血と炎の二つの戦場
夜のフェルナ村は、まるで地獄と化していた。
燃え盛る家々の炎が、風に煽られ、赤い火柱が闇を裂く。
煙と血の臭いが混じり合い、鼻腔を刺す。
その中央に、二つの影が立っていた。
一人は漆黒の外套を纏い、指先に紅い光を灯す高位魔導師、アグナス。
もう一人は血を纏ったような瞳を光らせる、ヴァルザ。
そして六人の冒険者が、二手に分かれて彼らに向かい合った。
グレイス、バルス、グラハム、フロレア、セリナ――五人がアグナスに。
クロスが、ヴァルザと一対一で。
空気が、張りつめる。
「……行くわよ!」
グレイスが短く号令をかけた瞬間、バルスが巨体を躍らせ前へ出た。戦斧を肩に担ぎ、炎に照らされる顔は険しい。
「流れよ、力。ブースト!! ……全員、強化完了!」
後方のセリナが補助魔法を重ね、五人の身体を淡い光が包み込む。筋肉が軽くなるような感覚が走る。
その時、アグナスの低い声が響いた。
「《フレイムランス》」
地を這うように、炎の槍が奔った。
その速度は視線で追えないほど速い。
一直線にバルスの胸を貫かんと迫る。
「チッ……!」
バルスは戦斧を横薙ぎに振り抜き、炎を叩き割るように防いだ。だが爆ぜた炎の破片が空気を焼き、熱波が襲う。
「バルス、下がれ!」
グレイスの鋭い指示が飛ぶ。
その間にフロレアが回り込み、風の魔力を矢に纏わせ、狙撃を放つ。
矢が一直線に飛ぶ•••だが、アグナスの周囲に現れた炎の壁が矢を燃やし尽くした。
「壁ごと撃ち抜く! 熱よ、弾けろ――《ファイアショット》」
グラハムの掌から火球が放たれる。
炎と炎がぶつかり、轟音と共に爆ぜた。
爆風を切り裂き、グレイスが音もなく距離を詰める。
剣閃が闇を裂いた。
しかし、アグナスの周囲に紅い障壁が現れ、刃は弾かれる。
「……なるほど。五人で、やっとこれか」
アグナスは無表情のまま、掌に紅い光を集める。
周囲の炎が吸い寄せられ、巨大な火球が形成された。
「全員、散れッ!」
バルスの怒声と同時に、地が揺れ、爆炎が広場を包む。
セリナが防御魔法を展開し、辛うじて直撃を避けるが、熱と衝撃で全員の息が荒くなる。
その爆炎を背景に、クロスとヴァルザの視線が交わった。
ヴァルザは片手で剣を肩に担ぎ、笑みを浮かべる。
赤黒い瞳が、クロスだけを射抜いている。
「ようやく決着がつけられそうだな……坊主」
その声音には、獲物を見つけた獣のような楽しみが滲んでいた。
クロスは静かに息を吐き、剣を抜いた。
その刃先は微かに震えているが、目は揺らがない。
「ここで……お前を止める」
「止める? 俺を? ……ククッ、言うじゃねえか」
ヴァルザが肩を竦め、剣をくるりと回す。
次の瞬間、クロスの瞳が光を帯びた。
「視界領域」
世界が遅れる。
炎の揺らめきが波打つようにゆっくりと流れ、風が動きを失ったかのように重くなる。ヴァルザの姿だけが、鮮明に浮かび上がる。
クロスの呼吸は深く、一定。
一歩、一撃は速くない。だが、極限まで無駄を削いだ“最適な動き”として放たれる。
(またこれか……理解できねえ動きだな)
ヴァルザは口元に笑みを浮かべる。
「だが•••理解できねえなら、それごと叩き潰すだけだ!」
ヴァルザの剣閃が奔る。
クロスは一歩踏み出し、その攻撃を紙一重で躱す。
炎に照らされ、二つの影が交錯した。
「くそっ、息が上がる……!」
バルスが戦斧を支えながら呻く。
炎の熱気と連続した爆風で、全員の体力は確実に削られていた。
「まだ行ける! グラハム、次の火球を合わせろ!」
グレイスが叫ぶ。
フロレアが風矢を連射し、アグナスの注意を散らす。
「……面倒だな。《フレイムサークル》」
アグナスの周囲に炎の輪が浮かび、五人を囲い込む。
熱で空気が歪み、呼吸が重くなる。
「フロレア、風魔法を最大出力で!」
グレイスの声にフロレアが頷き、魔力を絞り出して防御を張る。
「これ以上消耗させないで……! 魔力が尽きるわよ!」
フロレアの額には汗が浮かび、声が震える。
「なら一気に突破する!」
グレイスが地を蹴り、障壁を破壊する勢いでアグナスに突撃。
その後ろを、バルスとグラハムが支える。
クロスの視界の中で、ヴァルザの動きが歪む。
その軌道を、感覚で“先読み”し、最小限の動きで対応する。
だが•••ヴァルザの剣は速い。重い。
「お前のその目……気に入らねえな」
ヴァルザの剣圧が空気を裂き、クロスの頬を掠めた。
「……お前だけは許さない!」
クロスの瞳は揺らがない。
「なら…斬り伏せるまでだ!」
二人の剣が火花を散らし、夜の戦場に響き渡った。
今更ですが…
《視界領域》
術者自身の知覚速度を極限まで加速させ、術者の周囲の世界の動きが極端なスローモーションに見えるようになる。
あくまで術者の「知覚」が加速しているだけであり、術者自身の肉体速度は向上しない。スローモーションの中で、自身の肉体の限界速度を超える行動は不可能。
という設定です。




