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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
122/167

血と影の戦場②

森のざわめきが戦場の喧騒にかき消される。


裂ける風音、甲高い咆哮、土を叩く衝撃・・・その全てが一つの旋律のように混ざり合い、六人の冒険者の耳を容赦なく叩いた。


それぞれが死闘を続けている。



ダークオーガの棍棒が振り下ろされ、地面が砕ける。


グレイスは双剣を逆手に持ち替え、その一撃を寸前で避けるが、頬をかすめた衝撃で血が滲んだ。


「……このまま長引くと、間違いなくこっちが不利になるわね!」


彼女は息を荒げ、背中に冷たい汗を感じながら呟く。


その背後で、フロレアがブラッドウルフの群れに矢を放ちつつ叫んだ。


「互角っていうか……こいつら、どんだけ体力あるのよ! 普通、こんだけ動いたら消耗するでしょ!」


矢が一体の頭を貫くが、すぐさま別のブラッドウルフが間を詰める。


フロレアは距離を取るために風の障壁を展開した。


その近くでは、グラハムがマンティスの鎌を避けつつ、短く愚痴を漏らす。


「こいつら、一体だけならどうってことないが……流石に四体相手じゃ魔力の消費が洒落にならん……!」


セリナがその背中を護るように叫んだ。


「補助魔法はまだ使える! 《フィジカルブースト》も、《プロテクション》も、いつでもいけるわ!」


彼女の声は必死ながらも冷静で、少しでも仲間に余裕を与えようとする。


戦闘の中心では、盾を構えたバルスがブラッドゴブリン五体の猛攻を受け止めていた。


その腕は震え、額からは汗が滴る。


「おい! なんでもいいから、どうするか決めろ! このままじゃ盾がもたねえぞ!」


その怒鳴り声が、戦場全体に響いた。



その輪の内側で、クロスは息を整えながら剣を握っていた。


四肢と胴に五つの“充電箱”を意識し、魔力を留めながら全身を強化する・・・グレイスに教わった方法だ。


だが、何かが足りない。


(……やっぱり、俺は足を引っ張ってる)


グレイスはオーガの攻撃をかろうじて躱しているが、腕が重そうだ。


バルスは今にも押し潰されそうで、フロレアも矢を射る手が明らかに遅くなっている。


グラハムは額に汗を浮かべ、詠唱の合間に息を吐いている。


(このままじゃ……ヴァルザと決着をつける前に、ここで全滅だ)


剣を握る手に力が入った。


視界が、仲間たちの動きが、敵の影が・・・脳裏に焼き付くように映る。


クロスの意識が極限まで研ぎ澄まされていった。



・・・その瞬間、グレイスが棍棒を避け損ねた。


「ぐっ……!」


轟音と共に彼女の身体が横に吹き飛ぶ。木の幹に叩きつけられ、血飛沫が舞った。


その光景を見た瞬間、クロスの中で何かが“切り替わる”。


音が、動きが、世界全体が、緩やかに減速したかのように感じられた。


ブラッドウルフの赤い眼が宙に浮かび、空気の震えが鈍い波となって広がる。


魔物たちの踏み込みの軌道、爪や牙の動きが・・・まるで手の中にある糸で操れるように“見えた”。


(……来た……)


クロスは悟った。


これは自分が“速く動いている”のではない。


周囲の動きが極端にスローに見え、なおかつ敵の軌道が直感的に分かるから、無駄を削いだ最小限の動作で“最適解”を取れるだけなのだ。


・・・外から見れば、魔物が勝手に剣の軌道に突っ込んでいるように見えるだろう。


クロスは静かに息を吸い、一歩、地を踏んだ。



剣が閃き、一匹目の喉を正確に裂く。


その反動を利用して身体を捻り、二匹目の背を斬り抜ける。


跳躍・・・そして三匹目の頭部を真横に断ち切った。


ブラッドウルフ三体が、地面に崩れ落ちた。


だがクロスは、自分が“速く動いた”とは感じなかった。


ただ、全ての動きを最小限で済ませた結果・・・それが周囲から見れば常識外れの速さに見えただけ。



「……な、なんだ今の……!? ブラッドウルフどもが勝手に突っ込んで死んだみたいに見えたぞ!」


デス・マンティスの鎌を躱しつつ、グラハムが呆然と呟いた。


「クロス⁈……何それ……!」


フロレアの声も震えていた。


ただ一人、グレイスだけが目を細め、静かに納得する。


(……訓練で見せたあの状態。周囲がスローモーションに見えるというあの“領域”……やっぱり、あの感覚が戦闘集中を引き金にして発動するのね)


彼女は木の幹を支えに立ち上がり、血を拭いながら命令を飛ばした。


「セリナ! 《フィジカルブースト》をクロス以外の全員に、もう一度掛けて!」


「了解!」


セリナの詠唱が響き、仲間たちの身体に再び光の帯が絡みつく。


グレイスは懐から治療薬を取り出し、一気に飲み干した。


鈍い痛みが和らぎ、視界がクリアになっていく。


「クロス!」


「……はい!」


「ダークウルフは全部、お前が片付けろ! その“領域”で一気に仕留めて!」


クロスは頷き、剣を構え直す。目には迷いがなかった。


「フロレア!」


「なに!」


「ダークウルフはクロスに任せて、グラハムと組んで、デス・マンティスを落とせ! 一体ずつ確実に減らすんだ!」


「了解!」


フロレアは弓を引き絞り、グラハムと視線を交わした。


「バルス!」


「……なんだよ!」


「もう少し持て! ブラッドウルフを片付け次第、援護に入る!」


「……早くしろよ、マジで!」


その怒鳴り声を背に、クロスはスローモーションに見える世界で地を蹴った。


残る十体のブラッドウルフが、獣の唸りを上げて彼に群がる。


反撃の狼煙が・・・上がった。


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