三十秒ほど時間を止められますがパーティーを追放されました
「ロジム。悪いが俺たちのパーティーから出て行ってくれ」
ここは【オイダース王国】の城下町の端っこにある、使い慣れた安宿の一室。
パーティーのリーダーであり、筋骨逞しい赤髪の戦士【ボナム】が、俺が部屋に入るなり唐突に言いだす。
「……なぜだ?」
当然の質問を返す。
さっきまで一緒にギルドで請け負った仕事をこなしていたはずだ。その時は別に変わった様子はなかったのに。
「あなた……自分の【スキル】を使ってあたしと【プラエ】にスケベなことしてるでしょ」
そう言うのは、ボナムの左側の壁に寄りかかっている、水色のロングヘアーの魔法使い【レンシア】。
そして、二つ並んだベッドの左側にボナム、右側のベッドには金色の髪を左右三つ編みでまとめた【プラエ】が俯きながら腰かけている。
この三人と俺は幼馴染で、お互いにガキの頃からずっと一緒に遊んで来た仲だ。
「スケベなことって……。そんなことするわけないだろ」
「本当かしら」
「ああ。本当だ」
これは本当だ。窮地に立たされた際、スキルの使用時に体に触れてしまうこともあったが、その事に関しては許可を取ってあるはずだ。どうして今更こんな事を言うのだろう。
「どうも嘘っぽいわね。ねえ、プラエ?」
「……う、うん」
俯いたまま、プラエが小さく頷く。
「なんだよプラエまで。今までそんな事一度だって言……」
「とにかく! 俺たちはもうお前とは一緒にやっていけないんだよ! さっさと出て行ってくれ!」
ボナムに言葉を遮られ、強引に解雇を言い渡される。
どうやら何を言っても聞く耳を持つつもりはないらしい。
「……わかったよ。世話になったな」
踵を返し、ドアノブに手をかけ、未練がましく後ろを振り向くと三人ともなにやら思い悩んだような表情を浮かべている。
その様子に違和感を感じながらも、俺は部屋を出て、一階へと下りる階段の手前までわざとらしく大きな足音をたてながら移動した。
「ターイムストップ」
俺が小さくつぶやくと、この世の全てのものが運動を止め、耳鳴りが聞こえるほどの静寂が訪れる。
これが俺のスキル、【時空停止】だ。
最大で三十秒ほど時間を止めることができるが、連続して使うことはできず、止めた時間の分だけインターバルをはさまなければならない。
パーティーの中で、スキルを使えるのは俺だけで、レンシアやプラエが使う魔法とは別の力らしい。
三年前にスキルを得てから俺はこの能力を使い、ずっと四人で一緒にギルドの仕事をこなしてきた。
最初はFから始まったギルドのランクも順調に上がっていき、今ではBランクまで来ることができた。
なのに、今更追放だなんて、到底納得のできるものじゃない。
――というわけで、俺は時を止めたまま部屋に戻ると、ボナムの座っているベッドの下に潜り込んだ。
「ターイムムーヴ」
そうつぶやくと、能力が解除され、思い出したかのように世界が再び運動を始める。
「……行ったか?」
頭上から、くぐもったボナムの声が聞こえる。目の前には二本の足。
右足は忙しく貧乏ゆすりをしていた。
「多分ね。……ねえ、本当にこれでよかったの?」
「……わかんねえ。わかんねえけど、こうした方があいつの為だと思ったんだよ」
「……」
なにやら重苦しい空気が部屋中に充満している。あいつって……俺の事だよな?
