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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
133/168

燃え上がる戦場の影 ― 深淵の訪れ

夜のフェルナ村には、炎の赤と月の青が交錯していた。


 木造の家々は所々で焼け落ち、黒煙が夜空に立ち上っている。


 火花の散る音、泣き叫ぶ声、呻き声……戦場の余韻が、村の空気を押し潰していた。


 その中心で、クロスは剣を支えに立ち上がった。


 足元には、氷片と血の中に崩れ落ちた、もはや人間ではない残骸・・・ダリオの成れの果てが転がっている。


 かつての顔は原形を留めず、棘と牙に覆われた頭部は半ば凍りついたまま砕け散っていた。


 クロスは浅い息を繰り返しながら、視線を地に落とす。


(……あれが、ダリオ……あの姿が……)


 ただの恨みを抱えた冒険者が、ここまで変わり果てる。


 ヴァルザの仕業・・・そう直感で分かるが、どうやってあそこまで“人”を捻じ曲げたのかは想像もつかない。


 剣を鞘に収めようとした時、視界が揺れた。


 足元がふらつき、思わず片膝をつく。魔力も体力もほとんど残っていない。


 それでも、立ち止まっている暇はなかった。


「……クロス!」


 背後から、グレイスの声が飛ぶ。


 顔を上げると、瓦礫を飛び越えながらグレイスたち五人が駆け寄ってきた。バルスの巨躯が先頭で、フロレアが後方を警戒しつつ矢を番えている。


 彼らの顔には煤や血がついているが、全員立っている。


「終わったのね……」


フロレアが周囲を見渡し、安堵と疲労の入り混じった声を漏らす。


「でも……ひどいわね、この村……」


 視界の先で、村人たちが泣きながら瓦礫を掘り返している。


 燃え残った家からも、まだ小さな火がぱちぱちと音を立てている。


 グラハムが短く息を吐き、苦い声を出した。


「壊滅は免れたか……だが、死者は多いだろうな」


 バルスは頭を振り、手にした戦斧を地面に突き立てた。


「にしても……坊主、お前……よくあの怪物相手に生きてたな」


 クロスは小さく頷き、肩で息をしながら答える。


「……ギリギリだった。……あれは……もう、人間じゃなかった」


 その言葉に、全員が口をつぐんだ。


 言葉にすることで、改めて背筋に寒気が走る。


 その静寂を・・・低い声が破った。


「……なるほど。止められるとはな」


 全員が即座に振り向いた。


 空気が凍りつく。背筋を撫でる悪寒が、夜風よりも冷たかった。


 瓦礫の影から、二つの影がゆっくりと姿を現した。


 一人は、血を思わせる深紅のマントを肩に掛けた男。


 赤黒い瞳が淡々と光を反射し、唇には微笑が浮かぶ――ヴァルザ。


 その隣に立つのは、背の高い銀髪の男。

 漆黒の長衣をまとい、指先には淡く紅い光を灯した魔導師――アグナス。


 その二人が現れた瞬間、六人全員が一歩身構えた。


 視線の先の空気が、明らかに“異質”だと分かる。


「アグナス……ヴァルザ……」


 クロスの声が、夜の静寂を裂いた。


 アグナスは表情を変えず、淡々と口を開いた。


「正直、ここまでやるとは思わなかった。

あと人間も、あの異形たちも、無駄だったか……いや、よく耐えたと言うべきか」


 隣のヴァルザが、退屈そうに肩を竦める。


「だから言ったろ。あの時、あの坊主は殺しておくべきだったんだよ。余計な手間をかけさせやがって」


 クロスの目が鋭く細められる。


 剣の柄に自然と手が伸びた。


 その動作を見たヴァルザは、あざ笑うように口角を上げる。


「おっと、そんな目をするなよ。……事実を言っただけだ」


「……ダリオに、何をした」


クロスが低い声で問う。


 ヴァルザは愉快そうに喉を鳴らし、片手を広げて答える。


「あの人間か?簡単な話だ。奴は力を欲した。それだけだ。だから、くれてやったんだよ……“魔物の力”をな」


「力……?」


クロスの声が怒りで震える。


「あれは……化け物だ!」


 ヴァルザは楽しげに笑った。


「化け物だろうが、力は力だ。結局、世界を動かすのはそういうものだ。お前も、そう思わないか?」


 その言葉が、燃え残る夜の村に重く響いた。


 その横で、アグナスが一歩前に出た。


「ヴァルザ、長話は終わりだ。……続きを、我々でやろう」


 その瞬間、アグナスの指先から紅い光が爆ぜた。


 次の瞬間・・・巨大な火球が生まれる。


「全員、散開ッ!」


 グレイスの叫びが響き渡る。


 六人は反射的に地を蹴り、それぞれの方向へ飛び退いた。


 地面が爆ぜ、火花と砂煙が吹き上がる。


 夜空が一瞬、昼間のように赤く染まった。


「セリナさん! 魔力回復薬を!」


クロスが叫ぶ。


 セリナは即座に腰のポーチを探り、瓶を掴んでクロスに投げ渡す。


 同時に、バルスたち四人にも次々と手渡した。


「全員、これを飲んで! 吐くなよ!」


 バルスが苦い顔でぼやく。


「……今日だけで何本目だ。胃が死ぬ……」


「文句言う暇があったら飲み込みなさい!」


セリナが怒鳴った。


 フロレアも顔をしかめ、グラハムも渋々口に含む。


 クロスも瓶を受け取り、一気に流し込む。


 直後、口内に鉄と苦味が広がり、吐き気が込み上げたが、セリナの冷たい声が飛ぶ。


「吐くな! 飲み込め、クロス!」


 なんとか飲み下すと、体の芯が熱を帯び、空虚だった魔力が少しずつ満ちていくのを感じる。


「……これで戦える」


 グレイスが剣を構え、アグナスを睨んだ。


 ヴァルザはクロスの前に立ち、嘲るように微笑む。


「早く飲め。……お前とやるのは、この俺、血の剣士ヴァルザだ」


 クロスは剣を抜き放ち、ヴァルザを真っ直ぐに見据えた。


「……お前だけは、絶対に許さない」


 夜のフェルナ村に、再び緊張が走る。


 燃える家々を背に、二つの影が、戦いの幕を開けようとしていた。


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