目覚めと報せ
意識が浮上した瞬間、全身を襲う痛みで、クロスは思わず息を呑んだ。
背中から肩、腕、脚、指先に至るまで、まるで鋭い針で全身を突かれたような感覚が広がっている。
目を開けると、薄暗い天井と、崩れかけた木造の梁が視界に映った。
湿った木の匂いと、血の生臭さ、そして微かに漂う薬草の香りが鼻を突く。
(……ここは、フェルナ村の……建物の中か……?)
身体を少しでも動かそうとしただけで、肺に走る痛みが鋭くて、すぐに動きを止めた。
横を見ると、近くの簡易寝台にはバルスが横たわっている。
分厚い胸板が上下しているのが、かろうじて生きている証だった。
その横で、セリナが膝を抱えた姿勢のまま、静かに寝息を立てている。
青白い顔からは疲労の色が濃く、魔力の使い過ぎが一目でわかった。
クロスは、薄く唇を動かした。
「……まだ、生きているのか……俺も……」
呟いた声は自分でも驚くほど掠れていて、喉がひどく渇いていた。
かろうじて首を横に倒し、室内を見渡すと、崩れた壁の隙間から外の光がわずかに差し込み、村の騒然とした空気が感じられた。怒号、泣き声、そして獣の吠え声が遠くで混ざり合っている。
「……目が覚めたか。」
声と共に、戸口から一人の女性が入ってきた。
肩までの髪を後ろで束ねた双剣士、グレイスだった。
彼女の鎧や外套には泥と血がこびりつき、その瞳には疲れが濃く宿っている。
それでも、クロスを見つけると、わずかに眉を緩めた。
「体調はどうだ? 背中を含めて全身、酷い状態だが。」
クロスは息を整え、ゆっくりと答えた。
「……正直に言うと、全身が痛いです。……背中は特に、息を吸うだけでも響く。」
「当然だ。お前、あれだけの戦いを繰り広げたんだ。治癒魔法は今、バルスに優先して使っている。セリナも魔力を使い果たして寝込んでいるからな。お前の治療は、あいつらの魔力が戻ってからになる。それまで、少し我慢しろ。」
「……わかりました。」
クロスは短く答えたが、その声には僅かな苦笑が滲んでいた。
痛みで額に汗が滲むのを感じつつ、彼は続けて尋ねた。
「……状況は、どうなっていますか? 俺が倒れた後のことを、教えてください。」
グレイスは頷き、近くの椅子に腰を下ろした。
「まず……ヴァルザのことだが。覚えているか?」
クロスは瞼をわずかに伏せ、深く息を吐いた。
「ええ。……奴を倒したのは、俺です。あの時の感触、まだ腕に残っています。」
「そうか。なら話が早い。お前がヴァルザを仕留めた後、戦場に残っていたのは私たち五人と、アグナスだけだった。」
クロスは眉を寄せる。
「……アグナス、ですか。俺が一度遭遇した時は、得体の知れないプレッシャーだけは感じましたが、実力までは……。」
「言っておくが、あの男の力は尋常じゃない。炎を操る速度も威力も、通常の魔法使いとは次元が違う。五人がかりで食い止めたが、決定打は一度も与えられず、最後は上級の火魔法を放ってきて、結局逃げられた。」
「……逃がしたんですね。」
「ああ。追撃できる余力が誰にも残っていなかった。正直、生き延びただけでも奇跡だ。」
グレイスはそう言い、視線をわずかに伏せる。その沈黙に、クロスはわずかに言葉を探してから問いかけた。
「……コルニ村まで一緒だった冒険者たちは?」
「……半分以上が死んだ。」
静かな声だったが、その言葉の重みは胸に突き刺さった。クロスはしばし沈黙し、やがて小さく呟く。
「……面識が深かったわけではありません。……それでも、やはり……残念です。」
「……そうか。」
グレイスもそれ以上は言わなかった。ただ、彼女の横顔には同じ思いが浮かんでいた。
「生き残った者たちは、アーヴィンを中心に村の防衛と救護を続けている。血の匂いに釣られて魔物が散発的に現れるから、油断できない状況だ。」
「……今後は、どうするつもりですか?」
「ラグスティアに応援を要請する以外に道はない。だから、斥候のミーナとミールに走ってもらった。」
「二人だけで?」
「他に走れる者がいない。……正直、あの双子が無事にたどり着くことを祈るしかない。」
クロスはしばし目を閉じた。胸の奥で、あの「神」の声が微かに反響するような気がした。•••力をどう使うか、お前が選べ、と。
グレイスは淡々と続けた。
「ラグスティアから応援が来たら、次はノルヴァン連邦側のギルドにも報告に行く必要がある。この村はあちらの管轄だからな。ただ……」
そこで彼女はクロスを見た。
「お前とバルスは重傷だ。治癒魔法の副作用が完全に治まるまでは動けないし、動けるようなったとしても、ラグスティアへ戻ることになるだろう。連邦への報告は、私たちだけで向かうことになる。」
「……了解しました。ですが、それまでの間……」
「最低でも三日は寝てろ。今動けば、背中の傷が悪化して命取りになる。」
「……はい。」
外からは、子供の泣き声と、村人たちが建物を片付ける音がかすかに聞こえる。
クロスは耳を澄ましながら、静かに息を吐いた。•••意識が薄れていく中で、あの神の声が脳裏に蘇る。
《お前は、この力で何を行う?》
あの問いが、胸の奥で何度も響いていた。
クロスは目を閉じたまま、静かに呟いた。
「……俺は……護る為にこの力を使う」
やがて瞼が重くなり、意識は再び深い眠りへと沈んでいった。




