揺らぐ絆、確固たる意志
柔らかな光が差し込む窓辺。
重く、乾いた瞼を持ち上げると、そこには見知らぬ天井があった。
(……どこだ、ここは)
意識が戻ったその瞬間、ベッドに身を沈めたクロスの体は、まるで岩のように重かった。けれど、苦しさはない。ただ、ひどく疲れているだけだと分かった。
「……っ、クロス……!」
かすかに声がしたと思った次の瞬間、勢いよく誰かに抱きつかれる。
「クロス……! よかった……本当によかった……!」
震える声で泣きじゃくるのはセラだった。顔をクロスの胸に押しつけ、小さな肩が何度も揺れていた。
クロスは、ようやく事態を少しずつ飲み込む。
「……セラ? ここは……」
「コ、コルニ村の宿屋です……あなたが……目を覚まして……本当に……!」
セラは顔を真っ赤に染めながら、涙でぐしゃぐしゃになった瞳でクロスを見上げる。
「俺、ここに……どうして?」
セラは、鼻をすすりながらも静かに話し始めた。
「……あなたと別れて、私たちは急いでコルニ村に戻りました。でも……時間が経っても、あなたが戻ってこなくて。……それで、3人で、もう一度……様子を見に戻ったんです」
セラの声が震える。
「道の途中で……倒れていたあなたを見つけました。血だらけで……でも、息はあった……それで……!」
そこまで言って、セラは言葉に詰まり、再びクロスの胸に顔を埋める。
「……ありがとう。助けてくれて」
「ううん……当然のことです。あなたは、私たちの……仲間ですから」
少しして、ドアがノックされ、ジークとテオが部屋に入ってきた。ジークの目は真っ赤で、テオはクロスと目を合わせられないようだった。
「……よかった……生きてて……!」
ジークが声を上げたかと思えば、次の瞬間には泣きながらクロスのベッドに突っ伏した。
「クロス……ごめん……! 俺……怖くて、何も……!」
「……俺も、すまない……」
テオの声はかすれていた。拳を握りしめ、ただ、ひたすらに下を向いていた。
クロスは二人の姿を見て、ゆっくり首を振った。
「謝るなよ。あれが……一番、みんなが助かる方法だった。俺が選んだんだ。だから、気にするな」
ジークとテオは顔を上げ、クロスのその言葉を受け止めるようにしばらく黙っていた。
空気が重くなりかけたとき、セラが静かに口を開いた。
「……黒装束は、どうなったのですか?」
クロスは一瞬、目を伏せ、それから言った。
「あと一歩だった。でも……逃げられた」
三人の目が驚きに見開かれる。
「……それ、本当か?」
「信じられねぇ……」
クロスは苦笑を浮かべ、話を切り上げるように言った。
「詳しいことは、ラグスティアに戻ってギルドに報告するときに話すよ」
セラは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに頷いた。グレイスとの約束を、クロスが守っていることを理解しているのだろう。
「あなたの傷……治癒魔法である程度は回復しています。副作用はある程度はあると思いますが……」
クロスは頷き、体を起こそうとする。
「じゃあ、もうラグスティアに戻ろう。奴らが“仕事中”って言ってた。時間は……あまり残されていないかもしれない」
セラは不安げに見つめていたが、すぐに納得したように目を閉じた。
「……分かりました。ですが、せめて食事は摂ってからにしましょう」
クロスは思わず笑みをこぼす。
「そう言われると……腹減ったかも」
昼過ぎ、クロスたちはコルニ村を発ち、野営地で一泊してラグスティアへと戻った。
ギルドに到着すると、まずは魔物の討伐報告を済ませ、セラが受付のセリアに声をかけた。
「すみません、大至急ギルマスターにお会いしたいのです」
セリアは戸惑った表情を浮かべたが、クロスが「黒装束の件です」と言った瞬間、その顔が変わる。
「……すぐ確認してまいります!」
慌てて奥に駆けていくセリア。その数分後、戻ってきた彼女に案内されてギルマスターの執務室に入ると、そこにはヴォルグの姿があった。
「……ミレーナもすぐに来る。そこに座れ」
椅子に腰を下ろして間もなく、ドアが開き、ミレーナが現れる。
ヴォルグが改まった口調で切り出した。
「黒装束の件……話してくれ」
セラが前半の流れを説明し、その後をクロスが引き継ぐ。
「討伐後、現れた男は自分を“ヴァルザ”と名乗りました。そして……“アグナス”という男が彼を連れていきました。それで俺は助かったんです。その時に、アグナスは『仕事中だ』と、そう言ってヴァルザを連れて行きました」
報告を聞いたヴォルグは、椅子を蹴るように立ち上がった。
「向こうから……出てきた、だと……!しかも、仕事中ということはあの付近で何かを起こすということか‼︎」
ミレーナも目を見開き、急ぎ準備をとヴォルグに言う。
「4級を今すぐ戻して、5級と6級の斥候職には即時依頼を出す。セイランにも情報を流して応援を頼め。それと、ヴァルザとアグニスの名前は秘密裏に調査させろ!」
「分かりました」
ヴォルグはクロスたちを見て、力強く言った。
「よくやった。褒賞金を出す。下で待っていてくれ」
執務室を後にしたクロスたちは、ギルドのロビーで腰を下ろした。
「……これから、どうなるんだろうな」
ふと、クロスが呟くと、テオがぽつりと答える。
「……クロス、お前は別じゃないのか」
ジークが唇を噛みながら、拳を震わせていた。
「お前だけは、俺たちと違って……黒装束と戦って、傷だらけになって、それでも……。俺たちは……本当は、足手纏いなんじゃないのか……!」
「そんなこと…」
「言わなくても、思ってるだろ!? お前は……俺たちと違う。黒装束と真正面から戦って勝ったんだ。なのに、同じ8級ってだけで並べてる俺たちは、滑稽だよ!」
ジークの言葉には怒りというより、自嘲の色が強かった。
テオも小さく呟く。
「……お前は……もう、俺たちとは違う場所にいる」
クロスは唇を噛んだ。
(違わない……そんなつもりは、なかった)
けれど、彼らの目に映る自分がどう見えているのか、考えたことがなかった。
ジークの叫びは、悔しさと悲しみに満ちていた。
言い終わると、そのままギルドを飛び出していった。
テオも、目を合わせないまま追いかけていく。
その場に残ったのは、クロスとセラだけだった。
「……あの二人、自分を責めてるんです。そして、あなたの背中が遠くなったって感じてる。だからあんなふうにしか……言えないんです」
「俺は……そんなつもりじゃないのに……」
「分かっています。でも、問題は“あなたがどう思っているか”ではなく、“彼らがどう感じてしまったか”です。気にしないでください。あの二人は、きっと分かってくれます」
セラは優しく笑いかけた。
「今日は、私が報奨金を受け取っておきますので。あなたは宿に戻って休んでください。明日、またここに集合しましょう。それまでに……2人とも落ち着いていると思います」
「……ああ、ありがとう。助かるよ」
クロスは立ち上がり、ゆっくりとギルドを後にした。
夕日が差し込む道を歩きながら、心の中で呟いた。
(俺はまだ、何も掴めていない)
(だからこそ……進むしかない)
誰にも、仲間にも、敵にも、そして・・・
自分自身にも、恥じないように。
明日、また歩き出すために。




