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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
132/168

氷と棘の決着

 夜のフェルナ村は、燃え盛る家屋の赤い光に染まっていた。


 崩れ落ちた壁の影が、ゆらゆらと揺れている。


 地面には血が混じった水溜まりが広がり、焦げた木材と鉄の匂いが鼻を刺した。


 その中心、広場の一角で・・・クロスは立っていた。


 対峙する相手は、もはや「人間」とは呼べない存在。


 それは、かつてのダリオだった。


 赤黒い皮膚が筋肉の上に張りつき、背中からは無数の棘が骨のように突き出している。


 腕は常人の倍近い太さに肥大化し、指先には鉤爪が光る。


 顔は崩れ、裂けた口からは異常に伸びた牙が覗いていた。


 その目・・・血のように赤い双眸が、月光を反射して妖しく輝いている。


「――――――グルルルルッ!」


 低く、地を這うような咆哮が、夜気を震わせる。


 砂と瓦礫が震動で跳ね上がった。


 クロスは、片手剣を握り直し、深い息を吐いた。


 足元の血と泥を踏みしめながら、わずかに膝を曲げ、腰を落とす。


(……もう、人間じゃない。ただの怪物だ。だが……ここで倒さなければ、村人も、仲間も……誰も助からない)


 胸の奥で焦燥が渦巻く。


 だが、クロスは一度、目を閉じ、魔力を全身に巡らせた。


 そして・・・世界の速さを切り離す。


 視界領域ビジョン・ドメイン、発動。


 空気が水の中のように重くなり、時間が粘つくように遅れる。


 炎の火の粉が、漂う雪のように、ゆっくりと舞って見える。


 世界の輪郭が静かになり、目の前の異形の一挙一動が、透けるように「読める」。


(……動きが見える。だが、相手は速い……一瞬の油断が、死だ)




 ダリオが突進してきた。


 巨体が地面を抉り、土煙が上がる。

 その一歩ごとに、地面が小さく震えた。


 棘だらけの腕が薙ぎ払われ、瓦礫が宙を舞う。


 クロスは半歩、滑るように後方へ退き、同時に側面へ円を描くように動く。


 視界領域の中で、迫る爪の軌跡を完璧に見極め、最小限の動きで躱した。


 反撃。

 クロスはダリオの脇腹へ剣を突き立てる・・・が、


 ガギィィィンッ!


 甲高い音が響き、刃が弾かれた。


 皮膚はまるで鋼鉄のように硬く、刃は浅く表面を裂いただけ。


 衝撃が手に響き、指がかすかに痺れる。


(……やはり斬れない。俺の剣じゃ、この装甲は通らない……!)


 その瞬間、ダリオの背中の棘が鞭のようにしなり、地面を叩いた。


 砕けた石片が弾丸のように飛び、クロスの頬をかすめる。


「……チッ!」


 頬から血が滲み、夜風に冷たくなった。





 ダリオが獣のような声を上げ、地面を蹴る。


 巨体が跳躍し、上空から両腕を広げて降りかかってくる。


 棘の生えた腕が、夜空を切り裂いた。


 クロスは視界領域の中で、その軌道を読む。


 足を止めず、円を描くようにステップで回避。


 着地の瞬間、反動で露出した首筋を狙い、剣を斜めに振り抜く。


 シャリッとわずかに血が飛んだ。


 だが、それも表面を削っただけだ。致命には至らない。


 ダリオの赤い目がぎょろりと動き、クロスを捕捉する。


 裂けた口をさらに大きく開き、咆哮を上げた。


「――――グアアアアアアアアアアッ!!」


 その叫びと同時に、背中の棘が次々と射出される。


 瓦礫と空気を裂いて飛んでくる骨の槍。


 クロスは身を伏せ、横転し、肩先をかすめる一本をやり過ごした。


 背後で、民家の壁が串刺しになり、粉砕される。


(……このままじゃジリ貧だ。斬れない。耐久戦になれば、いずれ……)




 剣を握る手をわずかに下げ、クロスは深く息を吐いた。


 魔力を左手へ集中させる。


(……斬れないなら、凍らせて砕くしかない。これしかない……!)


 息が白く凍り、周囲の空気が冷えていく。


 青白い光が、左手の指先に集まり始めた。


「冷たき精よ……我が手に宿り……触れるものを凍てつかせよ――」


 周囲の空気が、炎の熱気を押し返して冷え込む。


 瓦礫の表面に霜が走り、白い粒が舞った。


 《アイスタッチ》


 青白い光が弾け、左手に氷の膜が広がった。




 ダリオが再び突進する。


 その口からは獣の唾液が垂れ、牙がギラリと光る。


 爪がクロスの胴を薙ぎ払おうと振り下ろされ―・・・


 クロスは視界領域の中で、動きを“読む”。


 右腕の振りがわずかに遅い・・・そこが唯一の隙。


 地面を蹴り、ダリオの腕に飛びつく。


 左手を、その赤黒い皮膚へと押し当てた。


「――凍れッ!」


 瞬間、冷気が一気に走った。


 白い霜が、ダリオの腕から肩、胸、そして背中へと広がっていく。


 赤黒い肉体が硬直し、ギシギシと音を立てた。


「――――ガァ、アアアアアアアアアアッ!!」


 濁った悲鳴が夜を震わせる。

 巨体が暴れ、地面が砕ける。だが、氷は止まらない。


 クロスは全身の魔力を、左手へと注ぎ込む。


 視界領域は消え、世界の速度が戻った・・・だが、止めを刺すため、迷わなかった。


「……これで終わりだッ!!」


 クロスは右手の剣を振り上げ、凍りついた胸部へと全力で叩き込む。


 ガキィィィィィィィィィィィンッ!


 氷が砕け、内部の肉体ごと粉砕される。


 ダリオの叫びが途切れ、巨体が崩れ落ちた。


 砕けた氷片と血が夜空に散り、炎の光に照らされて青白く光った。




 クロスは剣を地面に突き立て、荒い息を吐いた。


 魔力をほぼ使い切り、視界が揺れる。

 だが・・・まだ、立っている。


 足元には、動かなくなった異形の残骸。


 それは、かつてダリオだったものの成れの果てだった。


 夜風が吹き、氷片と灰を運ぶ。


 戦場に、静寂が訪れた。


「……ダリオ……」


 クロスは低く呟き、目を閉じた。


 遠くから、グレイスたちの足音が響く。

 だが、クロスは動かず、夜空を仰いでいた。


 燃え残る炎の光が、赤と青の二色で彼を照らしていた。


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