表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
121/168

血と影の戦場①

森の空気は、既に戦場のそれだった。


血と腐臭が入り混じった息苦しい匂いが漂い、暗い木立の奥から低い唸り声が響く。


クロスを含む六人は、背中合わせに陣を組んで立っていた。


周囲を取り囲むのは、赤黒い瘴気を纏う魔物たち・・・その数、三十体。


血のように赤黒い肌を持つブラッドゴブリンが五体。


小柄ながら、動きはしなやかで、刃を持った腕が月明かりを反射する。


体躯が二メートルを超え、黒曜石のような肌を持つ巨人種・・・漆黒のダークオーガが六体。


振るう棍棒の一撃は、地面を抉り、衝撃で木々を吹き飛ばすほどだ。


鋭い鎌のような腕を持つ緑褐色の巨大昆虫・・・デス・マンティスが四体。


翅を震わせて空を切るたびに、耳をつんざくような金属音が響く。


そして、漆黒の毛並みを纏い、赤い双眸を光らせる狼型魔獣・・・ブラッドウルフ十五体。


低い唸り声と共に、四方八方から囲みを狭めてきていた。


「…全員、生き残ることを最優先だ!」


双剣を構えたグレイスが、短く鋭く叫んだ。


彼女の視線の先には、六体のダークオーガ。


巨躯が一歩踏み込むたびに地面が震え、棍棒が唸りを上げて横薙ぎに迫る。


「ッ……鈍重で助かるけど、一撃でももらったら終わりね!」


グレイスは息を切らしながら、紙一重でその一撃を躱し、双剣で膝裏を狙う。


だが、刃は厚い筋肉を浅く裂くだけで、巨体を怯ませることすらできない。


棍棒が振り下ろされる。地面が爆ぜ、土煙が舞う。


グレイスはその一撃を紙一重でかわし、刃を黒い脚へ滑らせる。


「硬っ……!」


双剣が皮膚を浅く裂くだけで、オーガの巨体は怯みもしない。


次の棍棒が横薙ぎに迫り、グレイスは地を蹴って後退。額には汗が滲んでいた。


「一撃で仕留めるのは流石に無理ね……時間を稼ぐしかないか」


彼女は切り返すように双剣を振るい、ダークオーガの動きを封じることだけに専念した。



一方で、バルスは盾と戦斧を構え、五体のブラッドゴブリンの連携に押されていた。


大きな影たちは、盾を避ける角度で同時に襲いかかり、かすめた刃が肩を裂いて血が滲む。


「くそっ、ちょこまかと……!」


バルスは盾で一体を弾き飛ばし、戦斧を叩き込むが、刃は骨に届く前に止まる。


その隙を突いて、別のブラッドゴブリンが背後から迫る。


「後ろは私が見てる!」


フロレアの矢が唸りを上げ、ブラッドゴブリンに牽制をかけた。


フロレアの標的は本来、十五体のブラッドウルフだ。


ウルフたちは静かに散開し、連携して四方から飛びかかる。


「……一匹ずつ確実に減らす!」


風の魔力を纏わせた矢が放たれ、ウルフの一体が絶命する。


だが、間髪入れず別の個体が背後から迫り、牙が風の結界をかすめる。


「数が……減らない!」



その背後、グラハムは赤い魔法陣を展開し、四体のデス・マンティスと対峙していた。


鎌が風を切る音が耳を劈き、翅が生む気流が詠唱の集中を妨げる。


「燃え尽きろ――《フレイムランス》!」


炎の槍が一直線に放たれ、一体の翅を焼く。


だがマンティスは怯まず、焼け焦げた翅を広げて突進してきた。


「セリナ、支援を!」


「《フィジカルブースト》!」


セリナが詠唱し、仲間たちの身体能力を高める魔法が広がる。


さらに彼女は《プロテクション》の障壁を展開し、マンティスの鎌を逸らした。


「助かった。……こいつら、装甲が固いな」


「魔力を一点に集めて、貫くように!」


セリナが指示を飛ばし、グラハムは火力を集中させる構えを取った。


「しぶとい虫どもめ……!」



そして、クロスはその輪の中で深く息を吐いていた。


全身に魔力を巡らせ、両腕・両脚・胴の五つの“充電箱”に魔力を留めるイメージを繰り返す。


筋肉がきしむ感覚と体の重みを感じながらも、動きの切れ味を増していく。


だが・・・あのヴァルザとの死闘で得た“視界が緩やかになる感覚”は、今も訪れない。


「……今は、これで持たせるしかない」


剣を構え、飛びかかってきたブラッドウルフに踏み込み斬撃を浴びせる。


強化した脚が地を蹴り、動きが一瞬だけ鋭さを増した。


だが背後の別のウルフへの反応が遅れ、牙が肩をかすめた。


「クロス、右!」


フロレアの矢が飛び、ウルフの喉を貫く。


「助かった……!」


だが安堵する暇はない。


六人はそれぞれが別の相手に追われ、ただ“耐える”だけで精一杯だった。


グレイスはダークオーガの棍棒を紙一重で避け続け、反撃は浅い傷を与えるのみ。


バルスはゴブリンの刃で肩や脚を切られながらも、盾を軸に耐えている。


グラハムの炎はマンティスの外殻を貫けず、焦がしては逆襲を誘うだけ。


フロレアは矢でウルフを落とし続けるが、次々と包囲を狭められていく。


クロスもまた、魔力強化で一体ずつ斬り払うのがやっとで、異能の領域には至れない。


「このままじゃ……持たない!」


バルスが盾を構えたまま吠える。


「わかってる! でも一気に崩す手段がない!」


グレイスが返し、双剣でオーガの膝を斬るが、巨体は微動だにしない。


その瞬間、森を切り裂く鋭い音が響いた。


デス・マンティスの一体が、翅の音を残してフロレアの背後に迫る。


「フロレア!」


クロスが剣を構え、駆け寄って鎌を受け止める。


腕に衝撃が走り、膝が沈む。


「……ッ、重い!」


「下がれ!」


グラハムの《ファイアバースト》が炸裂し、マンティスが爆炎に吹き飛ばされた。


だがそれでも、戦況は変わらない。


空気は血と焦げた臭いで満ち、視界の端で赤い瞳がいくつも光る。


「まだ始まったばかりだ……全員、崩れるな!」


グレイスの声が森に響き、六人は再び武器を構え直した。


・・・戦いは、まだ前哨戦すら終わっていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