死闘
夕焼けの光が、森の木々の隙間から斜めに差し込む。赤い光が土を照らし、そこに立つふたりの男の影を長く伸ばしていた。
「ほう……剣が変わったな、小僧」
ヴァルザがにやりと笑う。その顔に張り付いた仮面のような笑みは、どこまでも冷たい。
「……そうだな。今までとは違う。この剣なら……届く」
クロスは構えを低くし、剣先を静かにヴァルザに向けた。新たに鍛えられた細身の剣は、軽さと鋭さを併せ持ち、手に吸いつくように馴染む。
風が止み、世界が静寂に包まれる。
一拍。
次の瞬間、地面を蹴った二人の剣がぶつかり合った。
ガキッン!
金属が激しく打ち合い、火花が飛ぶ。スピードが違った。以前とは比べ物にならない速さ・・・クロスの剣が、ヴァルザの剣と互角に打ち合っていた。
(ついていける……今の俺ならっ!)
斬撃、踏み込み、打ち払い、逆袈裟。応酬が続く。
しかし、ヴァルザは戦いの中でも余裕を失わない。
「ほう、なかなか良い剣だな」
「……ああ」
「……フッ、惜しいな。それだけの剣を手に入れても、お前では使いこなせない。お前達のせいで、俺たちの計画は一時的に狂った。だが……こうして会えたんだ。礼として、今度こそお前を殺してやるよ」
剣戟が一瞬止まり、間合いが空く。
ヴァルザはいつものようにふわりと後方へ跳躍して距離を取った。
(……やはり)
クロスの目が光る。
さっきから何度も同じだ。仕切り直すたびに、ヴァルザは決まって後方へ下がる。その動作は無意識なのか、ほとんど同じ距離・・・癖だ。
(……仕切り直しの時、毎回後方に下がる!)
読み切った。
何度かの斬撃の応酬の後、クロスはふいに間合いを外し、一歩下がった。
同時に、ヴァルザが後方へ跳んだ――!
「凍てつく氷よ、我が敵を穿て――《アイススパイク》!」
氷の槍が地面から突き上がる。
ヴァルザの足に突き刺さり、氷の破片が飛び散った。
「ぐっ……!」
ヴァルザの顔が初めて苦悶に歪む。
足を捉えた! 今しかない・・・!
クロスは剣を構え、飛びかかった。
「はああっ!」
だが・・・。
「チッ……」
ヴァルザが剣で一閃、足元の氷を砕き、身をひねった。
次の瞬間、腰から取り出した小瓶を砕き、回復薬の光が傷を包む。
「まったく……また同じ手で来るとは、芸がないな」
「……!」
「だが……惜しかったよ。もう一瞬遅れてたら、ヤバかったな」
ヴァルザの動きが、再び加速する。
先ほどまでの斬撃とは比べ物にならない重み。クロスの攻撃を受け流し、逆にカウンターで打ち返す。
クロスの体が弾かれ、地面を滑る。
ヴァルザは、笑った。底冷えするような笑みで。
「だが……気に入った。ここまでやるとは思っていなかったぞ。……だからこそ、そろそろ終わりにしてやる」
次の瞬間。
ヴァルザの剣が唸りを上げた。
(……速いっ! それに……重い!)
一撃一撃がまるで重錘のようだった。
クロスの剣が弾かれ、腕が痺れる。
それでも、必死に耐えた。
だが・・・
「っ!」
左腕に、熱い痛みが走った。
斬られていた。
「……終わりだな」
ヴァルザが言う。
クロスは、息を切らしながら、それでも剣を離さなかった。
体が傾きそうになる。視界が滲む。
(ダメだ……ここで倒れたら、皆が……)
それでも・・・彼の目は、燃えていた。
(俺には……まだ、やれることがある。考えるんだ)
ヴァルザは、またもその目を見て笑った。
「面白い目をするようになった。まるで……諦めていない。まだ何か、隠しているのか?」
クロスは答えない。ただ静かに剣を構えた。
(……違う。あの時と、同じにはしない!)
クロスの脳裏に、グレイスの言葉が蘇る。
・・・“魔力を巡らせろ”
・・・“内から支え、強くする。その一瞬が命を守る”
クロスは剣を構え直す。
「何だ? もう立てないかと思ったが……」
「俺は……まだ負けてない」
魔力を全身に巡らせる。わずかに指先から魔力が脈打つ感覚がある。
震える脚に、力が宿る。
そう、まだ終わってはいない。
彼の体の中には、確かに流れているものがある。
魔力。
グレイスの教え。
そのすべてが、いま一つの刃となって・・・
(・・・絶対に、負けない)