「俺たちがBランクまで来れたのは、誰のおかげだ?」
「ロジムのおかげね」
レンシアが即答する。
「俺たちがBランクで足踏みしてる原因はなんだ?」
「わたしたちが……頼りないから」
消え入りそうな声でプラエが答える。
「……そうだ。俺たちはロジムに依存しすぎてたんだよ。あいつの能力は、はっきり言って異常だ。その気になればこの世界を支配できる程の能力をあいつは持っている。なのに、いつまでも俺たちに合わせて冒険者なんてやらせておくのは勿体ないだろ? それに俺たちだって、あいつの能力に頼り切りだとこれ以上の成長は見込めないしな」
「でも、それなら正直に伝えた方がよかったんじゃ……」
「駄目だ。それだとロジムはきっと俺たちのパーティーに留まることを選ぶだろう」
「そうね。あんなにすごい能力を持っているのに、ほとんどあたしたちの為にしか使ってないし」
「うん。それに、ス……スケベなことには、使ってないと思う」
「……あれはボナムが一芝居打ってくれって言うから、適当に言っただけよ」
「そ、そうだよね」
「ま、実際はどうかわからないけど」
おいおい。……しかし、こいつら俺の事をそんな風に思っていたのか。
うーん、確かにちょっと干渉しすぎてた部分もあるかもしれないけど……。
それにしたって、いきなり解雇はちょっとひどいんじゃないか。こうして本音を聞いてなかったら、きっとグレてたぞ。
「ま、当面はこの三人で仕事をこなしていこう。……今更村にも戻りづらいしな」
「レンシアは……これでいいの?」
プラエに問われ、レンシアが少し間を置いて答える。
「……仕方ないわ。リーダーの決めたことだし。それに、言ってる事もわかるしね」
「そう……」
「俺達だけでも大丈夫ってところをロジムに見せてやらないとな。よし! 景気づけになんか食べに行くか!」
拳で手のひらを叩き、ボナムが勢いよく立ち上がると、頭上のベッドが軋んだ。
「ロジムに会ったらどうすんのよ」
「無視だ。いいな? 絶対に本音を悟られるんじゃないぞ」
「……わかった」
「別にそこまでしなくてもいいと思うけど」
ゴトゴトと足音を立て、三人は部屋から出て行き、再び静寂が訪れる。
「……」
全くあいつらときたら、余計な気をまわしやがって。
俺はこのスキルで世界をどうこうなんてするつもりなんて微塵もないっての。
それに、時間を止められるなんて他人にバレたらまた……。いや、今はそんなことはいい。
いきなり一人にされて、明日からどうすればいいんだ俺は。
時間を止めて一人でできる事って……なんか悪い事ばかり想像してしまうぞ。暗殺とか、泥棒とか、スカートめくりとか。
……まあいいや。明日の事は明日考えるとしよう。
この日、俺はあえてこの宿に部屋を取り、一人寂しく薄っぺらいベッドに横たわり、眠れぬ夜を過ごすのであった。
♢ ♢ ♢ ♢
次の日。
俺はこっそりあいつらを尾行していた。
三人は朝市で賑わう大通りを人ごみをかき分けながら進み、通りに面した年季の入った建物、冒険者ギルドへと入って行く。
「ターイムストップ」
俺は時間を止めると駆け足で三人を追い越し、ギルド内へ潜入すると受付のカウンターを飛び越え、カウンター裏の扉の後ろに身をひそめる。
タイムストップを解除し、しばらくすると、ボナムとギルドマスターの【ベネボ】のおっさんの会話が聞こえてくる。
ベネボのおっさんは左目に眼帯を付け、何か悪い事をやっていそうな雰囲気を醸し出しているが面倒見のいい人で、駆け出しの頃から何かと目をかけてもらっている。信用に値する人だとは思うが、俺の能力は伝えていない。
「おう、ボナムか。待ってたぜ」
「待ってた?」
「いい依頼があるんだ。依頼主はナントカ・シテクーレ伯爵。王都の北にある森林地帯をまとめている領主だ」
「ふーん。依頼内容は?」
「領地内で暴れてる魔物をなんとかしてくれとよ。ギャラはこれもんだ」
「うおっ、マジかよ」
二人の様子を見ることはできないが、多分おっさんが指かなにかでギャラを伝えたのだろう。ボナムの声に驚きが混じる。
