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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
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クロスVSヴァルザ③

 焦げた夜風が肌を刺し、焼けた土の匂いが鼻を突く。


 遠くで村の火柱が揺れる中、クロスとヴァルザは互いを睨み合っていた。


 剣を握るクロスの指先は痺れ、全身の筋肉は軋むように悲鳴を上げている。


 それでも•••彼は、まだ立っていた。


 魔力で四肢と胴を駆動させる感覚。


 グレイスから教え込まれた魔力コントロールを総動員し、限界まで身体を強化している。


 だが、その分だけ氷魔法を使う余裕はない。


 もし、魔法を撃てば、身体強化が途切れる•••それでは勝てない。


(……打開するには、どこかで先手を取るしかない。)


 クロスは小さく息を吐き、視線を細めた。


 眼前のヴァルザは、口の端を歪めて笑っている。


 楽しそうに、まるでこの死地すら戯れの舞台だと言わんばかりに。


「どうした? もう限界か?」


 ヴァルザの声は低く、嘲るようだが、同時に獲物を試す狩人の声でもあった。


「さっきから守りに徹してばかりじゃねえか。まだ足掻くつもりなら……もっと来いよ。」


「……黙れ。」


 クロスの声は低い。


 呼吸を整えながら、一歩踏み出す。


 重心を前へと傾け•••初めて、こちらから斬りかかる。




 ヴァルザの目が細められる。


「ほう……攻めに転じたか。だが…」


 剣が交差する。火花が散る。


 クロスは力任せではない、極限まで無駄を削った最短距離の斬撃を繰り出す。


 それでも致命傷にはならない。

 ヴァルザは剣の腹で受け、軽くいなす。


「捨て身の攻めか……面白い。」


 その声音は愉悦に満ちている。


 クロスの剣が肩を裂き、腹を浅く斬るたびに、ヴァルザの口元はますます笑みを深めていく。


 血を流しながらも、痛みをものともしないその姿は、もはや人間というより獣に近かった。




「くっ……!」


 クロスの呼吸が乱れ始める。

 身体強化の魔力が、急速に薄れていくのを感じる。


 脚が重くなり、腕の動きが鈍る•••。


「終わりだ。」


 ヴァルザが見逃すはずもなかった。


 巨大な剣が、唸りを上げて振り下ろされる。




 その瞬間。


「氷壁よ、我が身を守る盾と成れ――《アイスシールド》!」


 クロスの足元に、冷気の奔流が走った。


 空間に展開された氷の盾が、ヴァルザの剣を受け止める。


 衝撃が大地を揺らし、氷がひび割れながらも、刃を止めた。


「なんだと?」


 ヴァルザの瞳に、初めて驚きが宿る。

 その動きが、一瞬だけ止まった。




「凍てつく氷よ、我が敵を穿て――《アイススパイク》!」


 クロスはその隙を逃さず、鋭い氷槍を地面から突き上げる。


 氷の槍がヴァルザの左脚を貫き、血飛沫とともに大地に縫い付けた。


「ぐっ……!」


 ヴァルザが片膝をつく。


 その顔には怒りではなく、久しく味わっていなかった痛みによる笑みが浮かんでいる。




(……時間を与えれば、また回復される。間を置けば終わりだ。)


 クロスは迷わない。


 アイススパイクを放った直後、残る魔力をかき集め、再び四肢と胴へと流し込む。


 焼け付くような疲労が全身を走るが、構わずに踏み込んだ。


「ここで……終わらせるッ!」


 視界が赤く滲み、耳の奥で自分の心臓の音が爆音のように響く。


 それでも•••剣を振るう。


 身体強化を再開したその動きで、ヴァルザに迫った。


クロスは踏み込みと同時に、肺の奥で短く息を殺した。


 心臓の鼓動が耳の奥でやけに大きく響く。


 四肢を駆ける魔力は、すでに限界を超えかけていた。


(ここで押し切る……!)


 地を蹴った瞬間、視界がまたスローモーションに変わる。


 ヴァルザの瞳孔がわずかに開くのも、歪んだ口元が笑みに変わるのも、すべてがゆっくり見えた。


 剣を斜めに構え、左足を貫かれたヴァルザの右側面へ。


 最短距離を滑るように踏み込み、横薙ぎの斬撃。


「……舐めんなよ。」


 鈍い音が響いた。


 ヴァルザの長剣が、信じられない速さで軌道を合わせてきたのだ。


 片足が縫い付けられているはずなのに、上半身の捻りだけで軌道をずらしてくる。


「足をやったくらいで……調子に乗るなッ!」


 氷の槍が砕け散る。ヴァルザが剣を振るう衝撃で、氷柱が弾け飛んだ。


 片足を無理やり動かしながらも、その動きはほとんど鈍っていない。


 クロスは咄嗟に飛び退き、距離を取った。


 肩で荒く息をしながら、背中に冷や汗が伝う。


(やっぱり……こいつ、ただの怪物だ。)


「どうした、さっきまでの勢いは? もう終わりか?」


 ヴァルザの口元が嘲笑で歪む。


 クロスは答えない。ただ呼吸を整え、剣先をわずかに下げたまま、視線を逸らさない。


 心臓が跳ねるたび、残る魔力が削れていく感覚がある。


(……ここで仕掛けるしかない。)


 再び地を蹴る。


 剣と剣が交錯し、火花が散る。


クロスは視界の流れを頼りに最小限の動きで躱し、逆に斬撃を返す。


 ヴァルザの頬を、細い切り傷が走った。血が飛ぶ。


「……へぇ。」


 わずかに、ヴァルザの笑みが薄れた。


 その瞳の奥に、初めてわずかな警戒が浮かぶ。


「なるほどな。お前の動き•••読めねぇ理由がようやく分かった気がする。」


「……!」


 クロスの眉が動く。


 だが、ヴァルザはそれ以上言葉を続けなかった。


 代わりに、呼吸を深く吐き出し、重心をさらに低く落とす。


「だったら、速さで押し潰すだけだ。」


 その瞬間、ヴァルザの剣速が•••さらに跳ね上がった。


 斬撃の軌道が見切れないわけではない。

 だが、身体が追いつかない。反応が間に合わない。


 クロスは歯を食いしばり、足を引きずりながら後退する。


 視界が揺れ、脳裏に焦燥が過ぎる。


(……くそ、追いつかない。

 身体が動かねぇ……!)



 それでも、剣は握り続ける。


 背後には、仲間がいる。村もある。


 ここで折れたら•••すべて終わる。


「まだ立つか……面白ぇ。だがな、坊主……」


 ヴァルザの声が低く沈む。


「その程度じゃ、俺は止められねぇ。」


 次の瞬間、視界いっぱいに長剣の軌跡が広がった。

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