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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
131/168

異形の咆哮

 フェルナ村の夜は、焔と血の臭いに覆われていた。


 燃え落ちる家々の柱が崩れ、炎が夜空を紅く塗りつぶす。その赤が、まるで血を流すように地面を染め上げていた。


 その広場の中央・・・一人の青年と、一体の異形が対峙していた。


 クロス。


 そして、かつて冒険者だったダリオ。


 だが、今のダリオの姿は、人間とは呼べなかった。


 全身の筋肉は不自然に肥大化し、皮膚は赤黒く変色して硬質化している。目は血のように濁った赤光を放ち、牙が唇の隙間から覗く。

呼吸のたび、獣のような唸り声が漏れ、喉の奥でゴロゴロと何かが蠢く音がした。


 その巨体がゆらりと動いた瞬間、地面の土がわずかに沈み、瓦礫が小さく跳ねた。


「グルルル……クロス……キサマ……」 


 濁った声が夜に響く。もはや言葉でさえ、人の発するものとは思えない。


 クロスは片手剣を構え、ダリオの赤い瞳を見据えた。


 夜風が吹く。炎の熱と血の臭いを運び、皮膚を焼くように感じさせた。


「……どうして、こうなったんだ。ダリオ、お前は……人を護るはずの冒険者だったはずだろ。なのに、村を襲うなんて……どうしてだ」


 問いかけても、返ってくるのは怒りに濁った声だけだった。


「オマエ……ノ、セイ……ダ……ッ! ラグスティア……追イ出サレタ……

 オレノ……チカラ、ミトメナカッタ……ヤツラ……ゼンブ……シラセル……オレガ、ツヨイッテコトヲォォォ!」


 その咆哮とともに、ダリオの両腕がさらに膨張し、握る大剣を易々と振り上げた。


 巨人のような影が、炎に揺らめく村の地面に大きく映し出される。


 クロスの背中を、冷たい感覚が這い上がった。


(……もう、人間じゃない。理性なんて、微塵も残ってない……)


 だが、剣を握る手に迷いはなかった。


 どんな姿になろうとも、こいつを止めなければ・・・この村の人々は生き残れない。




 ダリオが地面を蹴った。


 轟音が鳴り響き、巨体が弾丸のようにクロスへ迫る。


 その速さは、かつて冒険者だった時のダリオとは比べ物にならなかった。


 その一歩ごとに地面が抉れ、砂塵が舞い上がる。


 クロスは即座に魔力を体中に巡らせた。

 深く息を吐き・・・意識を沈める。


 視界領域ビジョン・ドメイン、発動。


 世界の動きが、粘つくように遅くなる。


 ダリオの動きが、炎の中でゆっくりと揺らめく。振り下ろされる大剣の軌跡さえ、炎の粒が落ちるかのような速度で見える。


(……これなら、かわしきれる)


 クロスは地面を滑るように動き、最小限のステップで大剣をかわす。

 すぐさま足首を狙い、剣を振り抜いた・・・だが。


 ガキィィィィンッ!


 甲高い音が響いた。刃は皮膚をかすり傷つけただけで、肉までは届かない。


 手に伝わる感触は、まるで鋼鉄の外殻を斬ろうとしたかのようだった。


「……硬すぎる……!」


 クロスが舌打ちをした瞬間、振り抜かれた大剣が地面を砕いた。

 土と瓦礫の破片が弾丸のように飛び散り、クロスの頬をかすめる。

 わずかな切り傷が熱を帯び、血が滲んだ。




 ダリオが唸り声を上げながら、再び突進してくる。


 その動きは、巨体からは想像できない速さだ。


 クロスは地面を蹴り、間合いを広げた。


 視界領域の中で、全てが遅く見える。

 だが・・・遅いと感じても、その質量を止める術はない。


(……斬るんじゃない。あの動きに、合わせて“ずらす”んだ……)


 クロスはダリオの踏み込みを読み、体を半歩ずらして大剣を躱す。


 その勢いを利用し、背後に回り込んで横腹を狙うが・・・またしても、刃は浅く滑った。


 ダリオが咆哮を上げ、反撃の斬撃が迫る。


 クロスは転がるように地面を滑り、攻撃をかわす。


 瓦礫が背中をかすめ、痛みが走る。


「……これじゃ、削ることしかできない」


 クロスは荒い息を吐きつつ、立ち上がる。


 視界領域の中でも、焦りが心臓を打ちつけていた。




 ダリオは大剣を肩に担ぎ、喉の奥で唸った。


「ウオオオオオオオオッ! コロス……ゼンブ、コロスゥゥゥ!!」


 その叫びと同時に、彼の体から赤黒い瘴気が噴き出した。


 空気が重く、淀んでいく。


 炎の光すら霞むほどの圧力が、周囲を押し潰した。


 クロスは背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。


(……まだ、変わるのか……? これ以上……!)


 夜の村は、風も炎の揺らぎも止まったかのように静まり返った。


 焦げた匂いの中、二人の呼吸音だけが響く。


 クロスは剣を握り直した。


 魔力をさらに巡らせ、意識を極限まで集中させる。


 視界領域の中で、目の前の異形の動きを、一つも見逃さないために。


 だが、ダリオの輪郭が、もはや人のそれを保てなくなりつつあった。


 背中が裂け、骨のような棘が覗き、口から覗く牙がさらに伸びる。


「……これが……お前の“力”ってわけか……」


 クロスは低く呟き、再び前へと踏み出した。


 夜空を焦がす炎の中、二つの影が激突しようとしていた。


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