「暴れてる奴は翼竜。かなり性質の悪いやつらしいが、どうする?」
「ちょっと、竜って……」
竜という名前にすかさずレンシアが反応する。
俺たちは過去に一度だけ、請け負った仕事に失敗したことがある。
まだCランクだった頃に、本来Aランク以上の冒険者に推奨される依頼を、とんとん拍子にランクアップを続けていた俺たちは、つい調子に乗って受けてしまったのだ。
その時の相手が赤竜。でかい声で咆えまくり、炎吐きまくりのやばいやつで、時間を止めても命からがら逃げ出すので精いっぱいだった。
何しろ時間を止めたところで攻撃が一切通らないんだからな。
「うむむ……竜、かぁ」
「はは、トラウマが蘇るか?」
「そりゃ、酷い目にあったからね」
「ロジムがいなかったらどうなっていたかわかりません……」
そうそう。あいつらを逃がすためにあの手この手でドラゴンの気を逸らして大変だったんだよな。
インターバルがあるから、俺もけっこう命がけだったし。
「そういやロジムのやつはどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
「ロジムは……」
ボナムが口ごもる。追い出した、とは言いづらいのだろうか。
「……そうか。地味な印象の男だったが、いい奴だったな」
おい、殺すな。
「で、どうする? 別に嫌なら受けなくてもいいんだぜ」
「……いや、やるよ」
「ちょっと、ボナム」
「俺たちだけでもできるってところを見せてやらないとな。竜一匹にビクついてたら、あいつに笑われちまうぜ」
「……大丈夫かなぁ」
「嫌な予感しかしないけど」
俺もやめておいたほうがいいと思うぞ。
三人とも別に弱いというわけではないのだが、どうも肝心なところで詰めが甘かったりポカをやらかしたりで、目が離せないところがあるんだよな。
そんなやつらだからこそ、心配でこうしてこっそりついてきてしまってるわけなのだが。
「ま、翼竜は竜族の中でも弱めのやつだから、今のお前たちならなんとかなるだろ。ちょうど北の街に向かう商人たちに話をつけてあるから、一緒に乗っけて行ってもらうといい。代表者は北門の辺りにいる、【ノセール】って人だ。目印は鼻の下のちょび髭と太っちょな体系かな」
「ああ、わかった。ありがとう、おっさん」
「ベネボさん、だ。ついでに商人たちの護衛も頼むぜ」
「おいおい、ちゃっかりしてんな」
「はは。ま、ギャラに多少の色はつけとくからよ」
「……ったく。それじゃま、早速行くとするか」
「竜、か。短い人生だったわね」
「やめてよレンシア……」
余裕があるのかないのか、そんな会話を交わしながら三人はギルドを出て行った。
うーん、相手が竜とあらば、このまま見送るわけにはいかんよな。
よし、尾行は続行だ。何かあったら気づかれないようにフォローしよう。
というわけで、俺はあいつらと共に商人たちの荷馬車にもぐりこみ、門を出て北の地へと向かうのであった。
♢ ♢ ♢ ♢
王都を出て一時間程経っただろうか。
俺は連なる馬車の積み荷の影に身をひそめ、周囲の様子を伺っていた。
商人の列はひたすら木々に囲まれた一本道を進み続け、道中現れた魔物は三人が蹴散らしながら順調な旅が続いていた。
「おい、ありゃなんだ」
列の先頭で二頭の馬を操っていたノセールさんが何かに気づき、馬車を止める。
こっそり荷馬車の幌から顔を出して覗いてみると、澄み切った水色の空の遥か上空に、何かが翼を羽ばたかせながら滞空しているのが見える。
「魔物か?」
「……あれは、翼竜です」
ノセールさんの問いかけにプラエが答える。
プラエは村一番の魔物マニアで、この世界に生息する魔物の情報をほぼ把握している。
プラエの情報を元に、俺が隙を作り、レンシアとボナムがとどめを刺す。
これが俺たちの基本の戦い方だった。
……だった、か。
「いきなりお出ましか。どうやら俺たちを襲う気のようだな」
「あいつをやればいいのね。赤竜に比べたら全然小さいし、あれならなんとかなるんじゃない?」
「二人とも気を付けて。あの大きな趾に掴まれたら終わりだよ。上空まで運んで、地面に叩きつけて獲物を殺すんだって」
