焔の檻の中で
フェルナ村の夜は、炎に包まれていた。
赤い火柱が家々を呑み込み、風に煽られて火の粉が空へと舞い上がる。
その中心、燃え落ちる広場で、五つの影が一人の魔術師を囲んでいた。
グレイス、バルス、フロレア、グラハム、セリナ。
彼らは息を荒げながらも、アグナスの前に立ち続ける。
黒衣を纏う男•••アグナス。
両腕を広げ、虚空に三つの魔法陣を浮かべたまま、口元に余裕を浮かべている。
「《フレイムランス》。」
淡々と紡がれる声。
三つの魔法陣が同時に輝き、三本の炎槍が空気を裂いて放たれた。
「下がれッ!」
バルスが咄嗟に叫び、巨大な盾を前に出す。
炎槍の一本が盾に直撃し、金属音を立てて弾かれるが、盾ごとバルスの身体が大きく後ろに押し飛ばされる。
残り二本の炎槍は地面に突き刺さり、爆炎を巻き起こした。
熱気と砂埃が巻き上がる中、フロレアが咳き込みながら声を張る。
「グラハム! 攻撃を止める術はないの!?」
「止められるならやってる! 今の俺の魔力じゃ一発止めるのが限界だ……!」
グラハムの吐き捨てるような声。
額から汗が滴り、呼吸も荒い。
彼の《フレイムランス》は一度に一発しか撃てない。
対してアグナスは、平然と三つ同時に撃ち出してくる。
グレイスは深く息を吸い、双剣を構えた。
足元の瓦礫を蹴り飛ばし、一気に距離を詰める。
「――ッ!」
瞬間、足元が赤く輝いた。
視界の隅で魔法陣が浮かび上がる。
反射的に横へ飛んだ瞬間、地面から炎の柱が噴き上がった。
背後で熱風が爆ぜ、髪の先が焦げる匂いが鼻を突く。
「ちっ……近づかせる気ゼロってわけね!」
吐き捨てるように言いながらも、双剣を握る手に力が入る。
だが、踏み込むたびに足元に魔法陣が現れ、その度に退かざるを得ない。
攻めの糸口を掴めないまま、距離を詰めることすらできなかった。
後方では、セリナが必死にバルスの背中を支えていた。
「バルス、息を整えて! 腕の震えが止まってない!」
「わかってる……でも、下がったら、あの魔法が村ごと•••!」
声を荒げるバルス。
彼の盾は既に焦げ付き、金属が熱を帯びている。
何度も直撃を受けた衝撃が腕を痺れさせ、握力すら怪しい。
それでも前に出なければ、炎槍は避難の遅れた村人や残った建物を焼き払う。
「……おかしいな。」
アグナスがぽつりと呟く。
彼の額にも薄い汗が浮かんでいる。
だが、それは消耗の汗ではなく、純粋な疑問からのものだった。
「お前たち……なぜまだ立っていられる? この攻撃を凌いで、まだ息があるとは。」
嘲笑にも似た声。
だが、そこには僅かな驚きが混じっている。
彼の魔力は底を見せない。
同時に複数の魔法を操り、攻撃と防御を切り替え続けてもなお、消耗の兆しがない。
それでも、五人は倒れない。
致命傷を避け続け、僅かな隙間で体勢を立て直し、息を合わせて生き残っている。
「攻め手が……ないわね。」
グレイスが低く呟く。
その声には苛立ちと焦燥が滲んでいた。
「こっちから決定打を入れられない以上、魔力切れを待つしか……でも、あれが尽きる様子はない。」
フロレアが歯を食いしばり、矢を番えながら周囲を睨む。
彼女の矢は何度もアグナスの結界に阻まれ、焼かれてきた。
「待つしかない、ってのは……わかるが……」
バルスが低く唸る。
盾を握る腕は痺れ、膝は笑い始めている。
彼の眼差しは燃え上がる村を見やり•••歯を食いしばった。
「……村が、もう保たねえぞ。」
炎と爆音が夜を裂く。
五人は互いに目を合わせるが、打開策は出てこない。
攻め手を欠いたまま、ただ時間と共に消耗し、村の被害が広がっていく。
この戦いは、確かに•••硬直していた。




