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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
135/167

クロスVSヴァルザ①

フェルナ村の焼け焦げた市場跡地は、夜風に吹かれてなお血と煙の臭いを漂わせていた。


崩れた屋根の残骸が軋み、折れた木の柱が風に叩かれてカタカタと震える音が、まるで戦場の余韻を語るかのように響く。


その中心、黒い瓦礫の平地で、クロスとヴァルザは、すでに何度も刃を交わしていた。


ヴァルザの大剣が重く振り抜かれるたび、地面の石が砕け、砂が爆ぜる。


対するクロスの剣は細身で、軽やかな軌跡を描きつつ、相手の攻撃をいなし続けている。


一見すれば、巨躯の剣士と若き戦士の消耗戦••・しかし、その実態はまったく違った。


クロスの目は、淡い青白い光に覆われている。


視界領域ビジョン・ドメイン


世界の動きが鈍くなり、すべての情報が、流れるように頭へと流れ込んでくる。


舞い上がる砂の軌道、ヴァルザの肩のわずかな動き、靴底が地面を掠める音•••それら全てが、これから繰り出される攻撃の未来を示していた。


(……来る。右肩の角度、足の沈み……大剣を下から持ち上げる軌道。)


クロスは膝を軽く折り、半歩だけ下がる。

次の瞬間、ヴァルザの大剣が地面を抉りながら薙ぎ払った。


刃がクロスの頬先をかすめ、砂塵が風の壁のように押し寄せる。


だが、クロスの身体はすでに動いていた。


大剣が空を切るのと同時に、クロスの剣がヴァルザの脇腹を狙う。


「チッ!」


火花が散った。

ヴァルザは大剣の柄を強引に捻り、クロスの一撃を柄の金具で受け止めた。


鈍い衝撃が夜に響き、二人の間の空気が一瞬で張り詰める。


「……やっぱり、意味がわからないな」


ヴァルザの目が細まり、薄く笑みが漏れる。その笑みに、余裕と、わずかな苛立ちが混じっていた。


クロスは応じない。


視界は広がったまま、ヴァルザの筋肉の収縮を見続ける。


次の動きが来る。左足に体重を預けている•••跳び込みか、回転か。


「ッ!」


大剣が振り下ろされた瞬間、クロスは剣を逆手に構え、ヴァルザの膝裏を狙った。


スローモーションに見える世界で、正確無比な軌道を描く刃。

だが•••


ガキィン!


火花と共に、クロスの剣は弾かれた。


ヴァルザは膝を少し曲げ、刃の軌道を読んでガードしていた。


「……チィ。これを防ぐのか」


「やるじゃないか」


ヴァルザは笑いながら、体勢を崩さず大剣を振り上げた。


クロスはその動きを、さらに前へ踏み込みながら躱す。


間合いを潰し、ヴァルザの剣の長さを殺すためだ。


ヴァルザの表情が、わずかに険しくなる。


「間合い潰しか……小癪な」


「そういう戦い方しか、俺にはない」


クロスは短く答え、刃を斜めに振り上げた。


ヴァルザはそれを剣の腹で逸らし、肩口を狙って肘打ちを放つ。


クロスはそれを見切り、腰をひねって後退。


ヴァルザの肘が空を切り、その隙を狙って再び踏み込む。


•••視界に映る全てが遅い。

•••それでも、ヴァルザは崩れない。


(……一撃の威力が化け物じみてる。下手に防げば、骨ごと折れる。)


クロスは呼吸を整えつつ、攻撃のリズムを刻み続ける。


三歩動けば、一歩下がり、また二歩で踏み込む。


最小限の動きでかわし、最小限の斬撃で削る。


やがて、ヴァルザの肩口に細い切り傷が走った。


血が夜の闇に滲む。


ヴァルザは視線を落とし、薄く笑った。


「……なるほど。本当に意味がわからないな。俺の剣が当たらねぇ」


「……」


「まぁ、分かったところで、どうにかなるわけじゃ無さそうだがな」


そう言いながらも、ヴァルザの声色には先ほどまでの軽さが消えていた。


目の奥で光が強まり、呼吸がわずかに荒くなる。


クロスは、すぐにその変化を察知する。


(……来る。これまでの“遊び”が終わる。)


ヴァルザがゆっくりと大剣を下ろした。


外套の裾が広がり、足が地を踏み締める音が重く響く。


「……そろそろ、本気でやらねぇとダメか」


闇夜に低い声が落ちた瞬間、空気が張り詰めた。


クロスは息を呑み、両足に力を込める。


戦いの第二幕が始まろうとしていた。

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