「いい趣味してるじゃねえか。ノセールさん、みんなに馬車の中に避難するよう伝えて下さい」
「あ、ああ、わかった。おーい!! 馬車に隠れろってよ!!」
ノセールさんの指示を聞いた商人たちが下馬すると、それぞれがあわただしく馬車へと駆け込んでいく。
おっとまずい、このままでは俺の存在がバレてしまう。
俺は時を止め、馬車に駆け込もうとする商人のおじさんの頭を飛び越えると、近くの木の陰に身を潜めた。
「ターイムムーヴ」
「そ、それじゃあ後は頼むぜ!」
ノセールさんが最後に馬車に飛び込むと、それを合図としたかのように翼竜が急降下して襲い掛かって来る。
翼竜は巨大な翼と尖ったくちばしと、鳥のような見た目をしているが、全身は緑色で身長は三メートル程度ありけっこうでかい。額から一本の黒いツノが生えており、腕は完全に翼と一体化している。足は巨大な四本の趾に鋭い爪がついており、獲物を掴む事に特化したような体の構造をしている。
「二人とも俺から離れるなよ!」
「あんたも油断しないでね。もうロジムはいないんだからフォローしてもらえないわよ」
「……わーってるよ」
三人に翼竜の鋭い爪が迫る。
ボナムが大剣を振るい、翼竜の足を狙うが剣が当たる寸前でピタリと空中で動きを止め、空振りした勢いでボナムがよろける。
その隙に後ろにいたレンシアめがけて翼竜が趾を広げて襲い掛かる。
「危ない!」
翼竜の趾がレンシアの肩を掴もうとした瞬間、プラエがレンシアを突き飛ばし、広がる趾の前にその身を晒す。
「あっ……」
「ターイムストップ」
時を止め、俺は木陰から飛び出すと翼竜の真下へと駆け寄り、開かれた趾を下からずいっと持ち上げる。
すると翼竜の体が上にずれて、プラエを掴む軌道から逸れる。
驚いたような、諦めたような表情を浮かべたままのプラエを残し、俺はさっと元の木陰に戻り、時間停止を解除した。
「あっ……あれ?」
掴まれる覚悟をしていたのに、翼竜が何もせずに頭上を通過して行ったことにプラエが驚いている。
「いたた……」
その横ではプラエに突き飛ばされたレンシアが尻もちをついている。
「あっ、ごめん! 大丈夫!?」
「大丈夫。ありがと、助かったわ」
「すまねえ、俺がやらかしちまったばかりに」
「あの動きは予測できないわよ。別に謝る必要はないわ」
俺は思わず叫びそうになった。
のん気に会話をしているレンシアの頭上に、翼竜の趾が迫っていたからだ。
(「「「あっ」」」)
三人の声と俺の心の声が揃う。
翼竜はがっしりとレンシアの両肩を掴むと、大空へと連れ去ってしまった。
まずい。まだインターバルが残っているため、時間を止めることができないぞ。
「レンシアー!!」
翼竜は力強く翼を羽ばたかせ、レンシアを掴んだままみるみる上空へと飛んでいく。
あれだけの高みに行かれてしまっては、時を止めても最早どうすることもできない。
俺が危惧していたのは、三人のああいう所だ。
戦闘中にも関わらず、相手を気遣ったりねぎらったりすることを優先して度々危機に陥ることがある。平時ならばそれは優しさで済むのだが、こと戦闘中においては甘さとなりその身を危険に晒す事になる。
「どうしよう!? どうしようボナム!!」
プラエが涙目になりながら取り乱している。
「……」
その横で、ボナムがカチャカチャと音を立てながら、着ていた鎧や具足を外している。
「ボナム?」
「……俺がレンシアを受け止める。あいつは獲物を落っことして仕留めるんだろ」
「う……うん。で、でも、そんなの無茶だよ。あんな高い所から落ちてくる人を受け止めるなんて……」
「だが、見殺しにはできないだろ」
「う……」
上空を見ると、すでに翼竜とレンシアの姿は豆粒のように小さくなっている。
数十メートル……いや、数百メートル以上は地上から離れているだろうか。
「くそっ、あの野郎。どこまで行く気だ。いいかプラエ、俺が受け止めたら、すぐにレンシアを回復してやってくれよ」
「それしか方法はないの?」
「……ない。ロジムがいれば上手くフォローしてくれただろうけどな」
