新たなる一振り
朝日がラグスティアの町を照らす中、クロスは訓練所に立っていた。
昨日のうちにグレイスは町を離れ、魔力コントロールの訓練はしばらく中断となった。だがその分、剣術の鍛錬に集中できる。
今日の午前中も、カランと幾度か打ち合い、感覚を研ぎ澄ませる時間を過ごしていた。
「だいぶ良くなったな、クロス。剣の動きに、以前の硬さがなくなってきてる」
「……ありがとうございます、カランさん」
「ま、焦らずじっくりやれ」
力強く背を叩かれ、クロスは感謝の意を込めて一礼した。
午後。宿に戻ったクロスは、部屋の窓辺に座り、静かに目を閉じていた。
(……落ち着け。感情を整えろ)
瞑想は、グレイスに教えられた「魔力の静観」に近い方法だった。剣術に集中し過ぎると、頭の中が戦いで満たされてしまう。だからこそ、この時間が必要だった。
明日は新しい剣を受け取る日だ。
武器屋《炎鉄の槌》。鍛冶場の奥から、いつも通りの野太い声が響く。
「おお、来たかクロス!」
「こんにちは、バーグマンさん。……剣、できましたか?」
「当たり前だ。とはいえ、今回はランページベアの牙と爪を素材として混ぜたブレンド鋼だ。それでも“曲がらず、折れず、よく斬れる”いい品に仕上がってる」
鍛冶台の上に置かれた剣は、スリムな直剣だった。まるで流れる水を思わせるような洗練された造形。しかし、中心には芯の通った重みが確かに感じられた。
「……すごい。細いのに、力が通ってる感じがします」
「へっ、そりゃそうよ。火で叩いて、削って、整えて、魂込めてんだからな。さ、握ってみろ。柄の部分、まだ調整してねぇからよ」
クロスが柄を握ると、バーグマンが目を細めた。
手にしっくり馴染む重さ。重すぎず、軽すぎず、自分の手の一部になったような感覚。
「少しだけ握りにくそうだな……少し待ってな」
手早く革の締め直しと装飾を調整して、再度握らせる。
「……あ、こっちの方が断然しっくりきます」
「よし。じゃあ、これで完成だ。代金は……わかってるな?」
クロスは黙って財布から10ゴルを取り出し、カウンターに置いた。
「ったく、若ぇのに……よくここまで払ったな。ま、アシュレイの顔がなきゃこの値段にはしてねぇぞ。大事にしろよ、“お前だけの剣”だ」
「はい!」
クロスは深く頭を下げ、腰に新しい剣を帯びて店を後にした。
ギルド前に集合していたセラ、ジーク、テオと合流すると、すぐに彼らの視線がクロスの腰に集まる。
「それが……新しい剣、ですか?」
セラが、いつもの丁寧な口調で尋ねてくる。
「うん。さっき、受け取ってきたところ」
「細身だけど……すごく斬れそうだな」
ジークが真っ先に感想を口にした。
「俺も昨日、盾を受け取った。軽くて、丈夫。これなら、しっかりみんなを守れるはず」
「……では、新装備の試しも兼ねて、今日の依頼をこなしてしまいましょう」
セラの声に、三人がうなずいた。
今回の依頼は、街道沿いに現れた中型魔物。三本の角を持つ猪のような外見で、突進力に優れ、魔物の中でも特に初動が速いことで知られていた。
指定された場所に到着すると、茂みの向こうで地面を削るような低いうなり声が聞こえてきた。
「来るぞ!」
ジークが前に出て、《ファイアショット》を放つ。赤い火球が魔物の肩に直撃し、吠えながら突進してくる。
「任せろ!」
テオが前に立ち、魔物の軸を崩すような盾使いをする。
「我が前に、揺るがぬ壁を――《シールド》!」
セラが詠唱を唱え、透明な魔力の障壁が魔物の勢いを削ぐぎテオの盾が魔物のバランスを崩す。
クロスはその隙を逃さず、剣を抜いた。
(……いける)
魔物がバランスを崩して振り返り際に角を振りかざした瞬間、クロスは身体を低く沈めて右側へ回り込み、脚部を狙って斬撃を浴びせた。
「――っ!」
トライホーン・ビストの足が崩れる。セラとジークがさらに攻撃を重ね、再び突進しようとした瞬間、クロスが正面から跳び込んだ。
「これで……終わりだ!」
剣が魔物の首元に深々と突き立てられ、怒号と共にトライホーン・ビストは地面に崩れ落ちた。
「ふぅ……」
クロスは息を整えながら、握っていた剣を見つめた。
(この剣なら……もっと強くなれる)
確信が、胸の内に強く灯った。
帰還後、ギルドで討伐報告を行う。
「トライホーン・ビスト討伐確認。報酬、8級依頼につき……200ルム。一人50ルムずつの支払いとなります」
受付嬢の言葉に、全員が納得してうなずいた。
「さて、明日も依頼……ですね」
「……ああ。やっぱり、強くなるって気持ちいいな!」
「クロスの剣もテオの盾も、すごく活躍してたよ。これからも頑張ろうね」
セラの微笑みと共に、4人はその日を終えた。
夕暮れのラグスティアの空が、今日という成果を静かに祝福していた……。




