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彼女との出会い

ついに夏休みが始まった。健太は友人たちと一緒に毎年恒例の旅行へ出かける準備をしていた。

目的地は、海辺の小さな町。去年もその前の年も、同じ場所で夏を過ごした。毎年変わらない日々、それが当たり前のように続いていた。けれど、健太は今年の夏がいつもとは違う何かを感じていた。

「今年の夏は、なんか特別な気がするな…」と、健太は荷造りをしながらつぶやいた。そんなことを思う理由は特になかった。ただ、何かが待っているような気がしていたのだ。


出発の朝、健太は早く目を覚ました。いつもなら、ギリギリまで寝ているのに、今日は違った。心がそわそわして、眠っていられなかったのだ。カーテンを開けると、夏の太陽が朝の空を照らしていた。雲ひとつない青空が広がっている。夏の始まりを告げるような、まばゆい光。

「行ってきます!」健太は母親に声をかけ、荷物を持って家を出た。駅に向かう道は、早朝にもかかわらず、すでに暑さがじわじわと体にまとわりついてきた。歩道のコンクリートから立ち上る熱気が、靴底を通して感じられる。自転車に乗る人たちや、犬の散歩をしている人々がすれ違っていく。夏の風景だ。

駅に到着すると、すでに友人たちが集まっていた。

涼介、翔太、そして麻美。毎年同じメンバーでこの海辺の町に行くのが恒例だった。

「おーい、健太!遅いぞ!」涼介が手を振って健太を呼んだ。

「悪い、ちょっと寝坊した!」と健太は笑いながら駆け寄った。もちろん、寝坊なんてしていないのだが、こう言っておくのが毎年の恒例でもあった。友人たちもそれを理解していて、特に突っ込むことはない。


電車に乗り込み、彼らは海辺の町へと向かった。窓の外には、都会の景色が次第に田舎の風景に変わっていくのが見えた。ビルや車の音が遠ざかり、緑が増え、空気がどこか清々しい。健太は、窓の外を眺めながら、この旅がいつもと違うことを感じていた。心の奥底に、何か新しい感覚が広がっていたのだ。

「今年もたくさん遊ぶぞ!」と、翔太が意気込んで言った。

「当たり前だろ。今年こそ俺たちの夏だ!」涼介も応じた。

麻美は笑顔を浮かべ、ただ「うん」と頷くだけだった。彼女はいつも控えめで、必要以上に話すことはなかったが、その分、誰よりも皆を気にかけていることを健太は知っていた。

電車が海辺の町に近づくにつれて、健太の心臓は少しずつ高鳴っていった。毎年同じ場所に来ているはずなのに、今年はまるで初めて訪れるような感覚があった。

やがて電車が目的地に到着し、健太たちは降り立った。ホームに降りた瞬間、潮の香りが鼻をくすぐる。海が近いことを知らせてくれる。その香りを深く吸い込むと、健太の胸の奥が少し軽くなったように感じた。

「さて、行くか!」涼介が声を上げ、皆を引き連れて駅を出た。駅前の小さな商店街を抜けると、すぐに海が見える場所に出た。太陽が輝き、白い砂浜が彼らを出迎えるように広がっていた。

「うわぁ、今年もこの景色だ!」翔太が興奮して叫んだ。

「変わらないな、ここは。」麻美が小さく微笑んだ。

健太もその景色をじっと見つめた。確かに、去年と同じ場所。同じ海、同じ砂浜、同じ風景。けれど、今年はどこか違う。そんな気がしてならなかった。

荷物を預けた後、彼らはすぐに海に向かった。水着に着替え、砂浜で遊ぶ準備は万端だ。涼介と翔太は、すぐにボールを投げ合い始めた。麻美は日焼け止めを塗りながら、静かに海を眺めている。

健太も、海に入ろうと思って歩き出したが、ふと視線の先に何かを感じた。遠くの岩場の近くに、ひとりで座っている人影が見えた。黒い髪が風になびき、その人はじっと海を見つめている。

(誰だろう…?)健太はその人に目を奪われた。何かが彼を引き寄せるような気がしたのだ。

「おーい、健太、こっち来いよ!」涼介が呼ぶ声が聞こえ、健太は我に返った。

「あ、今行く!」健太は慌てて返事をし、友人たちの元へ戻った。けれど、彼の心の中には、あの人影がずっと引っかかっていた。

その日の夜、健太は民宿の部屋でベッドに横たわりながら、昼間に見た人のことを考えていた。海辺でひとり静かに座っていたあの少女。なぜか彼女の姿が頭から離れなかった。彼女が誰なのか、何をしていたのか、知りたいという気持ちがふと湧き上がった。