「うう……ぐすっ」
悲壮感漂わせる二人を見ていると心が痛む。
つまらない事を気にせず、一緒に戦えばよかったなどと後悔するが、悔やんでる暇はない。
ここからはより慎重に行動をしないと、大切な友達を失うことになるだろう。
俺は全神経を集中させ、翼竜の一挙手一投足に刮目した。
「き、きた!」
はるか上空で、翼竜が勢いをつけてレンシアを地上に向けて放り投げた。
ものすごい速度で、レンシアの体が地上に待ち構えるボナムの元へ迫って来る。
まるで翼竜が『受け止められるものなら受け止めてみろ』と言っているようだ。
「うっ、うぉぉぉぉぉおおお!!!」
ボナムが気合を入れ、両腕を広げて落下してくるレンシアを受け止める体勢に入る。
「ターイム……ストップ」
……よし、うまくいったぞ。
ボナムの両腕の上、一メートル程の距離に、杖を持ったまま体をくの字に曲げ、目をきゅっと瞑ったレンシアが宙に浮いたまま静止している。
俺は二人に駆け寄り、レンシアのローブをつかみ引っ張ると、ボナムの腕の中にそっと移動させた。
どういう理屈なのかはわからないが、時が止まっている物質に俺が触れると、なぜかその物質は重力エネルギーがリセットされる。
つまり、レンシアの体は今俺が触れ、移動させたことにより、上空から落下した際の運動エネルギーがゼロになり、ボナムは難なく受け止めることができるというわけだ。
三十秒が経過する前に再び俺は木陰に戻り、時を再生する。
「んがぁぁぁっ!! ……ん?」
「キャアアァァ!! ……え?」
双方共に相当の衝撃を覚悟していただろうに、何の手ごたえもないので二人が面食らっている。
「えっ? ……だ、大丈夫? 二人とも」
「あ、ああ。なんともねえ」
「ねえ、これって……」
「クァァァァァアアアア!!!」
レンシアが何か言いかけたその時、上空から怒り狂った様子で翼竜が急降下してくる。
どうやら予想していた展開にならず、逆上しているようだ。
「あの野郎、絶対に許さねえ!」
レンシアを下すと、ボナムは大剣を構え臨戦態勢を取る。
「ねえ、足元に転がってるこれ、なに?」
「あ、鎧……」
「うげ」
「クェェエエエエエエ!!」
勢いそのままに、翼竜が薄着のボナムに襲い掛かる。
「くっ、こっの!!」
ボナムの剣と翼竜の趾の爪が激しくぶつかり合う。
打ち合いを続ける中で、ボナムのむき出しの肌が爪に引き裂かれ、あちこちから血が噴き出す。
「二人とも、フォローを頼む!」
「今回復する! クラティ!」
「あたしからはこいつをプレゼントしてやるわ! フラマ!」
レンシアが呪文を唱えると、掲げた杖の先から直径一メートル程の火の玉が翼竜めがけて飛んでいく。
翼竜は抜け目なくそれをかわす……ことなく、体のど真ん中にヒットした。
「グェッ!?」
魔法をまともに食らった翼竜は仰向けに地面に転がり、慌てて焦げ付いた身を起こすと再び宙を舞おうとするが、翼のやわらかい部分がボロボロに切り刻まれており、虚しく風斬り音が響くだけだった。
まあ、俺がやったんだけど。
「おい、覚悟はできてるか?」
三人が煤にまみれた翼竜を取り囲む。
「ク……ク……クエェエエエエエエエエ!!」
広大な森林地帯に、翼竜の断末魔が木霊する。
こうして、なんとか翼竜の討伐は完了したのであった。
♢ ♢ ♢ ♢
「ふぅー。終わったな」
「死ぬかと思ったわ」
「うぅ、レンシア……無事でよかった」
ボロボロの骸と化した翼竜を見下ろしながら、三人が思い思いの言葉を口にする。
やがて、ボナムが周囲を見渡しながら大声で叫ぶ。
「ロジムー!! いるんだろー!?」
……まあ、そりゃバレるよな。
最後の方は俺もちょっと頭にきて無茶な事しちゃったし。
「いないぞー」
木陰に隠れたままボナムの呼びかけに応える。
「……出て来いよ」
やれやれ、こうなってしまったら仕方がない。
俺は木陰から姿を見せ、ゆっくりと三人の元へと歩み寄る。
「……」
なんとも気まずい空気。
しばらく四人共黙り込んでいると、そんな空気を割くように誰かの大声が辺りに響く。
