表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
115/168

その力の正体

翌朝。


朝露の残るラグスティアの町を抜けて、クロスはグレイスに連れられた。


「こんなとこ……あったんですね」


森に近い、小さな岩場と枯れた木々に囲まれた開けた土地。街道からも離れ、誰にも気づかれそうにない。鳥の声さえ遠く、まるで時間が止まったような空間だった。


「昔、斥候だった子が訓練に使ってた場所。町から離れてるから大声出しても平気。今日はここで身体強化の訓練をするわ」


「なるほど……それにしても静かだなぁ……」


クロスが辺りを見回すと、グレイスは彼の隣に立ち、少し間を置いて口を開いた。


「……その前に、ひとつ確認」


「はい?」


「昨日、あの“異質な力”を使って……身体に変調はなかった?」


クロスは首を傾げ、少し考え込む。


「うーん……強いて言えば、いつもより眠気が早く来たくらいで。疲れは感じましたけど、朝には回復してました」


グレイスの眉がわずかに動いた。


「本当にそれだけ?」


「はい。痛みもないですし、倦怠感も。むしろ、今日の方がスッキリしてるくらいで」


「……ふぅん……」


(やっぱり、おかしいわね)


グレイスは内心で静かに唇を噛んだ。

彼の、“異質な力”•••彼女の感覚では魔力とは違う“何か”・・・を用いた以上、何かしらの反動があるはずだった。

なのに、彼にはほとんど影響が出ていない。


(もしかして……彼の体は異質な力を使う事が当然と言う事?)


それは信じがたいことだったが、ここまでの経緯を思えばあり得なくもないと、グレイスの警戒心は強まっていく。


「まぁ、今は気にしても仕方ないわね。今日やるのは、“魔力コントロールによる身体強化”の訓練の続きよ」


「魔力を……“留める”でしたっけ?」


「そう。全身に魔力を巡らせるのはできてるんでしょ?」


クロスは頷いた。


「はい、それはもう。最近は安定してきました」


「なら次のステップ。巡らせた魔力を“留める”の。流しっぱなしじゃなくて、一部に“圧力”をかけて止めて、それを筋力や反射神経に変換する」


クロスは少し戸惑った顔を見せる。


「……うーん、どうにもイメージが掴めません。“留める”って言っても……どういう風に……」


「感覚の話だからね。説明が難しいんだけど……そうね、川の流れを思い浮かべて」


グレイスは指で空中に一本の線を描いた。


「魔力は川のように身体中を巡る。でも、その流れの途中に“せき”を作って水を溜めると、そこには圧力がかかるでしょ?」


「溜めて……圧力をかけて……それを体に?」


「そう。それが“身体強化”。体の一部、もしくは全体に魔力を滞留させることで、その瞬間だけ能力を引き上げる」


「なるほど……でも、溜めるって……逆に流れが止まりません?」


「だからコツが必要なのよ。全体は巡らせたまま、一部だけ留めるの。“力を逃がさない”意識が大事」


クロスは唸りながら目を閉じた。


すぅ……と息を吸い込み、魔力を全身へと行き渡らせる。


(流れを……止める? 留める? ……いや、“逃がさない”……?)


だが、どうしても感覚が掴めなかった。

溜めようとすると全体の流れが鈍り、止めようとすると今度は制御が乱れる。


「……だめだ……わかんない……」


「焦らない。今日は“感覚を掴む”のが目的。できなくて当然よ」


グレイスは木の根元に腰を下ろし、汗を拭っているクロスを見つめる。



本来、巡らせるより“留める”ほうが難易度は高い。


だが、彼にはそれ以上の何かがある。あの「異質な力」。


自分たちが知る“魔力”の範囲に収まらない、別の理屈の“何か”。


(彼の存在そのものが、最初から私たちと違うのかもしれない)


そう思った時、グレイスは背筋に薄ら寒いものを感じた。


それでも彼は目の前で、額に汗を浮かべながら懸命に魔力と向き合っている。


(でも……それでも、私はこの子を信じたい。もしもこの力が、“この世界のため”に存在するものだとしたら…)


「……今日のところはここまで。無理にやると魔力が暴走するわ」


「はい……すみません。まだまだ、難しいですね……」


クロスは悔しげに笑い、肩で息をした。


「謝ることじゃない。今の時点で充分すごいわよ。巡らせるだけでも普通は何ヶ月もかかるのに」


「……でも、昨日の“あれ”が使えればって、どうしても思っちゃいます。あの、周りがスローモーションに見えた感覚……」


クロスは拳を握る。


「……あれって、僕だけなんでしょうか」


「……たぶんね」


グレイスは静かに立ち上がった。

そして、クロスの肩に手を置く。


「“魔力”は、誰にでも扱える。でも、“異質な力”は……もしかしたら、本当にお前だけのものかもしれない」


「……それって、怖い力ってことですか?」


「怖いかどうかは……お前がこれからどう使うかによるんじゃない?昨日自分で言ってたじゃない。大切な人たちを護る為に畏れながら使うって」


クロスは静かに頷いた。

そして、空を見上げながらゆっくりと言葉をこぼす。


「……はい」


クロスは深く息を吐き、空を見上げた。

遠くで鳥の声が聞こえる。


(異質な力……か)


昨日グレイスが言った言葉が頭の中で繰り返される。

あの時、自分が感じた世界の“変化”。

音も光も、空気の流れも、全てが手に取るように分かった感覚。


(あれが、偶然じゃなかったとしたら……)


クロスは静かに拳を握った。


(……やはり、魔法の力を与えられただけじゃない。この世界で“生きる”ために…俺の体も、魂も、最初から作り変えられていたのかもしれない)


その事実に、ほんの少しだけ、背筋が冷たくなる感覚を覚えた。

だが同時に、心の奥から静かな想いが湧き上がってくる。


(でも……この体で、今を生きてる。俺はこの世界で、誰かを護れるかもしれないのなら……)


たとえそれが、自分で選べなかった運命だったとしても――


クロスは、自分の足でこの世界を歩いていくことを決めていた。


「……出発まで、あと二日。焦らず、でも全力で準備しましょう」


「はい。……よろしくお願いします、グレイスさん」


「いい返事」


そして二人は、夕暮れの空を背にラグスティアの町への道を歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