普段の生活態度がいざと言う時に物を言う
ベネディクトは邸宅へ転移していた。
勿論、カルヴィンに文句をつける為に。
魔導具で連絡は取れる。
研究室でもできることだが、もし先程の女子にみっともなく取り乱し怒鳴ってる姿とか見られようものなら、死ねるので。
(ああッ! 既にみっともない姿を見せてしまった!!)
おかしな動きをした自覚はある。
しかももしかしたら臭かったかもしれない。
脂はない方だが、肌はまだしも流石に髪はベタついている気がする。
触れられた際に『うわっ! なんかベタベタする!』とかあまつさえ『ヌルヌルする!』とか思われていたら、この先ぬけぬけと姿を晒して生きていける自信がない。
大袈裟な、と思う勿れ。
陰キャ男子が女子から言われ、ことのほか傷付く台詞の二大巨頭……それは『キモい』と『臭い』。(※尚、推測によるものであり特にソースはない)
コンプレックスでもある自身の容姿は兎も角としても、変な動きと生活の怠惰により、先のベネディクトは確実にその素養を満たしているだけに、想定だけで既にダメージは大きい。
「あはははははは!!」
リリアン初出勤……当然ベネディクトから連絡が来るだろうと思ったカルヴィンは、魔導具の通信機を傍に置き待ち構えていた。
王宮内の自身の執務室で、執務を行いながら。
そして経緯を聞いて大爆笑。
「なに? それで挨拶もせず逃げてきちゃったの? 酷いな~」
「誰のせいだと思ってるんだ! ふっ触れられたんだぞ?! 『汚い』と思われていたらどうしてくれる!」
「あ~、それはゴメン。 でもお金も設備もあるのに風呂に入らないでいる君も悪い。 だから言ってるんだよ『普段の生活態度がいざと言う時に物を言う』って」
「ぐっ……!」
平民や貧乏貴族ならば毎日風呂に入らないことも珍しくはないが、ベネディクトのはただの怠惰であることは間違いない。
そもそも彼が認められ授爵した功績の最たるものが、魔導具によるシャワーシステムなのだ。
海水や井戸水、そして排水の高度浄化循環と温度の調節。それを術式により可能にしたことで、高価で希少な魔石の使用量を大幅に減らすことができ、設備導入に今まで程の大きな工事も不要になるという画期的なもの。
研究棟が王立学園にあるのは、大規模で国に利益の高い研究技術の確保と秘匿に適している他、安全性が確保された後の試験導入を学園で行えるからでもある。
リリアンが入寮した時には、共用の大浴場以外に個人の部屋にもシャワーブースがついていたのだが、実はベネディクトのお陰だったりする。
勿論、研究開発者である彼の邸宅にシャワーブースがないわけがなく、今『風呂』という単語の指すモノもそれ。
メイドがいなかろーが筋肉がなかろーが、ダイヤルで温度設定を行いボタンを押せば簡単にお湯が出るやつなので、生活態度を注意されては反論のしようもない。
「──だとしても! なんで女の子が僕の研究室に?!」
そんなワケで。
色々文句は言いたいけれどそれは一旦置くことにし、ベネディクトは話を本題に戻した。
「いやぁ、彼女はなかなか気の毒な状況でね?」
実は保健室へ運ばれたリリアンが気絶しているのに乗じ、自白魔法による質問形式での尋問が行われていた。女性である為、ジェイドの婚約者であるロレンシア立ち会いの元。
やはり王子様だけに目的の追及には厳しいにせよ、普段ならそこまでしない。
だが二人の卒業が近い時期なので『なにかあるのでは』と疑われたのである。
リリアンの個人的事情までジェイドが把握していたのは、彼女自身が自白した為だ。
大体にして、流石は最高権力者……などとは言っても、ついこないだ届いた手紙が元。しかもパッと見、そこまでおかしなことが書いてあるわけでもない。
本人以外がその不安を知ること自体に無理があるのだが、権力ムーブを怖がるリリアンには、その不自然さに全く気付けなかった模様。
たまたま弟であるジェイドのところに行き、彼女側の事情を知ったカルヴィンが『これは好都合』と弟に諸々指示をした、という流れ。
勿論、『男装』も。
「リリアン・セラー嬢はね。 一年前、公衆の面前で婚約白紙宣言をされたことがきっかけで男性を信じられなくなってるんだ。 なんでも体質の秘密をバラされたとかで。 しかも『セラー男爵令嬢』ときた。 嫁ぎ先はおろか、貴族社会での就職も難しい……と悩んでいてね。 求人を見て『女性だけれども、どうかお願いできないか』と男装までして言うもんだからさ……」
そう、『男装』の目的のひとつは同情を買う為である。
ベネディクトは警戒心が強いが、案外お人好しなので。
リリアンにきちんと説明されなかったのは、『優しさに付け込み、嘘説明で納得させる』……という状況に罪悪感を抱かせない為。
だが結果的には『微妙に嘘とも言い難い』というか、『事実をちょっと盛ったかな』くらいの感じになっているという不思議。
「……ハニトラじゃないんだろうな!?」
そしてふたつめはコレ。
別に彼は女嫌いではないが『ちょっと可愛い子』以上の女子になど『よもや自分が好かれるわけない→なにか裏がある』と考えるのがベネディクトなのだ。
そしてその壁は非常に厚く『通常のハニートラップ』にはまず引っ掛からない。
「ああ、違う違う。 むしろ男の子『リアン君』として扱ってあげてよ。 仕事がしたくて来てんだからさ」
──計画当初、ジェイドとカルヴィンの間ではこんな会話がなされていた。
聞き取りが終わったところに出会したカルヴィンがジェイドに話を聞き、リリアンの資料を集めて諸々考えた後。
ジェイドに概要説明と指示をする際のことである。
「なかなか彼女はいい。 素養としてはかなりアリだ。 まず化粧が薄く地顔が可愛い」
ベネディクトは『女性全般苦手』なだけに彼の好みは不明だが、多分美人系よりも親しみやすい分可愛い系の方が好きそうではある。
あまりお洒落なのも、同じ理由から良くないとみた。
まさにリリアンはピッタリ。
「そして、そこそこ不遇な割に明るく、悲壮感を醸して武器にしない。 逸材かもしれん」
「成程? お人好しさを突くという──なら、むしろ悲壮感はもっと醸させてもいいのでは? 事実なら問題ないような……」
「いや、悲壮感を醸して他人を使うような女じゃネッドは助けた後で切る。 アイツの卑屈さを舐めるな、切られる前に切りにいく」
「面倒臭ッ!」
そう、ベネディクトはお人好しだが、それだけでは終わらない面倒臭い男……利用しようと思えばできるが、そこに継続性はない。
やっぱり信頼を勝ち取ることこそが最重要。
そもそもカルヴィンとしてはなるべくいい相手と結婚して欲しいのだ。
「仮に打算に塗れていようとそれは構わないが、その分尽くし愛おしむことを惜しまないような、そんな相手でないとダメだ」
「……」
ジェイドは『兄上も大分面倒臭いよな』と思ったが、辛うじて口には出さなかった。