クロスVSヴァルザ③
焦げた夜風が肌を刺し、焼けた土の匂いが鼻を突く。
遠くで村の火柱が揺れる中、クロスとヴァルザは互いを睨み合っていた。
剣を握るクロスの指先は痺れ、全身の筋肉は軋むように悲鳴を上げている。
それでも•••彼は、まだ立っていた。
魔力で四肢と胴を駆動させる感覚。
グレイスから教え込まれた魔力コントロールを総動員し、限界まで身体を強化している。
だが、その分だけ氷魔法を使う余裕はない。
もし、魔法を撃てば、身体強化が途切れる•••それでは勝てない。
(……打開するには、どこかで先手を取るしかない。)
クロスは小さく息を吐き、視線を細めた。
眼前のヴァルザは、口の端を歪めて笑っている。
楽しそうに、まるでこの死地すら戯れの舞台だと言わんばかりに。
「どうした? もう限界か?」
ヴァルザの声は低く、嘲るようだが、同時に獲物を試す狩人の声でもあった。
「さっきから守りに徹してばかりじゃねえか。まだ足掻くつもりなら……もっと来いよ。」
「……黙れ。」
クロスの声は低い。
呼吸を整えながら、一歩踏み出す。
重心を前へと傾け•••初めて、こちらから斬りかかる。
ヴァルザの目が細められる。
「ほう……攻めに転じたか。だが…」
剣が交差する。火花が散る。
クロスは力任せではない、極限まで無駄を削った最短距離の斬撃を繰り出す。
それでも致命傷にはならない。
ヴァルザは剣の腹で受け、軽くいなす。
「捨て身の攻めか……面白い。」
その声音は愉悦に満ちている。
クロスの剣が肩を裂き、腹を浅く斬るたびに、ヴァルザの口元はますます笑みを深めていく。
血を流しながらも、痛みをものともしないその姿は、もはや人間というより獣に近かった。
「くっ……!」
クロスの呼吸が乱れ始める。
身体強化の魔力が、急速に薄れていくのを感じる。
脚が重くなり、腕の動きが鈍る•••。
「終わりだ。」
ヴァルザが見逃すはずもなかった。
巨大な剣が、唸りを上げて振り下ろされる。
その瞬間。
「氷壁よ、我が身を守る盾と成れ――《アイスシールド》!」
クロスの足元に、冷気の奔流が走った。
空間に展開された氷の盾が、ヴァルザの剣を受け止める。
衝撃が大地を揺らし、氷がひび割れながらも、刃を止めた。
「なんだと?」
ヴァルザの瞳に、初めて驚きが宿る。
その動きが、一瞬だけ止まった。
「凍てつく氷よ、我が敵を穿て――《アイススパイク》!」
クロスはその隙を逃さず、鋭い氷槍を地面から突き上げる。
氷の槍がヴァルザの左脚を貫き、血飛沫とともに大地に縫い付けた。
「ぐっ……!」
ヴァルザが片膝をつく。
その顔には怒りではなく、久しく味わっていなかった痛みによる笑みが浮かんでいる。
(……時間を与えれば、また回復される。間を置けば終わりだ。)
クロスは迷わない。
アイススパイクを放った直後、残る魔力をかき集め、再び四肢と胴へと流し込む。
焼け付くような疲労が全身を走るが、構わずに踏み込んだ。
「ここで……終わらせるッ!」
視界が赤く滲み、耳の奥で自分の心臓の音が爆音のように響く。
それでも•••剣を振るう。
身体強化を再開したその動きで、ヴァルザに迫った。
クロスは踏み込みと同時に、肺の奥で短く息を殺した。
心臓の鼓動が耳の奥でやけに大きく響く。
四肢を駆ける魔力は、すでに限界を超えかけていた。
(ここで押し切る……!)
地を蹴った瞬間、視界がまたスローモーションに変わる。
ヴァルザの瞳孔がわずかに開くのも、歪んだ口元が笑みに変わるのも、すべてがゆっくり見えた。
剣を斜めに構え、左足を貫かれたヴァルザの右側面へ。
最短距離を滑るように踏み込み、横薙ぎの斬撃。
「……舐めんなよ。」
鈍い音が響いた。
ヴァルザの長剣が、信じられない速さで軌道を合わせてきたのだ。
片足が縫い付けられているはずなのに、上半身の捻りだけで軌道をずらしてくる。
「足をやったくらいで……調子に乗るなッ!」
氷の槍が砕け散る。ヴァルザが剣を振るう衝撃で、氷柱が弾け飛んだ。
片足を無理やり動かしながらも、その動きはほとんど鈍っていない。
クロスは咄嗟に飛び退き、距離を取った。
肩で荒く息をしながら、背中に冷や汗が伝う。
(やっぱり……こいつ、ただの怪物だ。)
「どうした、さっきまでの勢いは? もう終わりか?」
ヴァルザの口元が嘲笑で歪む。
クロスは答えない。ただ呼吸を整え、剣先をわずかに下げたまま、視線を逸らさない。
心臓が跳ねるたび、残る魔力が削れていく感覚がある。
(……ここで仕掛けるしかない。)
再び地を蹴る。
剣と剣が交錯し、火花が散る。
クロスは視界の流れを頼りに最小限の動きで躱し、逆に斬撃を返す。
ヴァルザの頬を、細い切り傷が走った。血が飛ぶ。
「……へぇ。」
わずかに、ヴァルザの笑みが薄れた。
その瞳の奥に、初めてわずかな警戒が浮かぶ。
「なるほどな。お前の動き•••読めねぇ理由がようやく分かった気がする。」
「……!」
クロスの眉が動く。
だが、ヴァルザはそれ以上言葉を続けなかった。
代わりに、呼吸を深く吐き出し、重心をさらに低く落とす。
「だったら、速さで押し潰すだけだ。」
その瞬間、ヴァルザの剣速が•••さらに跳ね上がった。
斬撃の軌道が見切れないわけではない。
だが、身体が追いつかない。反応が間に合わない。
クロスは歯を食いしばり、足を引きずりながら後退する。
視界が揺れ、脳裏に焦燥が過ぎる。
(……くそ、追いつかない。
身体が動かねぇ……!)
それでも、剣は握り続ける。
背後には、仲間がいる。村もある。
ここで折れたら•••すべて終わる。
「まだ立つか……面白ぇ。だがな、坊主……」
ヴァルザの声が低く沈む。
「その程度じゃ、俺は止められねぇ。」
次の瞬間、視界いっぱいに長剣の軌跡が広がった。




