クロスVSヴァルザ①
フェルナ村の焼け焦げた市場跡地は、夜風に吹かれてなお血と煙の臭いを漂わせていた。
崩れた屋根の残骸が軋み、折れた木の柱が風に叩かれてカタカタと震える音が、まるで戦場の余韻を語るかのように響く。
その中心、黒い瓦礫の平地で、クロスとヴァルザは、すでに何度も刃を交わしていた。
ヴァルザの大剣が重く振り抜かれるたび、地面の石が砕け、砂が爆ぜる。
対するクロスの剣は細身で、軽やかな軌跡を描きつつ、相手の攻撃をいなし続けている。
一見すれば、巨躯の剣士と若き戦士の消耗戦••・しかし、その実態はまったく違った。
クロスの目は、淡い青白い光に覆われている。
視界領域
世界の動きが鈍くなり、すべての情報が、流れるように頭へと流れ込んでくる。
舞い上がる砂の軌道、ヴァルザの肩のわずかな動き、靴底が地面を掠める音•••それら全てが、これから繰り出される攻撃の未来を示していた。
(……来る。右肩の角度、足の沈み……大剣を下から持ち上げる軌道。)
クロスは膝を軽く折り、半歩だけ下がる。
次の瞬間、ヴァルザの大剣が地面を抉りながら薙ぎ払った。
刃がクロスの頬先をかすめ、砂塵が風の壁のように押し寄せる。
だが、クロスの身体はすでに動いていた。
大剣が空を切るのと同時に、クロスの剣がヴァルザの脇腹を狙う。
「チッ!」
火花が散った。
ヴァルザは大剣の柄を強引に捻り、クロスの一撃を柄の金具で受け止めた。
鈍い衝撃が夜に響き、二人の間の空気が一瞬で張り詰める。
「……やっぱり、意味がわからないな」
ヴァルザの目が細まり、薄く笑みが漏れる。その笑みに、余裕と、わずかな苛立ちが混じっていた。
クロスは応じない。
視界は広がったまま、ヴァルザの筋肉の収縮を見続ける。
次の動きが来る。左足に体重を預けている•••跳び込みか、回転か。
「ッ!」
大剣が振り下ろされた瞬間、クロスは剣を逆手に構え、ヴァルザの膝裏を狙った。
スローモーションに見える世界で、正確無比な軌道を描く刃。
だが•••
ガキィン!
火花と共に、クロスの剣は弾かれた。
ヴァルザは膝を少し曲げ、刃の軌道を読んでガードしていた。
「……チィ。これを防ぐのか」
「やるじゃないか」
ヴァルザは笑いながら、体勢を崩さず大剣を振り上げた。
クロスはその動きを、さらに前へ踏み込みながら躱す。
間合いを潰し、ヴァルザの剣の長さを殺すためだ。
ヴァルザの表情が、わずかに険しくなる。
「間合い潰しか……小癪な」
「そういう戦い方しか、俺にはない」
クロスは短く答え、刃を斜めに振り上げた。
ヴァルザはそれを剣の腹で逸らし、肩口を狙って肘打ちを放つ。
クロスはそれを見切り、腰をひねって後退。
ヴァルザの肘が空を切り、その隙を狙って再び踏み込む。
•••視界に映る全てが遅い。
•••それでも、ヴァルザは崩れない。
(……一撃の威力が化け物じみてる。下手に防げば、骨ごと折れる。)
クロスは呼吸を整えつつ、攻撃のリズムを刻み続ける。
三歩動けば、一歩下がり、また二歩で踏み込む。
最小限の動きでかわし、最小限の斬撃で削る。
やがて、ヴァルザの肩口に細い切り傷が走った。
血が夜の闇に滲む。
ヴァルザは視線を落とし、薄く笑った。
「……なるほど。本当に意味がわからないな。俺の剣が当たらねぇ」
「……」
「まぁ、分かったところで、どうにかなるわけじゃ無さそうだがな」
そう言いながらも、ヴァルザの声色には先ほどまでの軽さが消えていた。
目の奥で光が強まり、呼吸がわずかに荒くなる。
クロスは、すぐにその変化を察知する。
(……来る。これまでの“遊び”が終わる。)
ヴァルザがゆっくりと大剣を下ろした。
外套の裾が広がり、足が地を踏み締める音が重く響く。
「……そろそろ、本気でやらねぇとダメか」
闇夜に低い声が落ちた瞬間、空気が張り詰めた。
クロスは息を呑み、両足に力を込める。
戦いの第二幕が始まろうとしていた。




