決着
炎と土煙が入り混じる戦場に、五人の荒い息遣いが響く。
グレイス、フロレア、グラハム、バルス、セリナ•••いずれも全身が泥と血に汚れ、息も絶え絶えだ。
それでも、視線はその先に立つ一人の男に向けられていた。
漆黒のローブを纏い、口元に笑みを浮かべるアグナス。
彼の足元には焦げ跡と砕けた地面が広がり、空気が焼けるような熱を帯びていた。
「……まだ立ってるか。しぶといな、お前たち」
アグナスの声は、疲労の色を隠さないものの、なお余裕を含んでいる。
グレイスは双剣を逆手に構え、冷ややかに返す。
「こっちも……簡単にくたばるつもりはないわ」
「……くそ、どれだけ魔力があるんだあの男……」
グラハムが低く唸るように呟く。
額から汗が流れ、杖を握る手が小刻みに震えていた。
「こっちの攻撃はかすりもしないし、あっちは一度に三つも魔法を放ってくる……反則でしょ…」
フロレアも苦々しい顔で弓を握り直す。
「みんな、まだ立てる?」
グレイスが全員を見回す。
声は落ち着いているが、その顔には疲労の色が濃い。
バルスは無言で頷くが、その盾は焦げ、腕の動きは鈍い。
「……動けるが、長くはもたん」
短く答えるバルスに、セリナが視線を送る。彼女の顔色は蒼白で、呼吸も荒い。
「セリナ、無理してない?」
フロレアが声をかけると、セリナは小さく笑った。
「平気……じゃないけど、倒れるわけにはいかないでしょ」
戦いは長引きすぎていた。
アグナスの魔法は圧倒的だが、五人を一撃で仕留める決定打には欠ける。
逆にグレイス達も、彼の魔法を突破できず、決め手を欠いていた。
「くっ……次!」
フロレアの風の矢が放たれ、鋭くアグナスの肩口をかすめた。
だが、それも一瞬、アグナスは身を翻し、炎をまとった掌をこちらへ向ける。
「《フレイム・タイフーン》」
呟くように放たれたその言葉と共に、三つ炎の竜巻が空を裂く。
「三発同時か……!」
グレイスが舌打ちしながらも地を蹴り、セリナを庇うように移動する。
すでに五人は何度もアグナスの炎を回避していた。
だが、それで終わるわけではなかった。
アグナスの魔力は底が見えず、こちらの体力と集中力だけが刻一刻と削られていく。
「……やはりこの男、一度に複数の詠唱を……!」
グラハムが息を荒げながらつぶやく。
「魔力の扱いが違うわ、あれ……」
フロレアもまた、弓を引く指が震えていた。
だが、誰も退こうとはしない。
「このままじゃ、持たないぞ……!」
バルスが盾を構えたまま叫ぶ。
重たい戦斧は既に幾度も地面を砕き、焦げついた手にはもう力が入っていなかった。
緊張が張り詰める中•••
突如、遠くで斬撃の音が響いた。
血に濡れたクロスが、ヴァルザを地に沈めて立っていた。
ヴァルザは動かず、クロスも膝を折りながら、辛うじて剣を支えにしている。
グレイスがその光景を目にし、目を細めて笑みを浮かべた。
そしてアグナスに向けて声を張る。
「……見たでしょ? あんたの相棒は終わったわ。次は……あんたの番よ」
アグナスは視線をヴァルザの亡骸に向け、静かに呟く。
「そうか……ヴァルザが、負けたか。……あの男が……ここで落ちるとは。まったく、計算外だな」
その声音に、怒りでも悲しみでもない、淡い諦観が混じっていた。
「ならば、ここまでだな。……だが、その前に」
アグナスの周囲で空気が震えた。
膨大な魔力が一点に集まり、炎が渦を巻き始める。
「上位火魔法――《ヘルフレア・デストラクション》」
アグナスの低い声とともに、巨大な炎が天空に立ち昇ったかと思うと、夜空を裂く咆哮と共に、五人目がけて襲いかかる。
グレイスたちは本能的に動いた。
「散れッ!」
グレイスが叫び、フロレアとグラハムが左右へ跳ぶ。グレイス自身も低く滑り込み、地面を転がった。
しかし•••セリナの足がもつれた。
極度の疲労で、脚が力を失い、身体が前に倒れ込む。
「セリナ!」
その瞬間、バルスが視界を駆け抜けた。
彼は盾を掲げ、セリナの前に躍り出る。
轟音と共に、紅蓮の奔流が二人を呑み込んだ。
「……ッ!」
炎が炸裂し、盾が赤熱し、バルスの巨体が大地を転がった。
セリナはバルスの背後で蹲っていて、辛うじて軽傷で済んだ。
爆風が収まると、フロレアとグラハムが駆け寄った。
フロレアが短く指示を出す。
「セリナ、あんたは軽傷ね。……すぐにバルスに治療魔法をお願い」
「……わかった」
セリナは涙を拭い、バルスの体を覆うようにして治療を始めた。
その間、グレイスは息を荒げながら辺りを見渡した。
だが、そこにアグナスの姿は•••ない。
あの一撃の直後、炎の中から気配が完全に消えていた。
「逃げた……の?」
フロレアが近づいてきて呟いた。
「だといいのだけど…」
グレイスとしても、その方がありがたかった。
グレイスはなおも視線を巡らせ、崩れ落ちているクロスの姿を見つける。
意識を失いかけているクロスに駆け寄り、膝をつく。
「クロス……まだ、生きてるわね」
グレイスは腰のポーチから最後の治療薬を取り出し、彼の唇に流し込んだ。
「……これで、死なないわよ」
クロスの呼吸がわずかに安定したのを確認すると、グレイスは立ち上がり、周囲を見回す。
あたり一面•••フェルナ村は、まるで地獄のようだった。
家屋の半数以上が崩れ、炎がまだあちこちで燻っている。
呻き声を上げる村人たちの姿が点々と散らばっていた。
「……酷いな」
グラハムが低く呟く。
グレイスは目を伏せた。
途中で別行動を取ったアーヴィンたちの姿もまだ見えない。
その横で、グラハムが呟く。
「……アーヴィンたちは無事だろうか。合流しなきゃな」
「合流したら、村の救援とギルドへの報告。……やることが山積みね」
グレイスが肩を回し、疲れた溜息をついた。
「でも……まだ、終わりじゃない。立ってる限り、動かなきゃ。……動ける奴は、村の生き残りを探す。動けない奴は、ここで合流する仲間を待つ。」
二人の視線が交わり、無言のまま頷き合う。
夜空には黒煙が漂い、村を覆う炎が小さく揺れていた。




