帰る者と、残る者
フェルナ村を襲った夜から、三日が経っていた。
黒焦げの家屋、崩れた柵、村人の三分の一が帰らぬ人となった現実は、まだ誰の心にも深い傷を残していた。
ラグスティアからの応援が到着する前、クロスの治療はすでに終わっていた。
《ヒール》によって深い切り傷や裂傷は癒えたが、副作用による全身の激痛は今回で二度目。
それでも、慣れるどころか、体中が熱を帯びて痙攣するような痛みに、彼はベッドの上で歯を食いしばっていた。
「……やっぱり、慣れませんね……これ」
額に汗を滲ませるクロスを見下ろし、グレイスが呆れたように笑う。
「そんなもん、慣れるわけないでしょ。だから今は寝てなさい。動くなって言ったでしょ?」
クロスは小さく息を吐き、無理やり目を閉じた。
「……はい」
同じ頃、バルスも意識を取り戻していた。
半身を包帯で巻かれた状態で天幕の中で体を起こし、周囲を見回す。
「……おお、地獄じゃねぇな。まだ生きてるか」
そう呟く彼に、隣で見ていたセリナが呆れたように腕を組んだ。
「よくそんな火傷で生きてるものね。普通の人なら、あの場で動けなくなってたわよ」
バルスは豪快に笑い声をあげた。
「死ぬかと思ったが、体はまだくたばる気がねぇらしい。……運だけはあるな」
「運っていうより、無茶しすぎ。次はあんな突っ込み方しないでよ」
「……気をつける。たぶんな」
「……まったく。グレイスさんが聞いたら呆れますよ」
セリナが深いため息を吐き、肩をすくめると、バルスは豪快に笑い続けた。
翌日、応援の冒険者たちが到着した。
応援の5級パーティと、6級パーティが到着し、村の警備と復旧が動き出した。
グレイスはまず、ラグスティアまで応援を呼びに走ったミーナたちに声をかけた。
「ミーナ、ミール。……あなたたちがラグスティアまで知らせてくれたおかげで、こうして応援が来た。本当に助かったわ」
ミーナが、疲れた笑みを浮かべる。
「いえ……あれくらいしか、私たちにできることがなかったので」
ミールも肩をすくめた。
「まあ、もう少しで私たちも途中で倒れるところでしたがね」
グレイスは短く息を吐き、首を横に振る。
「無理を承知で頼んだのは私。……本当に感謝しているわ」
グレイスは全員の顔を見廻し、簡潔に指示を告げる。
「これからの動きについて。応援に来てくれたライオネル率いる五級パーティとシリル率いる六級パーティ、そしてアーヴィンたち4級パーティは、この村に残ってもらう。村の防衛と復旧は、あなたたちに任せるわ」
アーヴィンが眉を上げ、苦笑した。
「……俺たちは帰れないってわけか」
「指揮を執れる経験者が必要なの。あなたたちなら村人をまとめられるでしょう?」
アーヴィンは肩をすくめ、渋々と笑った。
「まあ……そういうことなら、仕方ねえな」
ライオネル率いる面々も頷く。
「指示を出してくれれば動く。優先順位を決めてくれれば、復旧でも警備でも手を貸そう」
シリル率いるパーティも同調する。
「私たちは元より、後詰め役だ。グレイスさん、どこを固めるか指示してくれ」
そこにグラハムが口を挟んだ。
「ただし…上位の魔物が群れで現れた場合、俺たち4級でも苦戦する。無闇な戦闘は避けろ。村を守るのが第一だ」
シリルが真剣な顔で頷く。
「了解だ。俺たちも無茶はしない」
グレイスは彼らの視線を受け、ライオネルも短くうなずいた。
クロスが不安そうに問いかける。
「……俺たちだけ帰って、大丈夫なんでしょうか」
バルスが腕を組み、ゆっくりと答える。
「ここにはアーヴィンたちも残るし、応援の連中もいる。……今の俺たちじゃ、足手まといだ」
ミーナが小さく口を開く。
「……でも、亡くなったみんなの遺体は? 埋葬は……」
セリナが彼女の肩に手を置いた。
「応援の人たちが、弔いの準備をしてくれるそうです。……あなたたちは、気に病まずに」
ミーナは小さく頷いた。クロスは二人の会話を聞いて提案する。
「……帰ったら、きちんと弔いをしよう。あの人たちのためにも、俺たちは生きて、強くならないと」
その言葉に、ミーナは小さく頷いた。
最後に、グレイスがバルスへ視線を向けた。
「バルス。ラグスティアに戻ったら、ギルドに報告してほしい。…黒装束の者たちの力、魔物への影響、人間を魔物に変える術があること……わかっている限りで全部」
バルスはうなずき、低い声で答えた。
「任せろ。……さすがにこの話は緊急事態として話さないと不味いからな」
それぞれの役割が決まり、翌日には動き出すことが決まった。
こうして、村に残る者と帰る者が決まった。
それぞれが重い思いを抱えたまま、翌朝、別れの準備を始めることになる。




