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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
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流れを掴む

「明日は依頼があるんです。なので、少し遅れるかもしれません」


訓練を終えたクロスは、グレイスにそう伝えた。夜風が頬を撫で、涼やかな空気が通り抜けていく。


「わかったわ。訓練は身体が万全であってこそ意味がある。無理に駆け込んでくる必要はない」


グレイスは相変わらず冷静な声で答えるが、口調の端に、僅かな信頼の色が滲んでいた。


「でも、できるだけ早く来ます」


クロスはそう返し、静かに頭を下げた。




翌朝、ギルドの掲示板前には既にセラ、ジーク、テオが揃っていた。


「おはようございます、クロスさん」


セラが、いつもの柔らかな微笑みで挨拶する。


「今日の依頼、なるべく近場のものがいいんだけど……」


クロスがセラにそっと声をかける。


「承知しました。近くで対応できるものがあれば、お探しいたしますね」


セラは丁寧な口調で掲示板に視線を移す。ジークとテオは後ろで雑談をしていた。


「……ありました。ラグスティアとコルニ村の間にある野営地付近。最近、行商人がスモールバグベアの出没を報告したそうです」


「いいな、それ。ちゃっちゃと終わらせようぜ」


ジークが軽く肩を回し、テオが自信に満ちた顔で声を上げる。


「早めに動こう。出発はすぐにしようか」




野営地に到着してすぐ、スモールバグベアの影が現れた。茂みの奥から、背丈よりも大きな姿がこちらを睨む。


「来るぞ!」


ジークの声と同時に、火球が飛ぶ。


「熱よ、弾けろ――《ファイアショット》!」


クロスもすかさず続く。


「凍てつく氷よ、我が敵を穿て――《アイススパイク》!」


だが相手は怯むことなく、一直線に突進してきた。


「任せろッ!」


テオが前に出る。


セラは後方から補助魔法を発動。


「我が前に、揺るがぬ壁を――《シールド》!」


障壁が展開され、テオを護る。


バグベアの大きな手が振り下ろされる直前、テオは身体をわずかに斜めにずらしながら盾を前に出す。


――ガンッ!


バクベアの手がシールドで勢いが殺されて盾に当たるも、盾の軌道によってバグベアの体が前に崩れる。まさに“軸をずらす”ことで受け流したのだった。


「今だ!」


クロスが突っ込み、剣で切りつける。続けてジークの魔法、セラの《シールド》も支援に入り、短時間のうちにスモールバグベアは地に伏した。


「……討伐完了です」


セラが落ち着いた声で告げた。




夕方、ギルドで報酬を受け取り仲間たちと別れたクロスは、訓練所の裏手に足を運んだ。そこには、既にグレイスが待っていた。


「今日は少し遅かったわね」


「すみません、依頼が思ったよりも手間取って……」


「問題ないわ。身体はしっかり動かせたようね」


グレイスはクロスの顔を一瞥し、静かに頷く。


「さて、今日は補助なしで魔力を流す練習よ。昨日の成功はあくまで導きがあったから。自力でできるかが本番」


クロスは大きく息を吐き、地面に座る。


(魔力を……流す)


昨日のイメージを思い出しながら試すが、どうしても途中で引っかかる。


「……駄目です。途中で止まってしまう」


グレイスはクロスの後ろに立ち、首を軽く傾けた。


「焦らないこと。魔力は力じゃなくて流れ。押し通すんじゃなく、巡らせるの」


「……押し通すではなく、巡らせる……」


「それと、“どう流すか”ばかり考えるな。“どこに流すか”を意識して」


「……“どこに”……?」


「そう。身体の内側、通したい場所をはっきりイメージするの。道筋を作ってあげるのが、魔力コントロールの基本よ」


クロスはその言葉を深く胸に刻んだ。


「明日、また試させてください」


「もちろんよ。明日も同じ時間に」




翌日、昼間は仲間と約束した通り、ギルドの訓練所で素振りに汗を流した。剣を振るたび、脳裏に黒装束の影がよぎる。


(……あの相手に勝つには、今の力だけでは足りない)


そして夕刻。グレイスとの訓練の時間だ。


「今日は少し違ったイメージで試します」


「ふふ、期待してるわ」


クロスは目を閉じた。

昨日までは魔力を流すに事に意識が向きすぎていた。今日はそれを反省して、人が無意識に行っている血が全身を巡るようにイメージする。そして、呼吸を整え、腹から肩へと流れる感覚を――


(……来た)


「……っ!」


クロスの身体の中を、魔力が確かに巡った。補助なしで。


「通った……はっきりと……!」


その瞬間、グレイスの目が大きく見開かれた。


「……嘘でしょ。こんな短期間で……普通は、早くても一ヶ月以上かかるのよ」


「え?」


「……あなた、どこまで伸びるつもりなのかしら」


呆れとも、称賛ともつかない微笑みを浮かべながら、グレイスは静かに呟いた。


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