「おーい! 終わったのかー!?」
先頭の荷馬車の中から出てきたノセールさんが、声を弾ませ駆け寄ってくる。
「うおぉ……これ、死んでるのか……? いやぁしかし、大したもんだな。さすがBランク冒険者だ!」
輝く目で三人を順に目で追った後、最後に俺を見る。
「……あんた誰だ?」
そういえば内緒でついてきたんだったな。どう言い訳したものか。
「俺は……」
「こいつは……俺たちの仲間のロジムです。見た目は地味ですが、頼りになる奴なんですよ」
「……やかましいわ」
追い出したり仲間と言ったり、調子のいいやつだぜ全く。
「そうなのか、とにかく礼を言うぜ。これで無事に【タドリッツク】の街にたどりつけそうだ」
たるんだアゴの肉を揺らしながら、ノセールさんが嬉しそうに微笑む。
そして、商人の仲間たちに呼び掛け、俺達は再び目的地へ向けて出発した。
夜にタドリッツクの街にたどり着くと、お礼にと食事をご馳走になり、宿も手配してもらったので、俺とボナムの泊まる部屋に四人で集まることになった。
「……今更だけど、助けてくれたお礼を言っておくわ……ありがとう、ロジム」
王都の安宿と似たような部屋で、相変わらず壁によりかかったレンシアがバツが悪そうに言う。
「さて、なんのことだか」
とぼけてみせるが、三人のリアクションは薄い。
「……ま、いいけど。それで、あんたどうしてついてきたの?」
「俺もこの街に用があってさ。ちょうど北に向かう馬車があったからこっそり便乗させてもらったんだよ」
「用って?」
「え。うーんと……」
虚空に目線をやり、思案してみるが丁度良い理由が思いつかない。
「……あたしたちが心配だったんでしょ?」
レンシアに……いや、この三人には誤魔化しは通用しそうにないな。
「……そうだ」
白状すると、レンシアが少し寂しそうな顔で俯く。
「あたしたちって、そんなに頼りなく見えるのかしら。まあ、こんなこと言えた義理じゃないけど」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
言いかけたところで、ボナムが座っていたベッドに大げさな動作で寝転がる。
「そりゃ頼りねえわな。さっきの戦いも、下手したら全滅してたかもしれねえ。今までもそうだ。ロジムの手助けのおかげで俺たちはここまでやってこれたんだ。ロジムがいなくいなった途端にあのザマだ。情けないったらありゃしねえぜ」
ひとしきり吐き出すように言うと、ごろんと横になり、そのまま押し黙る。
その横のベッドに腰掛けてるプラエは、泣きそうな表情で俯いている。
「いや、俺がついてきたのは……おまえたちを頼りなく思ってるからとかじゃなくて……」
「なによ」
どう言えばいいんだろうか。……そうだな。ここは自分の気持ちを正直にぶつけよう。
「俺はな……レンシア。お前の事が好きなんだよ」
そう言うと、レンシアが寄りかかった壁からずり落ちる。
「なっ……何言ってんのあんた。す、好きって、あ、あたしが?」
「ああ、そうだ」
レンシアが顔を真っ赤にしながらあたふたしている。
ボナムの右のベッドに腰掛けているプラエは、さっきまで泣きそうな顔をしていたのに今度は目を爛々とさせながら俺とレンシアを交互に見ている。
「と、突然そんな事言われても、こ、困るんだけど……」
何を困っているのかよくわからないが、構わず言葉を続ける。
「それにボナム。お前の事も好きだぜ」
「ああ、ありがとよ」
「プラエも。大好きだ」
「……ありがと。わたしもロジムが好きだよ」
急速に目の輝きを失ったプラエからは、なぜかひどくガッカリした感じで言い返される。
「……好きってそういうアレね。全く、紛らわしいったらありゃしない……」
耳まで真っ赤にしたレンシアが何かぶつぶつ言っている。
よくわからないが、このまま畳みかけてしまおう。
「みんな、俺たちが村を出た時の事、覚えてるだろ?」
「……ああ」
俺達の故郷の村【ヴィラム】。
三年前、ボロボロのローブを身にまとったうさんくさい爺さんが村を訪れた。
