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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
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クロスVSヴァルザ⑤

ヴァルザの足音が、地を抉るように響いた。その踏み込みは、さきほどまでとは質が違う。


足裏から伝わる地鳴りのような圧、体重の乗り切った動き•••それだけで、クロスの体の奥底が危険を告げる。


「来るっ……!」


クロスは奥歯を噛みしめた。


《ビジョン・ドメイン》は発動中。


ヴァルザの一挙一動は、映像のように鮮明に捉えている。


だが•••速い。


ただ剣速が速いのではない。


動作の切り替えが、恐ろしく鋭い。


ヴァルザの黒い長剣が横薙ぎに走る。クロスは体を沈め、刃の軌跡を紙一重で避ける•••が、そのまま地を滑るように次の踏み込みが迫った。


「っ!」


上段からの振り下ろし。


クロスは剣で受けるが、凄まじい重量に膝が沈んだ。


地面にヒビが走り、足裏が痺れる。


(重い……! 一撃が、さっきの倍以上だ……!)


ヴァルザの表情は無言のまま、冷徹に動きを重ねてくる。


斬撃を止めたかと思えば、次の瞬間には体を捻り、足払いの蹴りを繰り出していた。


クロスはその蹴りを跳んで避けるが、着地の瞬間には横合いから突きが迫る。


視界で追えても、体が対応しきれない。


「っ……ぐっ!」


長剣の切っ先がクロスの肩を浅く裂き、血が舞った。


足を踏み込んでバランスを取り直すと同時に、ヴァルザの黒い瞳が光を帯びる。


「もう、お前には避けるだけで精一杯か」


抑揚のない声が、戦場の空気をさらに冷たくした。


ヴァルザは長剣を地面に突き立て、ゆっくりと血を拭った。


「力があれば、見捨てられねえ。力があれば、奪える。守れる。だから俺は、同じように力を求める連中にそれを与えてやった。……あの人間もそうだ。」


「……その結果が、あの化け物か」


 クロスは低く、しかし怒りを押し殺した声で吐き出した。


「化け物だと? それで人が震え上がるなら、それのどこがいけない。弱い奴は潰れる。強い奴が踏みつける。それが現実だ。実際、貴様はあの人間を踏みつけた側だろう!」


ヴァルザの言葉は、過去の怨念を剥き出しにした叫びだった。


 その狂気にも似た執念が、周囲の空気をさらに重くする。


「違う!それに……力だけを求めるんじゃ、ただの怪物だ。人を守るためじゃなく、自分の欲望のためだけに力を使ってる。……そんなの、間違ってる。」


クロスは短く息を吐き、肩の痛みに構わず踏み込む。


剣を構え直し、ヴァルザとの間合いを詰める•••が、それは攻めではなく、ただ“死角を探る”ためだ。


(今、魔力を流すのは危険だ。隙を見せれば……一撃で終わる。だけど……いつか必ず、仕込む時間が必要になる)


ヴァルザはそれを読んだかのように、一歩後退して剣先を低く構えた。


その動きは、これまでよりもさらに切れ味を増している。


「何を狙っている?」


冷たい声と共に、ヴァルザが地を蹴った。


黒い影が、地を抉る轟音と共に迫る。


クロスは身を翻して避けるが、刹那の間に次の斬撃が横から飛ぶ。


《ビジョン・ドメイン》でルートは見えるが•••足が、腕が、遅れる。


「――っ!」


クロスは息を吐きながら、剣を下段で弾き上げた。


火花が散り、ヴァルザの剣が軌道をずらす。


しかし次の瞬間、ヴァルザの膝蹴りが胸に突き刺さった。


「がはっ……!」


吐き気と共に後方へ吹き飛ばされる。


土埃を巻き上げ、地面に転がったクロスは、咳き込みながら立ち上がる。


ヴァルザは歩みを止めず、一定の間合いを保ちながら詰めてくる。


その姿勢に焦りはなく、完全に“優位を支配する者”のそれだった。


(……まずいな。このままじゃ、削られて終わる……)


クロスは呼吸を整えつつ、頭の中で魔力の流れを思い描く。


四肢と胴•••そこに魔力を“充電”する。


ただし、今ここで使えばヴァルザは間違いなく感知し、一気に潰しにくるだろう。


(タイミングを、間違えられない……)


