血と影の戦場⑦
夜の森を満たすのは、血の匂いと、魔物たちの低い唸り声だった。
残るダークオーガは三体。
巨体が生み出す威圧感と魔力の重圧は、空気を震わせるほどだ。
「分かれて各個撃破する! 時間を掛けるな!」
グレイスが鋭く命じ、六人は散開した。
「こいつは、俺たちで落とす!」
バルスが盾を高く掲げ、戦斧を構える。
棍棒が振り下ろされ、地面が轟音と共にえぐれる。
土煙が舞い、四人の視界を奪う中、バルスが大きく叫んだ。
「右脚を狙え! 動きを止める!」
フロレアが弓を放ち、矢が丸太のような脚の筋肉を貫く。
グラハムの火球が爆ぜ、焼ける臭いが辺りに広がった。
だが、巨体は怯むどころか怒声を上げ、棍棒を横薙ぎに振る。
盾で受けたバルスが踏ん張り、足元の土を深く抉った。
「ッぐぅ……! まだ来るぞ!」
セリナの声が響く。
「強化、もう一度掛け直すわ! 動き止めて!」
バルスが斧を振り上げ、関節を狙う。
その隙に、セリナが光を放ち、四人の体が軽くなる。
「今だ、叩き込め!」
グラハムが炎の槍を放ち、フロレアの矢が脚部を射抜く。
バルスが渾身の力で斧を振り下ろし、巨体の足を切り裂くと、ダークオーガがよろめいた。
しかし、反撃は早かった。
巨腕が唸りを上げて振るわれ、バルスが盾ごと弾き飛ばされた。
「バルス!」
セリナが駆け寄り、治癒魔法を展開する。
「無茶するなって言ったでしょう!」
「……だが、まだ動ける!」
その瞬間、フロレアの矢が片目を潰し、巨体が苦悶の叫びを上げた。
「今しかない!」
バルスが立ち上がり、グラハムの炎で動きを鈍らせる。
フロレアが矢を連射し、セリナが再び補助を重ねた。
一斉攻撃が巨体を貫き、漸くダークオーガが崩れ落ちた。
グレイスは双剣を構えながら、汗を拭うこともなく呼吸を整えていた。
「援護する!」
バルスたち四人が駆け寄り、布陣する。
「五人で押し切るわよ」
グレイスの短い言葉が合図となり、攻撃が始まった。
バルスの盾が棍棒を受け止め、フロレアの矢が死角を作る。
グラハムが火球を叩き込み、セリナの光が全員を強化する。
だが、疲労は隠せない。
一瞬の遅れ・・・その隙を巨体が見逃さない。
「っぐぅ……!」
バルスが棍棒で吹き飛ばされ、地面を転がった。
「バルス!」
セリナが駆け寄り、治癒魔法を施す。
「今度こそ骨までいってるかと思ったわ……!」
「大丈夫だ……まだ立てる!」
その間、フロレアの矢が片目を貫いた。
巨体が怒声を上げる。
「今だ!」
グレイスが死角から滑り込み、双剣を喉元へ突き立てた。
刃が深々と入り、巨体が絶叫と共に崩れ落ちた。
戦場の中央・・・クロスは視界領域を維持しながら、最後のダークオーガを引きつけ続けていた。
棍棒の軌跡、足の踏み込み、呼吸の間合い。
すべてがスローモーションのように見え、クロスは最小限の動きで攻撃を誘導していた。
(俺の剣じゃ倒せない……でも、こいつの動きを読んで、隙を作ることはできる。)
剣で足を斬りつけ、巨体の注意を引き付ける。
刃が貫通しないことはわかっている・・・それでも、隙を作るため。
そこに、五人が再び集結した。
「クロス、下がれ! ここからは俺たちが相手する!」
バルスが叫び、盾を構える。
グラハムが火炎を叩き込み、フロレアの矢が残る目を潰す。
セリナが光で全員を強化し、グレイスが双剣を閃かせる。
「今度こそ、終わらせる!」
バルスが戦斧で足を払うと、巨体が体勢を崩した。
そこへグラハムの炎、フロレアの矢、そしてグレイスの双剣が一斉に襲いかかる。
喉元を断たれたダークオーガは、絶叫を上げながら大地に沈んだ。
戦場が静寂を取り戻した瞬間、六人は同時に深い息を吐いた。
血の臭いが、ようやく風に流れ始める。
「……終わったか」
バルスが盾を地に突き、荒い息を吐く。
「いえ、まだです」
クロスが視線を上げ、闇の奥を見据える。
「村の救援に行かないと」
グレイスが双剣を下ろし、仲間たちを見回した。
「休む暇はないわよ。…立てるか?」
「立つさ……こんなところで終われるかよ」
バルスが盾を持ち直し、仲間たちは再び立ち上がった。
戦いは終わっていない。
だが、この瞬間、六人の瞳には一筋の光が宿っていた。




