視界領域の誓い
昼下がりのラグスティアのギルドは、いつになくざわめいていた。
普段、このラグスティアで見掛けない2組のパーティが、重い扉を押し開けて入ってきたからだ。
その勢いに、受付嬢セリアは思わずペンを取り落とした。
「……連絡もなしに押しかけるとは、どういうつもりだ?」
執務室から現れたギルドマスター・ヴォルグが、険しい表情で言った。
先頭に立つ大柄な男は、背丈が二メルを超えそうな巨躯に大剣を背負い、全身の鎧は砂と血の痕跡で鈍く光っている。
「アーヴィンだ。セイラン所属、4級パーティのリーダーだ」
男は短く名乗り、低い声を響かせる。
「噂の黒装束が動いていると聞いたんでな。緊急事態なんだろう? だから…報告や書類よりも、まずは動くのが先だと判断して連絡係より先行して来た。明日の昼頃には5級パーティが2組うちのギルマスからの書類を持ってくる手筈になってるから、詳しくはそいつらに聞いてくれ」
「……わかった」
ヴォルグは腕を組み、納得するように顎を引く。
「まずは、よく来てくれた。だが、出発はなるべく急ぎたいとはいえ、コルニ村までは距離がある。今から動けば野営を挟むとはいえ、到着が夜中になる。今日は体を休めた上で、明朝、ラグスティアの4級パーティと合流して出発してくれ」
「了解した」
アーヴィンは一歩退き、背後の仲間たちを示した。
「俺のパーティを紹介しておく。まず……」
一人ずつ、彼は簡潔に仲間を指し示していく。
「軽鎧の剣士が、オリヴァー。魔法使いで土と水を扱うのがナリア。治癒士のリサナ。そして、斥候のサーシャだ」
それぞれが軽く頭を下げるが、その視線はどこか周囲を値踏みしていた。
続いて、背後の別の一団が前へ出る。
リーダーらしき女性が、鮮やかな赤毛を揺らしながら口を開いた。
「私はヴィオラ。セイラン所属、5級パーティのリーダーを務めている」
彼女は鋭い視線を周囲に走らせ、仲間たちを示していく。
「剣士のノーラ。弓師のレオ。斥候のカレン。障壁魔法士のスレイン。――この5人で来た」
名乗られた仲間たちは、簡潔に会釈するだけで言葉は少ない。
彼女らの視線もまた、周囲を値踏みしているようだ。
そして、ラグスティアの冒険者達が紹介されたが、最後にクロスが紹介されると不審な顔をしてクロスに視線が集まった。
「……8級?」
ナリアが眉をひそめ、サーシャが首をかしげる。
ノーラは、わざとらしくため息をついた。
「子供をお使いに連れていくわけじゃないんだぞ、こっちは」
ヴィオラが腕を組み、視線を細める。
「ギルドの判断か? それとも、この子が自分で付いてきたのか?」
「わしの判断だ」
ヴォルグが一歩前に出る。
「そいつは黒装束と因縁がある。おまえさん達にお守りをさせる気はない。自分の身は自分で守ると、本人も言っている」
「ふん……」
ヴィオラは鼻で笑い、クロスを見下ろす。
「じゃあ、やってみせろ。足を引っ張ったら、その時は……」
「……その時は、自分で責任を取る」
クロスの低い声が場を切り裂く。
その真剣な目つきに、一瞬場の空気が張り詰めた。
ヴィオラはしばしクロスを見据え、やがて口角を吊り上げた。
「……いい目をしてるじゃないか。なら、楽しみにしておくさ」
ヴォルグが手を打ち、話を切った。
「紹介も済んだな。……今日のところは解散だ。明朝、全員でコルニ村へ向けて出発する。各自、準備を整えろ」
その日の午後、クロスは一人、ギルド裏の訓練場に立っていた。
周囲の喧騒も、夕刻の鐘の音も耳に入らない。ただ剣を振る音だけが響く。
(……身体強化と、あの“力”。どちらも、俺が生き残るための命綱だ)
クロスは静かに息を吐き、魔力を全身に巡らせる。
両腕、両脚、胴……五つの「充電ボックス」をイメージし、そこへ魔力を溜め込むように意識を集中させた。
「……っ、ふぅ……」
圧迫感と共に、体の奥底が熱を帯びる。
その感覚を確かめるように、クロスは何度も踏み込みと斬撃を繰り返した。
そして、もう一つの力・・・ヴァルザとの戦いで目覚めた、時間が緩やかに流れる感覚。
クロスは心の中で、その力に名を与えた。
《視界領域》
今はまだ完全に自分の意思で発動できていない力。だが、必要となるのは確実だ。
(セラたちみんなの元へ、必ず帰る。そのために……)
クロスは木剣を強く握りしめ、夜が訪れるまで黙々と体を動かし続けた。
翌日、いよいよコルニ村へ向けた出発の時が迫る。
黒装束との決戦は、目前に迫っていた。