ヴァルザの足取りが、再び軽くなった。


一歩、一歩が速い。


斬撃が嵐のように重なり、クロスは剣で受け流しながら後退を余儀なくされる。


「もう限界か?」


短く放たれるその言葉。


それにクロスは、かすかに笑った。


「……誰が、限界だよ」


声は掠れていたが、目は死んでいない。


ヴァルザはその瞳を一瞥し、鼻で笑った。


そして剣を肩に担ぎ、次の一撃の体勢を取る。


クロスは、わずかに足をずらした。


その足元•••わずかに、魔力が集まり始める。


ヴァルザが剣を担いだ姿勢から、一瞬で地を抉る踏み込みへと変わる。


黒い軌跡が視界を裂き、斜め下からの鋭い斬撃がクロスの喉元を狙う。


「……っ!」


クロスは剣を跳ね上げて受け、衝撃を肩で殺す。


足裏が再び沈み、地面が軋む。だが、今度は膝が折れなかった。


(よし……溜まった!)


四肢と胴へ流し込んだ魔力が、筋肉の奥でうねる。


身体が軽く、視界の情報と反応がようやく噛み合った。


ヴァルザが眉をひそめる。


「……ほう。まだ、動くことができるか」


その言葉の直後、両者の間で火花が散った。


クロスは前へ、ヴァルザは横から。


剣戟が幾度も交錯し、耳鳴りのような音が響く。


クロスの剣がヴァルザの脇腹を掠めた。


血が飛び散るが、ヴァルザの動きは止まらない。むしろ笑った。


冷たい瞳の奥で、微かに愉悦の光が灯る。


クロスは息を吐き、剣を下段から振り上げ斬り込んだ。


ヴァルザはそれを流し、逆に背後へ回り込む。だが、その動きも《ビジョン・ドメイン》の視界には映っている。


(見えてる……! ならっ……!)


クロスは半歩ずらして身体を回転させ、背後からの斬撃を受け流す。


しかし•••背中の深い傷が、動きのキレを奪った。


「ぐっ……!」


体勢が崩れた瞬間、ヴァルザの足がクロスの脇腹を蹴り飛ばす。


土煙の中、クロスが数メートル転がった。


「もう終わりか?」


ヴァルザの声は、勝利を確信した冷ややかさを帯びていた。


クロスは膝をつき、咳き込みながら立ち上がる。背中から伝わる熱い感覚•••血が止まらない。


それでも、瞳は諦めを映していない。


「まだだ……立てる限り、終わらせない」


ヴァルザは小さく肩をすくめ、ポーチから赤黒い瓶を取り出した。


治療薬。


飲み干すと、先ほど損傷した左足が即座に動きを取り戻す。


「さて……完全に詰みだな」


長剣をゆっくりと構え、獲物を仕留める間合いを詰めてくる。


クロスは静かに息を吸った。


(……もう策は一つしかない)


背中の痛みを無視し、前傾姿勢を取る。


視界の中で、ヴァルザの動きが鮮明に見える。


何度も繰り返されたヴァルザの剣筋も、頭に焼き付いている。


ヴァルザが踏み込む。


渾身の力を込めた、横薙ぎ。過去幾度も致命打を与えようとした必殺の軌道。


クロスは•••真正面から突っ込んだ。


「何っ!?」


その一瞬の躊躇いが、ヴァルザの剣速を僅かに鈍らせた。


そして、クロスは、最後の一歩だけ、四肢に残った魔力をすべて解き放った。


爆発的な推進力で、一瞬だけ加速する。体が弾かれたように前へ飛び出す。


「うおおおおッ!」


加速した瞬間、ヴァルザの長剣が空を切る。


先に届いたのは、クロスの剣。


その切っ先が、ヴァルザの胸を貫いた。

心臓を抉る感触が、手元に重く響く。


「……がっ……」


ヴァルザの口から血が零れ、瞳が揺らいだ。


「……やはり……あの時……しっかり殺しておくべきだったか……」


かすれた声で呟き、苦しげに呟く。


「……アグナスの兄貴、すまない」


その言葉を最後に、ヴァルザの体が崩れ落ちた。


クロスは剣を手放し、その場に膝をつく。


全身から力が抜け、背中の痛みと疲労で視界が滲んだ。


だが•••勝った。


確かに、自分の手で倒した。


「……終わった、のか……」


小さく呟き、クロスは血に濡れた顔で空を仰いだ。

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