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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
一章
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初めての氷

朝、クロスは宿のベットから起き上がると、昨日の出来事を思い返して小さく微笑んだ。

――水面に浮かんだ、ほんの一瞬の霜。確かに、それは氷だった。


「今日も、頑張ろう」


気合を入れて顔を洗い、朝食をかきこむと、いつものようにギルド支部へと向かう。通い慣れた土道は朝露に濡れ、ほのかに冷たい風が頬を撫でた。けれど今の彼にとって、それすらも気持ちよく感じられた。


 


「おう、クロス。今日も元気そうだな」


ギルド支部に着くと、受付カウンターの奥から、いつものようにゴルが笑いかけてくる。ゴルは支部の管理を担う中年のギルド職員で、ギルド業務全般を見ている人物だ。


「おはようございます。今日も何かありますか?」


「あるとも。今日は村の井戸の掃除だ。底に泥が溜まってるらしくてな、村の爺さんが腰を痛めたってよ。まあ、泥掻きと桶の上げ下げ、あんまりいい仕事じゃないが、報酬は銀貨三枚だ」


「やります!」


「いい返事だ。……お前、最近まじめに働いてるって評判いいぞ。ちょっとした“期待の新人”ってやつだ」


「ありがとうございます」


クロスは少し照れながらも、任された仕事道具を受け取り、村の中央にある井戸へと向かった。


 


井戸の掃除は予想以上に大変だった。縄を巻き、桶を何度も上下させ、底に溜まった泥や石ころをかき出す。バケツの中の水は濁り、徐々に透明に近づいていく。


「……ふぅ、あと何回だろう」


体を動かしながらも、クロスの意識は昨夜の霜に引き戻されていた。あのとき確かに、自分の魔力が水に影響を与えた。それが偶然かどうかを確かめたい。もっとはっきりと、“氷”を生み出せるようになりたい。


「よし、今日は終わったら……グレイさんに頼んでみよう」


ギルドの訓練教官の一人、グレイ。講習のときからクロスの素質に注目していた人物だ。氷魔法の訓練についても、何度か軽く助言をくれている。


 


日暮れ近く。

井戸の水が綺麗になり、作業を終えたクロスは泥だらけの手を川で洗い、ギルド支部へと戻った。


「おう、いい顔してるな、クロス。仕事は終わったか?」


「はい、ゴルさん。ところで……教官のグレイさん、今いらっしゃいますか?」


「裏の訓練場にいると思うが……お前、また魔法の練習か?」


「はい。昨夜、ちょっとだけ、成果があったんです。水が一瞬、霜みたいに凍って……」


ゴルは驚いたように目を見開いた。


「おお、それは……やったな! なら、教官に見てもらうといい。お前が“当たり”だったって証明できるかもしれんぞ」


クロスは頭を下げ、裏手にある簡素な訓練場へと向かった。


 


訓練場では、グレイが若手の冒険者たちと模擬戦闘を行っていた。彼はクロスに気づくと、訓練の終了を告げ手を上げて近づいてきた。


「よう、クロス。どうした? また魔法の相談か?」


「はい。昨夜、ようやく……水が一瞬だけ、凍ったんです。薄く霜が張ったくらいですけど……見てもらえますか?」


「ほう、それは面白い。いいだろう、ちょっと試してみな」


クロスは訓練場の隅に置いてあった木のコップに水を注ぎ、両手をかざした。


(冷たい空気が、水の上を包み……凍る……)


昨日と同じように、慎重に、魔力の流れをイメージする。


静かに、しかし確実に、自分の“内側”から力が湧き上がるのを感じる。


その瞬間――


「おお……」


グレイが小さく唸った。


水面に、はっきりとわかる霜の膜が張った。昨日よりも明確な“氷”だった。


クロス自身も、はっきりと冷気が広がるのを感じた。


「やりました……!」


「見事だ。ちゃんと“氷”になってる。……魔力の消費を感じただろ?」


「はい、少しだけですが……重さというか、抜ける感じが」


「それが魔力の放出感覚だ。初歩の氷魔法の完成だ。お前、間違いなく氷の素質があるな」


クロスは震える手でコップを見つめた。確かに、水は薄く凍っている。誰が見ても、それは“魔法”の成果だった。


「ありがとうございます……!」


「ただし、浮かれるなよ。氷魔法は制御が難しい。暴発すれば自分の指先から凍る。次は“持続”と“方向性”だ。……その調子で鍛えろ」


「はい!」


 


喜びを胸に、クロスはその夜、宿に戻った。


木製の机にコップを置き、水を注ぎ、再び両手をかざす。


(もう一度……今度はもっと濃く、もっとはっきり)


凍れ――と願い、集中する。


水面に薄い霜が張る。やがて、それが少しずつ厚みを帯びていく。


「すごい……さっきよりも……!」


興奮が収まらず、彼はその後も何度も魔法を使い続けた。

注いでは凍らせ、また注いでは凍らせる。


そのうち、視界が少しずつ霞んでいく。


「……あれ……?」


手足が重くなる。魔力の枯渇。過度の使用によって、身体の内部にある“魔力の器”が空になったのだ。


「まず……い……」


立ち上がろうとしたその瞬間、クロスの身体はふらりと揺れ、床に倒れ込んだ。


机の上では、最後の一杯の水が、わずかに氷を張ったまま、彼の意識とともに静かに夜に沈んでいく――。

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