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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
二章
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内に流れる力

夕闇が町の輪郭を柔らかく包む頃、ギルド裏の訓練所にひとつの剣戟音もなく、静けさが満ちていた。


そこに立つのは、クロスと、4級の双剣士――グレイス。


「さて……。まずは、“魔力を感じる”ところからね」


クロスは軽く息を飲み込んだ。


昨日の訓練の申し出以来、彼の心はどこか落ち着かず、けれど確かな決意が芯にあった。グレイスの言葉が、それに火をつけたのだ。


「じゃあ、まず確認しておきましょうか。あなた、魔法を使うとき、どんな意識で発動してる?」


「……えっと、“外に向かって”魔力を放つ感じです」


「そう。あなたの感覚は正しい。魔法っていうのは基本、魔力を“自分の外”に向けて撃ち出す技術。だからこそ、未熟な魔術師には“詠唱”が必要になるのよ」


「……はい。詠唱は、暴発や失敗を防ぐために必要って、教わりました」


「その通り。でも、慣れてくると詠唱の一部を省略したり、いずれは“無詠唱”で放てるようにもなるわ」


クロスは頷く。それはギルドでも時折耳にする知識だ。


けれど――


「ただし。それは“外に向けて放つ力”の話。今日あなたに教えるのは、魔力を“内に流す”技術よ」


「内に、ですか……?」


「ええ。魔力コントロールの基本は、“自分の体の中”で魔力の流れを掴み、それを意図的に動かすこと。“外に撃つ”んじゃなく、“自分の身体に行き渡らせる”。それができない限り、上には行けない」


そう言って、グレイスは足元の砂に指で円を描いた。


「これはあなたの身体。そしてこの中を、水が流れていると想像して。魔力っていうのは、基本的には“無色透明の水”なの。意識しなければ見えないし、存在に気づけない。でも、ちゃんと目を凝らせば、かすかに“熱”や“重み”として感じられる」


グレイスは腕を組みながら、続けた。


「問題はね。これまであなたが使ってきた“外に撃つ魔法”は、詠唱と意識によって、強制的にその“流れ”を作ってたってこと」


「……確かに。魔法を撃つときは、魔力が急に流れ出すような感覚でした」


「でも、魔力コントロールってのはその逆。“流れを細く保ったまま、一定に保つ”技術なの。しかも、無意識じゃ暴発する。だから、初心者にはとても危ないのよ」


グレイスは軽く手をかざし、指先にだけ、淡く風のような魔力の気配を浮かべてみせた。


「ほら。こうやって、外に放たず、皮膚の表面で止める。これが制御ってこと。“動かすけど、暴れさせない”のが理想。まるで猛獣の首輪を握るようなもんよ」


クロスは思わず息をのんだ。


(この感覚……俺の魔法の“発動”とはまるで違う……)


「じゃあ、やってみましょう。目を閉じて、深く息を吸って……吐く。そして、今度は、“熱”を探して」


クロスは言われた通り、深呼吸を始める。呼吸のたびに、体内をゆっくりと巡る意識を、自分の感覚の奥へと沈めていく。


(……どこかに、ある……、熱の感覚……)


左腕の内側――そこに、ふと冷気のような気配が走る。


「……見つけました。……たぶん、左肘のあたり」


「よし。じゃあ、そこに魔力を“集める”意識を持って。勢いよく出すんじゃない。“溜める”の。深呼吸を止めて、その間に少しずつ、“そこにとどまらせる”ように……」


(……とどまらせる……)


クロスは眉をひそめ、集中する。だが、少しでも力を入れようとすると、魔力が溢れるように拡散してしまう。うまく“その場に留める”ことができない。


「ダメだ……なんか、魔力が外に逃げる感じがします」


「それは、“魔法を撃とうとする意識”がまだ抜けてない証拠よ。あなたの中では、“魔力は使う=撃つ”って刷り込まれてる。そこを変えないと」


グレイスの声は厳しいが、冷たくはない。


「……だったら、“剣を振るための筋肉を鍛える”感覚でどう?」


「え?」


「魔法を撃つためじゃなくて、“使うための準備”として、魔力を集める。剣士が素振りをして筋を整えるように、魔力もまず“溜める”ことが必要なのよ」


(……準備。撃つためじゃない、“使うため”に魔力を流す……)


ようやくクロスの中に、意識の転換が芽生えた。


今まで、自分はただ“発射”のことだけを考えていた。でも本当に強い冒険者は、まず“武器を構える”ように魔力を“内に通している”のだ。


「……もう一度、やってみます」


目を閉じ、呼吸を整え、今度は“冷たさを溜める”感覚を意識する。


左肘の奥に、そっと、魔力を注ぎこむように。


(……流せ……でも暴れるな……ここに留まれ……)


ふと、指先が微かに痺れたような感覚に包まれる。


「……成功ね」


「……え?」


目を開けると、グレイスが小さく頷いていた。


「ほんのわずかだけど、魔力が“指先に留まった”。感覚、掴めたでしょ?」


クロスは驚きと同時に、喜びを噛み締めた。


「……はい。……でも、これを戦闘中に使うって……」


「無茶よ。でも、それができるのが“強い者”。だから訓練するの」


グレイスは最後に、静かに言った。


「今のあなたは、“外に撃つ魔法”の入口に立っただけ。これからは、“自分を強化する魔法”の道も歩くことになる。魔力は、武器にもなるけど、鎧にもなるのよ」


クロスは拳を握りしめた。


「……俺、やってみます。絶対に……できるようになります!」


「ふふ。いいわ。今夜はここまで。明日もこの時間、ここに来て。初めに言った通り、それまで自主訓練は厳禁。破ったら破門だから。それを守れるなら、もっと奥へ連れて行ってあげる」


そう言って、グレイスは踵を返し、夕闇の中へと歩み去っていった。


クロスはしばらくその背を見つめていたが、やがて小さく息を吐き、空を仰いだ。


(……内に流す魔力……俺の知らなかった世界が、まだまだある)


そして彼は、もう一度目を閉じる。


指先に宿った、あのかすかな冷たさを、今度は自分の意志で呼び起こすために――

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