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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
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血と影の戦場⑥

轟音を立てながら、大地を揺らす六体の巨躯。


黒い皮膚は岩のように硬質で、血のように赤い目が不気味に光る。


それは、ただ立っているだけで戦場全体を支配する威圧感を放っていた。


クロスは無意識に剣を握る手に力を込めた。


隣で双剣を構えたグレイスが、低く言い放つ。


「クロス。……あれは、あなたじゃ倒せない。その剣じゃ皮膚を裂けないわ」


「そんな。身体強化を全力で使えば……」


「…無駄よ」


グレイスの声音は鋭く、即答だった。


「ただ力を増しただけじゃ、あの皮膚は通らない。魔力を武器そのものに流し込んで、刃を強化しなきゃ。でも……」


彼女はクロスの腰の剣をちらりと見た。


「あなたの剣はミスリルじゃない。魔力を通せば、まず刃が折れる」


クロスは奥歯を噛みしめた。


つまり・・・この巨人種を倒せるのは、グレイスだけ。


「……なら、俺は?」


「囮になって。奴らの目を引き、動きを鈍らせて。……倒すのは私の役目よ」


グレイスの声は淡々としているが、その奥には緊張が滲んでいた。


クロスは一瞬だけ迷ったが、深く息を吐き、頷いた。


「分からました。……引きつけ役に徹します」


その瞬間、意識を深く沈めた。


全身を流れる魔力を制御し、感覚を一点に研ぎ澄ませる。


・・・世界が、変わる。


大地を蹴る巨体の動きが、波のように緩慢に見えた。


棍棒を振り上げる軌跡、砂粒一つの動きまでも、鮮明に認識できる。


心臓の鼓動が静まり、全てが計算可能な軌道を描く。


視界領域ビジョン・ドメイン


時間が遅くなったわけではない。


ただ、クロスの五感が極限まで研ぎ澄まされ、動作が最適化される。


外から見れば、敵が自らクロスの刃へ突っ込んでいるかのように見える、異様な立ち回りだ。


「…来るわよ!」


グレイスの声と同時に、六体のダークオーガが咆哮し、突進を始めた。



クロスは一歩前へ踏み出し、足元に迫る棍棒を視界領域で読み取り、最小限の動きで躱す。


「こっちだ、化け物ども!」


敵の注意を引くため、刃を振るいダークオーガの足を斬りつける。


だが、手応えは浅い。硬質な皮膚が刃を弾き、血の一滴も流れない。


「本当に通らないのか……」


舌打ちしつつも、足を止めない。注意を引き続けるのが、今の役割だ。


その隙に、グレイスが別の一体の巨体へ踏み込んだ。


双剣の刃先には、薄い蒼光が揺れている。


魔力を通し、ミスリルが唸るように輝く。


彼女の一閃が、オーガの腹部を斬り裂き、赤黒い血が飛び散った。


咆哮が空気を震わせる。


巨躯が棍棒を振り下ろすが、グレイスは寸前で横に滑り、双剣で追撃。


その刃が幾度も閃き、ついに首筋を断ち切った。


地響きを立てて、ダークオーガの一体が崩れ落ちる。


クロスが駆け寄ると、グレイスが短く息を吐き、こちらを一瞥した。


「クロス、まだ持つ?」


「魔力は……まだあります。大丈夫です。」


「なら、もう少し頑張って」


二体目は一体よりも俊敏で、振り下ろす棍棒の速さが目で追えないほど。


クロスが間合いを取りつつ、足を斬り注意を引く。


(……斬れなくてもいい。こいつらの軌道を読む。俺が潰されなきゃ、それでいい。)


視界領域が見せるスローモーションの世界で、棍棒の起動と足運びを分析する。


その隙に、グレイスが別のダークオーガに攻撃を仕掛け、二度三度と斬り込んでいくが、攻撃を避ける余裕はなく、ほとんど力押しの攻防だ。


棍棒が地面を叩き割り、衝撃で岩片が飛び散る。


「っく……!」


飛散した石片がグレイスの腕や頬を裂き、血がにじむ。


「グレイスさん!」


クロスが呼ぶと、彼女は小さく首を振った。


「下がらないで。時間をかけるほど、こっちが消耗する」


飛び退いて治療薬を喉に流し込み、彼女は再び双剣を構えた。


その間、クロスは《フロストショット》で氷の矢を撃ち、グレイスに襲い掛かろうとしたダークオーガの視線を奪う。


「今だ!」


その声と同時に、グレイスが踏み込み、首筋に双剣を深く突き立てた。


巨体が絶叫を上げ、地面を震わせながら崩れ落ちる。



「二体……残り四体。」


グレイスが血のついた双剣を振り払う。


「クロス、まだ魔力は?」


「……まだ、なんとか」


「なら、もう一体。……あと一息よ。」


グレイスは前方で唸る四体のうち、一体を指差す。


クロスは頷き、視界領域をさらに研ぎ澄ませる。


心拍が深く静まり、世界の動きがさらに緩慢になる。


「そこっ!」


一閃。グレイスの双剣が交差し、オーガの脇腹を切り裂く。


咆哮が空気を震わせ、巨体が大きく後退した。


しかし、残る三体が即座に挟み込もうと動き出す。


クロスはその進路を塞ぐように立ち塞がり、低く叫んだ。


「させるか……!」


一歩踏み込み、ダークオーガの棍棒が迫るのを視界領域で捉え、最小限の身のこなしで横を抜ける。


その動きは、周りから見れば「オーガが勝手に空を殴った」ように見えるほど、無駄がなかった。


「クロス、今は無理をしないで! 動きを止めるだけでいい!」


グレイスが叫び、さらに攻撃を畳みかける。


双剣の光が閃き、ダークオーガの片腕を斬り裂いた。


血飛沫が闇色の地面に散り、巨体が膝をつく。


クロスがもう一体の注意を引きつけている間に、グレイスは息を吸い込み、一気に距離を詰める。


「これで……終わり!」


双剣が交差し、X字の軌跡を描いてダークオーガの首を断ち切った。


巨体が地響きを立てて崩れ落ちる。


クロスが息を吐き、剣を構えたまま周囲を見渡す。


残る三体の巨躯が唸り声を上げ、二人を取り囲もうと動く。


クロスは荒い息を吐き、膝に手をついた。

視界領域を維持するだけで、全身の魔力が急速に削られていく感覚がある。


「クロス、大丈夫?」


グレイスが駆け寄り、肩に手を置く。


「……まだ、持つ。けど……そろそろ限界が見えてきた。」


グレイスは一度だけ彼を見つめ、頷いた。


「あと三体。……でも、ここからは私たちだけじゃない。あいつらが来る。」


砂煙を蹴り、戦場の奥から四つの影が駆けてくる。


バルスの怒声、グラハムの火球、フロレアの矢、そしてセリナの補助魔法の光。


「待たせたな!」


バルスが盾を構え、クロスの前に立った。


「ここからは、全員でだ!」


グレイスが双剣を握り直し、残る二体の巨影を見据える。


クロスも剣を構え直し、荒い息を吐いた。


「……終わらせるぞ。」


六人が陣を整え、残るダークオーガとの決着はもう直ぐ。

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