爺さんは誰かを探しているようで、しばらく村に滞在していたのだが、ある日、俺が面白半分で様子を見に行くと、会うなりその爺さんは俺の両肩をつかみ、
「ふむ、お主ならこの力を使いこなせるだろう」
と言い、俺の頭の上に手を置き、変な呪文を唱え始めると、俺の体の奥から力が湧き出るのを感じた。
爺さんは笑いながら去って行くとそのまま村からいなくなり、俺は引き出された力を使い村のみんなのために尽力するようになった。
最初はみんな喜んでくれていたのだが、ある日、領主の家から黄金の像が盗まれてから様子が一変した。
盗んだのは俺なんじゃないかという噂がどこからともなく流れ始めたのだ。
そうなると、不可解な出来事は全て俺のせいにされ、やがて親にまで疎まれはじめた俺は、逃げるように村を出て行った。
そんな俺の後を、三人の幼馴染が追いかけてきた。
ボナム、レンシア、プラエ。最後まで俺の擁護をしてくれた幼馴染たち。
気づけば俺たちは冒険者となり、それなりに名前が売れるようになっていった。
ちなみに黄金の像は、領主に捨てられた浮気相手が腹いせに盗み出したのだと風の噂で聞いたが、結局俺達は村には戻らなかった。
「懐かしいな。あれも、もう三年前か……」
「思い切ったことしちゃったよね」
「みんなどうしてるかしら」
それぞれが、遠い目で故郷を思い出す。
「あの時……おれがヴィラムを飛び出した時、みんなで後を追ってきてくれたろ。自分の生活も投げうってさ。あの時俺は、自分の人生をこいつらの為に使いたいって思ったんだ」
「大げさね」
「そうかな」
「ま、お前らしいよ。そんなお前だから、俺達も最後までロジムの事を信じられたわけだからな」
「うん……そうだね」
「あの謎の爺さんから貰ったこの力で、時間を止めることができるようになった。でも俺は、みんなと一緒に過ごす時間まで止めたくないんだ。だからさ……これからも一緒に居させてくれないか」
ふっ。このセリフは決まったな。実はずっと馬車の中で考えていたのだ。
「あんた今、ちょっとうまい事言ったと思ってるでしょ?」
「……わかるか?」
「言ってやった、みたいな顔しやがって」
「ふふっ」
答える代わりに、この場にいる全員が破顔する。ずっと張り詰めていた空気が、一気に吹き飛ぶような感覚。ようやく俺たちは、いつもの幼馴染に戻ることが出来たようだ。
「まったくおまえたちときたら、世界を~とか俺の為に~とか、急に変な事言いだしてさぁ……」
俺がそう言うと、レンシアが急に真顔になる。
「なんで知ってるの、それ」
「……あ」
「おいおい、聞いてたのか」
「いや、だって……急に出ていけとか言われたらそりゃ、気になるだろ?」
「……プラエ。部屋にもどりましょ。ここにいたらこいつにスケベなことされちゃうわよ」
「えっ……あ、う、うん。二人とも、おやすみ」
「ちょっと待ってくれ、俺は別にスケベなことなんて……」
レンシアがプラエの手を引き、出口に立ち尽くす俺を押しのけると荒い足取りで部屋から出て行ってしまった。
「……えっ、俺、そんなに悪い事したか?」
「レンシアは隠れてコソコソされるのを嫌うからな。大好きなお前にそういうことされて、ちょっとガッカリしちまったんだろ」
ベッドに寝ころんだまま、ボナムが面倒くさそうに答える。
「そうなのか。それじゃあ今後気を付けないとな……」
「大好きの意味が俺達とはちょっと違うけど」
「……どういうことだ?」
「お前はうちのパーティーで一番冷静だが、一番鈍感だよな」
「え?」
「さて、俺ももう寝るぜ。明かりは消しといてくれ。おやすみ」
「おい、鈍感ってどういう……」
すでにボナムはいびきをかきはじめ、俺の問いかけは虚しく宙に消えて行った。
……何なんだ一体。
天井の魔光灯のヒモを引っ張り、明かりを消すと、ボナムのいびきを右耳で聞きながらベッドの上に倒れ込む。
ようやく元通りになれたと思ったら、今度はレンシアの機嫌を損ねてしまった。
明日からの事を考えるとなかなか眠れず、時が止まったかのように長い夜となるのであった。
――おしまい――
お読みいただきありがとうございました。