次の日も、健太は同じように海へ出かけた。友人たちは再び海で遊び始めたが、健太は自然と足があの場所へ向かっていた。昨日の岩場の近く、そこに彼女は今日もいた。

「…あの…」健太は勇気を出して声をかけた。彼女はゆっくりと顔を上げ、健太を見つめた。彼女の目はどこか遠くを見ているようで、けれど、しっかりとこちらを捉えている。

「…何か?」彼女は静かに答えた。その声は、波の音にかき消されそうなほど静かだった。

健太はその瞬間、何か強い引力を感じた。この人と話すべきだ、もっと知りたい、そんな気持ちが心の奥から湧き上がってきた。

「君、毎日ここにいるの?」健太は不器用に尋ねた。

彼女は少し考えるようにしてから、短く頷いた。「…うん、ここが好きだから。」

それ以上の会話はなかったが、健太はその短いやり取りの中で、彼女にもっと近づきたいという強い感情を感じていた。そして、その日から、健太は毎日のように彼女のもとへ足を運ぶようになった。

彼女の名前は「優花」。それだけしか彼女からは教えてもらえなかった。家族のことや学校のこと、今どこに住んでいるのか、そういった個人的な話は一切しなかった。それでも、健太は優花と過ごす時間が特別なものになっていくのを感じていた。

優花と話すとき、彼女はいつも静かで、どこか物憂げだった。笑顔を見せることも少なく、その表情の奥には何か深い悲しみが隠されているように感じられた。健太はその理由を知りたかったがそれでも、健太は優花との時間を大切に感じていた。彼女といる時だけ、時間がゆっくりと流れているように感じられた。それは友人たちと過ごす賑やかな時間とはまったく違う、静かで穏やかなひとときだった。

数日が経ち、健太はますます優花のことが気になっていた。毎日海辺にいる彼女は、まるでこの場所に取り憑かれているかのように、同じ場所でじっと座っていた。時折波打ち際を歩くこともあったが、それでも、ほとんど話すことはなく、ただ黙って海を見つめることが多かった。


「ねぇ、優花ってどこから来たの?」ある日の夕暮れ時、健太はついにその問いを投げかけた。彼は彼女にもっと近づきたいという思いを抑えられなかったのだ。

優花は少し驚いたような表情を見せたが、やがてゆっくりと視線を海に戻した。「…そんなこと、どうでもいいでしょ。ここにいることが大事なの。」

その言葉に、健太は一瞬言葉を失った。彼女が何かを隠しているのは明らかだったが、それが何なのかは分からない。ただ、彼女の言葉には、どこか強い決意のようなものが感じられた。

「ここにいることが大事、か…」健太はその言葉を反芻しながら、優花の横顔を見つめた。夕日が彼女の髪を柔らかく照らし、その姿はどこか儚げだった。


その夜、健太は寝る前にベッドで考えた。自分は優花のことをもっと知りたいと思っているのに、彼女は何も教えてくれない。それでも彼女と過ごす時間は心地よく、その静けさが逆に心を引きつけるのだ。

「どうして、あんなに静かなのだろう…」そうつぶやいて、健太は目を閉じた。彼女のことを考えながら、眠りに落ちていった。

次の日、健太は朝早く目を覚ました。友人たちがまだ寝ている中、一人で海辺へ向かった。昨日の夕方の出来事が頭から離れず、どうしても優花に会いたかったのだ。

海辺に着くと、優花はいつもの場所にいた。波打ち際に座り、遠くの水平線をじっと見つめている。その姿は、まるで昨日と何も変わらないように見えた。健太は静かに彼女のそばに歩み寄り、彼女の隣に腰を下ろした。


「おはよう、またここにいるんだね。」健太が声をかけると、優花は軽く頷いたが、何も言わなかった。

しばらくの沈黙の後、健太は再び口を開いた。「昨日のこと、気になっているんだ。君にとって、この海は特別な場所なんだよね?」

優花は少しの間何も答えなかったが、やがて口を開いた。「うん…ここは、私にとって特別な場所。でも、過去のことを話すのは、あまり好きじゃないんだ。」

健太はその言葉に胸が締め付けられるような気がした。彼女が抱えている何かが、ますます気になってしまったのだ。しかし、無理に聞き出すのは違うと感じ、健太はただ黙って彼女と海を見つめ続けた。

その後も、健太と優花は毎日海辺で会うようになった。二人の間には多くの言葉はなかったが、それでもその沈黙が心地よく、健太は彼女といる時間を楽しんでいた。優花も、健太といる時だけは少し心を開いているように見えた。


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