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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
123/168

血と影の戦場③

・・・世界が緩やかに回り始めている。


クロスは剣を握り、深く息を吸った。

呼吸が、自分だけ異なる時の流れにいるかのように整う。


耳に届く音はすべて低く引き延ばされ、ブラッドウルフの咆哮も、仲間の息遣いも、重たい波のように沈んで聞こえた。


(……やっぱり周囲の動きが遅い。でも、俺が速いんじゃない。世界が遅く、俺はただその事が“分かる”だけ……)


目の前には、十二体のブラッドウルフ。

赤く光る瞳が、緩慢な軌跡を描いて空を滑る。

どの獣がどの方向から飛びかかってくるのか・・・意識するまでもなく“わかる”。


「……行くぞ」


呟きと同時に、一歩、地を踏んだ。


最初の一匹が、飛びかかる瞬間。


クロスは肩を半歩ずらし、刃をわずかに傾ける。


ウルフの首筋が、勝手に剣の軌道へと滑り込み、鈍い感触と共に赤黒い血を撒き散らして倒れた。


残り十一。


続く二匹目は、回り込む軌跡が“見えた”。

クロスは半身を反転させ、剣を一閃。


ほとんど踏み込まずに、首筋をなぞるように刃が走り、ウルフの体が崩れ落ちる。


(……動きに無駄がない。いや、無駄を考える前に、身体が勝手に“答え”を知っている……)


残り十。


魔力を留めた両腕、両脚、そして体幹の五つの“充電箱”が、かすかに軋むような感覚を伝える。


力を抑えているはずなのに、全身が異常な集中で熱を帯びていく。


ウルフが四体同時に迫る。


赤い軌跡が網のようにクロスの視界に広がった。


刃を斜めに構え、腰を沈めて一気に回転・・・刃が二体の胴を裂き、返す一閃で三体目の前脚を断つ。


残る一体の顎は、体をわずかに捻ってかわし、その隙に心臓を貫いた。


(残り……六体。)


汗が背筋を伝う。


呼吸は乱れていないのに、内臓が重く軋むような不快感だけが増していく。


この“領域”が、普通の人間の感覚や限界を超えているのだと、身体が告げていた。


六体が慎重に距離を取り始める。


群れとしての知性が、目の前の存在が危険だと理解したのだ。


赤い瞳が揃ってクロスを睨む。


「……怖気づいたか?」


吐き捨てると同時に、クロスは地を蹴った。


一匹が横合いから飛びかかる。


その軌道が始まる前から、クロスの剣がそこを走っていた。


ウルフが断末魔をあげて倒れる。


残り五体。


二匹が左右から同時に迫る。


クロスは一歩前へ。左腕で柄を支え、剣を滑らせるように振る。


左の獣の腹を裂き、そのまま半身を捻って右の獣の喉を掠める。


二体の悲鳴がほぼ同時に途切れ、血飛沫が飛んだ。


残り三体。


クロスは呼吸を整え、血で濡れた剣を軽く払った。


視界はまだ“遅い”。


だが、五つの充電箱のうち二つが、ひどく鈍く痺れるような感覚を放っている。


(……この状態、長くは保てない。早く終わらせるしかない。)


その赤い瞳を睨み返しながら、クロスは最後の決着へと身構えた。




その頃・・・別の場所では、グラハムとフロレアが緑褐色の巨体、鋭い鎌を持つデス・マンティスと死闘を繰り広げていた。


四体いた巨昆虫は、一体が既に地に伏し、もう一体も深い傷を負っている。


だが、2体の個体は健在で、二人の前で鎌を交差させて威嚇した。


「数が減っても、こいつら厄介ね……!」


フロレアは弓を構え、魔力で風を纏わせる。


「火で炙れば甲殻は脆いが……この距離じゃお前が巻き込まれる!」


グラハムが火球を手のひらに集めながら声を上げた。


「じゃあ、私が脚を止める。あなたはタイミングを合わせて!」


「了解だ!」


フロレアが矢を放つ。風を纏った矢がマンティスの脚を裂き、動きを止める。


同時にグラハムが火球を投げつけ、甲殻を焦がし、体勢を崩させた。


「一体、落とす!」


グラハムが《フレイムランス》を放つと、デス・マンティスの胴を焼き貫く。


体液を撒き散らしながら巨体が倒れた。


残る二体のうち、一体は既に傷だらけ。


しかし、最後の一体はまるで怒りを爆発させるように甲高い音を立て、鎌を交差させて突進してくる。


しかし、次の瞬間、傷ついたデス・マンティスの鎌が横から襲いかかる。


フロレアは咄嗟に身を低くし、矢を放ちながら転がるように距離を取った。


「ちょっと! この動き、連携してくるなんて聞いてないんだけど!」


「愚痴は後だ! ほら来るぞ!俺が囮になる! お前は脚を狙え!」


グラハムが火球を片手に前へ飛び出す。


鎌が閃く瞬間、矢が飛んだ。


マンティスの右脚が断たれ、バランスを崩す。


その隙を突き、グラハムの《ファイアバースト》が炸裂し、マンティスを爆風で弾き飛ばした。


残り一体。


二人は肩で息をしつつ、最後の巨体を睨みつけた。




背後では、グレイスがなおダークオーガと渡り合い、バルスがブラッドゴブリン五体と死闘を繰り広げている。


戦場は、まだ終わりを告げてはいなかった。


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