クロスVSヴァルザ②
重く、粘りつくような空気が、夜の広場を覆っていた。
瓦礫が散らばった石畳の上、二つの影が対峙する。
一方は大剣を肩に担ぐ、血塗れの男•••ヴァルザ。
もう一方は、剣を両手に構え、深く息を吸い込む青年•••クロス。
月光が二人の間を淡く照らし出す。
その光が、張り詰めた空気の中で、どこか不自然に揺らいで見えた。
クロスの視界では、世界がわずかに遅れて流れている。
《視界領域》•••その発動状態。
しかし、いまやそれだけでは足りなかった。
(……見える。見えてるのに……っ。体が、追いつかない……!)
ヴァルザの肩が微かに沈み、右足が土をを抉る。
大剣の重みが流れる方向を、視界が先読みするように感じ取る•••だが、体が動く前に。
ドゴォォンッ!
大剣が横薙ぎに広場を薙ぎ払う。
クロスは反射的に刃を合わせ、衝撃を受け流すも、足が地面にめり込み、腕が痺れた。
「クッ……!」
息が漏れる。
対するヴァルザは、獰猛な笑みを浮かべたまま、大剣を肩に戻す。
「ようやく“当たる”ようになってきたな」
その声音には、確かな愉悦が混じっていた。
ヴァルザはクロスの“目”や技の理屈など知らない。
ただ一つ、確信している。
「……俺の動き、見切ってやがるな? だったら、もっと速く……もっと重くしてやるよ」
彼はそう呟き、足を地面に深く沈ませた。
地面がミシリと軋む。
次の瞬間•••その巨体が弾かれたように飛び出す。
風圧が走る。
クロスは目を見開き、身体を半歩だけ引いた。
刃が空を裂く音が耳を刺し、すれ違う寸前、ヴァルザの背中が視界をかすめる。
(……あぶなっ……! いや、あぶないどころじゃなかった。完全に押されてる。)
クロスは短く息を吐き、体勢を立て直す。
ヴァルザの足音が再び響く。
回転しながら大剣を振り抜くその動きは、重さと速さがこれまでと段違いだ。
刃と刃が再び激突。
衝撃が走り、クロスの足裏から地面にヒビが広がった。
「どうした、さっきまで余裕そうだったじゃねぇか」
「……余裕なんて、最初からない」
青年らしい、低くも苛立ちを抑えた声。
息を整えつつ、クロスはヴァルザの動きを見据えた。
(このままじゃ、持たない。)
だが、魔力コントロールの為に魔力を巡らせるには、わずかな隙が要る。
その隙を見せれば、ヴァルザの剣圧が一瞬で命を刈り取るだろう。
ヴァルザは、にやりと笑った。
「足、止まってんぞ。考え事か? それとも、もう動けねぇのか?」
「……黙れ」
吐き捨てるように言いながらも、クロスの背筋には冷や汗が伝う。
(焦るな……冷静に隙を作れ。今、魔力を通さなきゃ…終わる。)
ヴァルザの大剣が、また横へと大きく薙がれる。
クロスは飛び退き、足元の瓦礫を蹴り飛ばして距離を取った。
「逃げるなよ。これからが楽しいとこだろ?」
「そんな趣味はない」
短いやり取りの裏で、クロスは一瞬、深く息を吸う。
肺を満たし、心拍を意図的に落とす。
その一拍の間に、魔力を•••両足、両腕、そして胴体へと送り込んだ。
(……あと少しで、間に合う……!)
ヴァルザの影が迫る。
足音が石畳を砕き、風が押し寄せた。
「死ねやぁッ!」
大剣が、雷鳴のような音を立てて振り下ろされる。
クロスは刃を交差させて受け止めると同時に、魔力の充電を終えた。
(…間に合った。)
全身の血流が熱を帯びる。
クロスは歯を食いしばり、反撃のための足を強く踏み込んだ。




