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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
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静謐なる領域

地面を踏むたびに、足が悲鳴を上げる。

剣を握る手は感覚が鈍くなり、腕を動かすたびに皮膚の下を走る痛みが、脳を直接刺してくる。


(もう……立っているだけで、やっと……)


クロスは自覚していた。

身体は限界を迎えていた。


息が浅い。視界が滲む。

それでも魔力コントロールを止めることと、剣を離すことだけはできなかった。


しかし・・・


その身体の苦しさとは裏腹に、意識は妙に澄んでいた。


風の流れ、地面の歪み、ヴァルザの重心の揺れ、剣の刃が振り抜かれる角度・・・

すべてが、まるで水面に映るように、ありありと脳裏に映る。


(……何だ、これ)


クロスは困惑した。


目の前にいるはずのヴァルザの動きが、緩やかすぎるのだ。


「――ッ!」


ヴァルザが鋭く踏み込み、剣を振るう。

確かにそれは、人間技とは思えぬ速度・・・だったはずだった。


しかし、今のクロスには・・・まるで稽古の型のようにしか感じられなかった。


クロスは静かに半歩踏み込み・・・

ヴァルザの剣を、寸前に剣で受け流す。


「な……ッ」


ヴァルザが、目を見開く。


(今の俺に……あの動きが見えた? いや、見えただけじゃない……受け流した……?)


クロス自身も混乱していた。

だが、次の瞬間にはもう思考を切り替え、反射で前に出ていた。


シュンッ、と空気を切る音。

クロスの剣が、今度はヴァルザの肩口を深く裂いた。


「ぐッ……!」


ヴァルザが大きく後退する。


(今のは……こいつから先に斬った……!?)


そして、ヴァルザはようやく気づく。


・・・目の前の少年が、今までと“まるで別物”だということに。


「……お前、何をした?」


クロスは答えない。

答えられない。自分でも分からないのだから。


だが、今のこの状態。

頭が冴え、世界がスローモーションのように見えるこの感覚・・・


(グレイスさんが言ってた……魔力を全身に流すことで、筋力、反応、耐久……全てが高まる、と)


魔力が・・・

今、自然と全身を巡っていた。


クロスは深く呼吸をし、静かに剣を構え直す。


「……来いよ、ヴァルザ」


その言葉に、ヴァルザが笑った。


「クク……ははっ、はははっ……! まさか、たった数分前まで虫の息だった奴に、そんな口を叩かれる日が来るとはなぁ!」


剣を構えるその動きも、わずかに鋭さを失っている。


動揺を押し殺すように笑ってはいるが、ヴァルザの呼吸も確実に荒くなっていた。


「だが……!」


次の瞬間、再び激突。


刃と刃がぶつかり、火花が散る。

打ち合い。切り返し。足の運び。剣筋の読み合い・・・


さっきまでのクロスには到底届かなかった攻防が、今は拮抗していた。


「なっ……!」


ヴァルザの剣を、クロスが下から受け流し、逆に腹を狙う。

ヴァルザが慌てて跳ね退き、辛うじて避ける・・・だが、黒装束が裂け、血が一筋舞った。


「おいおい、どうなってやがる……!」


ヴァルザの顔から、ついに余裕の笑みが消える。


「さっきまでの貴様と、今の貴様……! 一体、何を……!」


クロスはただ、目を細めてヴァルザを見据えた。


「俺にも……よく分からない。でも、分かることが一つある」


「……あ?」


「今のお前なら・・・倒せるかもしれない」


ヴァルザが睨みつける。


「……なめるなよ、小僧ォォッ!!」


怒声と共に斬りかかるヴァルザ。

だがその動きすらも、クロスの目には緩やかに見えていた。


受ける。受け流す。切り返す。跳ねる。再び打ち合い・・・


空間を切り裂くような剣戟の応酬が続く。


クロスの体力はもうほとんど残っていない。

それでも、今の彼の動きには、一分の隙もなかった。


(終わらせる……)


目を細めたその先には・・・

初めて、焦りの色を滲ませたヴァルザの表情があった。


(あと一撃…届けば……!)


・・・ズン。


地を踏みしめる重い足音が、戦場の空気を切り裂いた。


クロスもヴァルザも、その方向に反応する。


「……なんだ?」


茂みの奥から現れたのは、一人の男だった。


黒いローブに包まれた長身。

だが、その目は鋭く、威圧感に満ちていた。


「…ヴァルザ。遊んでる暇はないぞ」


その男の声は低く、しかし冷徹で逆らい難い圧があった。


「アグナスの兄貴……!」


ヴァルザがその名を呼んだ。


「まだだ。あと少しで、こいつを殺れる…」


「却下だ…」


アグナスは一歩前に出る。その気配だけで、空気が重くなる。


「今は“仕事中”だ。有象無象に構ってる暇があるなら、さっさと仕事に戻れ」


「……しかし」


「ヴァルザ、命令だ」


アグナスの声には一分の揺らぎもない。


「……運が良かったな、小僧。次はねぇぞ」


そのまま、ヴァルザはアグナスの後を追うようにして森の奥へと姿を消した。


クロスはその場に膝をつき、剣を地に突いた。


(……勝った、わけじゃない。でも…)


彼の胸の奥に、確かに何かが芽生えていた。


(あいつに、対抗できる力を……)


息が上がり、全身が痛む。

だが、その表情に、悔しさはあっても、絶望はなかった。


(今の俺なら……あいつに、届く)


あの男に勝てる未来が、はじめて“現実”として見えた。


・・・それだけで、今は充分だった。

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