接室を出て行った。
静寂が訪れた応接室で、ヴォルグが椅子に深く腰を下ろす。
「……黒装束の話なんざ、これまで報告すらなかったのに、なぜ立て続けに俺たちの管轄で起こるんだ?」
ミレーナも首を傾げる。
「他の地方では起きてないのか、それとも誰も気づいてないのか……。調査を徹底しないといけないわね」
ヴォルグは腕を組み、考え込む。
「前の件でも調査依頼を出したが、まともな報告は出てこなかった。今回は、王都に調査隊を動かしてもらうおう。セイランのギルマス経由で早急に手を打たねぇとな」
ミレーナがペンを止め、ふと尋ねる。
「それで……クロスはどうします? ダークウルフの群れを一人で討伐したって話、本当なら、今の8級のままじゃおかしいですよ」
ヴォルグはしばし黙り、渋い顔で言った。
「……報告が本当なら、5級には上げたい。だが、急すぎる昇級は周りの反発がある。まずはグレイスが戻ってきてから相談だな」
ミレーナも頷き、静かに呟いた。
「……それまでは、様子見ですね」
夕暮れの光が差し込む応接室で、二人の話し合いはなおも続いた。




