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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
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決着

 炎と土煙が入り混じる戦場に、五人の荒い息遣いが響く。


 グレイス、フロレア、グラハム、バルス、セリナ•••いずれも全身が泥と血に汚れ、息も絶え絶えだ。


それでも、視線はその先に立つ一人の男に向けられていた。


漆黒のローブを纏い、口元に笑みを浮かべるアグナス。


 彼の足元には焦げ跡と砕けた地面が広がり、空気が焼けるような熱を帯びていた。


「……まだ立ってるか。しぶといな、お前たち」


アグナスの声は、疲労の色を隠さないものの、なお余裕を含んでいる。


グレイスは双剣を逆手に構え、冷ややかに返す。


「こっちも……簡単にくたばるつもりはないわ」


「……くそ、どれだけ魔力があるんだあの男……」


グラハムが低く唸るように呟く。


額から汗が流れ、杖を握る手が小刻みに震えていた。


「こっちの攻撃はかすりもしないし、あっちは一度に三つも魔法を放ってくる……反則でしょ…」


フロレアも苦々しい顔で弓を握り直す。


「みんな、まだ立てる?」


 グレイスが全員を見回す。


声は落ち着いているが、その顔には疲労の色が濃い。


 バルスは無言で頷くが、その盾は焦げ、腕の動きは鈍い。


「……動けるが、長くはもたん」


 短く答えるバルスに、セリナが視線を送る。彼女の顔色は蒼白で、呼吸も荒い。


「セリナ、無理してない?」


 フロレアが声をかけると、セリナは小さく笑った。


「平気……じゃないけど、倒れるわけにはいかないでしょ」


 戦いは長引きすぎていた。


アグナスの魔法は圧倒的だが、五人を一撃で仕留める決定打には欠ける。


逆にグレイス達も、彼の魔法を突破できず、決め手を欠いていた。


「くっ……次!」


フロレアの風の矢が放たれ、鋭くアグナスの肩口をかすめた。


だが、それも一瞬、アグナスは身を翻し、炎をまとった掌をこちらへ向ける。


「《フレイム・タイフーン》」


呟くように放たれたその言葉と共に、三つ炎の竜巻が空を裂く。


「三発同時か……!」


グレイスが舌打ちしながらも地を蹴り、セリナを庇うように移動する。


すでに五人は何度もアグナスの炎を回避していた。


だが、それで終わるわけではなかった。


アグナスの魔力は底が見えず、こちらの体力と集中力だけが刻一刻と削られていく。


「……やはりこの男、一度に複数の詠唱を……!」


グラハムが息を荒げながらつぶやく。


「魔力の扱いが違うわ、あれ……」


フロレアもまた、弓を引く指が震えていた。


だが、誰も退こうとはしない。


「このままじゃ、持たないぞ……!」


バルスが盾を構えたまま叫ぶ。


重たい戦斧は既に幾度も地面を砕き、焦げついた手にはもう力が入っていなかった。


 緊張が張り詰める中•••


 突如、遠くで斬撃の音が響いた。


血に濡れたクロスが、ヴァルザを地に沈めて立っていた。


 ヴァルザは動かず、クロスも膝を折りながら、辛うじて剣を支えにしている。


 グレイスがその光景を目にし、目を細めて笑みを浮かべた。


 そしてアグナスに向けて声を張る。


「……見たでしょ? あんたの相棒は終わったわ。次は……あんたの番よ」


 アグナスは視線をヴァルザの亡骸に向け、静かに呟く。


「そうか……ヴァルザが、負けたか。……あの男が……ここで落ちるとは。まったく、計算外だな」


 その声音に、怒りでも悲しみでもない、淡い諦観が混じっていた。


「ならば、ここまでだな。……だが、その前に」


アグナスの周囲で空気が震えた。


 膨大な魔力が一点に集まり、炎が渦を巻き始める。


「上位火魔法――《ヘルフレア・デストラクション》」


 アグナスの低い声とともに、巨大な炎が天空に立ち昇ったかと思うと、夜空を裂く咆哮と共に、五人目がけて襲いかかる。


 グレイスたちは本能的に動いた。


「散れッ!」


 グレイスが叫び、フロレアとグラハムが左右へ跳ぶ。グレイス自身も低く滑り込み、地面を転がった。


しかし•••セリナの足がもつれた。


極度の疲労で、脚が力を失い、身体が前に倒れ込む。


「セリナ!」


 その瞬間、バルスが視界を駆け抜けた。


彼は盾を掲げ、セリナの前に躍り出る。


轟音と共に、紅蓮の奔流が二人を呑み込んだ。


「……ッ!」


 炎が炸裂し、盾が赤熱し、バルスの巨体が大地を転がった。


 セリナはバルスの背後で蹲っていて、辛うじて軽傷で済んだ。


 爆風が収まると、フロレアとグラハムが駆け寄った。


 フロレアが短く指示を出す。


「セリナ、あんたは軽傷ね。……すぐにバルスに治療魔法をお願い」


「……わかった」

 

セリナは涙を拭い、バルスの体を覆うようにして治療を始めた。


その間、グレイスは息を荒げながら辺りを見渡した。


だが、そこにアグナスの姿は•••ない。


あの一撃の直後、炎の中から気配が完全に消えていた。


「逃げた……の?」


フロレアが近づいてきて呟いた。


「だといいのだけど…」


グレイスとしても、その方がありがたかった。


グレイスはなおも視線を巡らせ、崩れ落ちているクロスの姿を見つける。


意識を失いかけているクロスに駆け寄り、膝をつく。


「クロス……まだ、生きてるわね」


 グレイスは腰のポーチから最後の治療薬を取り出し、彼の唇に流し込んだ。


「……これで、死なないわよ」


 クロスの呼吸がわずかに安定したのを確認すると、グレイスは立ち上がり、周囲を見回す。


あたり一面•••フェルナ村は、まるで地獄のようだった。


家屋の半数以上が崩れ、炎がまだあちこちで燻っている。


呻き声を上げる村人たちの姿が点々と散らばっていた。


「……酷いな」


グラハムが低く呟く。


グレイスは目を伏せた。


途中で別行動を取ったアーヴィンたちの姿もまだ見えない。


その横で、グラハムが呟く。


「……アーヴィンたちは無事だろうか。合流しなきゃな」


「合流したら、村の救援とギルドへの報告。……やることが山積みね」


 グレイスが肩を回し、疲れた溜息をついた。


「でも……まだ、終わりじゃない。立ってる限り、動かなきゃ。……動ける奴は、村の生き残りを探す。動けない奴は、ここで合流する仲間を待つ。」


 二人の視線が交わり、無言のまま頷き合う。


 夜空には黒煙が漂い、村を覆う炎が小さく揺れていた。

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