たとえ海に引きずり込まれたのであったにせよ、結果が良ければ問題などない(後)
リリアンの抱える『セラー男爵家の問題』とは概ね両親の結婚に起因する。
『公爵家の嫡男だった』バーソロミューの男爵位は、フォンティーヌと関係を持ったことにより公爵家から追い出した際、仕方なく与えたもの。
どこの馬の骨ともわからない女に誑かされ、当時の婚約者であるご令嬢との『婚約を破棄したい』と宣い出した息子に、当時公爵だった先代公爵が激怒した結果である。
縁を切られてもおかしくなかったバーソロミューへの処遇がここまで甘いものになったのは、彼の弟が『婚約者の変更』を令嬢へ嘆願し、それを彼女が受け入れたことで大きな問題にならずに済んだこと。
そしてそのふたりが『どうぞ寛大な処遇を』と望んだことによる。
ふたりがそう望んだのは、その時フォンティーヌがリリアンを孕んでいたからだ。
名ばかりの爵位──とはいえ、そもそも元を正せば行き着くのは公爵家である。
本来ならば、その繋がりや魔力を求めて縁談が溢れていてもおかしくはないが、実際は全くの逆。
何故ならまだ影響力の強い先代公爵に、フォンティーヌが超絶嫌われているので。
しかも息子は既に死んでいる。
流石に『孫まで憎し』とはいかずとも、公爵家が表立ってリリアンを手助けすることはなかった。
フォンティーヌが金に不自由してないことや、リリアンが努力し、苦労を見せずに上手く立ち回っていたことも災いしたと言える。
結果、ウォルシュ公爵家がセラー男爵家に関わることは一切なく……それを周囲がどう見るかなど、知れたこと。
つまりリリアンは、政略的な意味でほぼほぼ無価値であった。
それどころか『公爵家の反感を買うのでは』と思われている節があるので、リリアンに積極的に近付こうとする者が現れないのも当然。
なんならリリアンもそう思っている。
今も、一切助けを求めたりしないのはその為。
ほぼ関わりがないにせよ、それでもしようと思えばできる状況ではあるのだが、迷惑はかけられない。
それが不安なリリアンだったが、第二王子の返事はアッサリしたものだった。
「悪評があっても柵はないので問題はない、むしろ好都合だ」
「好都合、ですか?」
どうやら政略的な部分らしい。
隠すわけでもないようだが、説明も要らないことなのか、そこには触れずにジェイドは話を先に進める。
「タッチェル先生は偏屈なだけに、滅多に社交界に顔を出すこともない。 君が受けてくれるなら一足先に卒業認定を出せるよう履修の調整もしよう。 もっとも試験に不正は許されないから卒業は君の努力次第になるが」
卒業認定のことを出され、リリアンは慄いた。
(もしかして、私の状況を知ってるッ?!)
話的に、『ベネディクトの結婚相手が必要なだけ』──ならばリリアンの卒業認定はあまり関係ないのだ。
保護者の許可がありさえすれば。
『セラー家の問題』とされていることでもわかるように、フォンティーヌの評判の悪さはリリアンの養育状況ではない。
現状などリリアン本人しか知らないと思っていたというのに。
(そりゃ窮状を理解し手を差し伸べるようなモノであるワケだわ……なんで知られたのか、さっぱりわからないけど)
きっとこれが王家の力なのだろう。
流石は最高権力者……あらためて『権力者怖っ』と再認識する。
同時に不安部分は完全に払拭された。
こんなプライベートなことまで知っていての打診なら、家の事情など本当に問題ないのだろうから。
「君の努力次第だがこれで結婚も可能になる。 一先ず婚約してからでも構わないけれど、いずれにせよ彼の元で暮らして貰うことにはなる」
「……それまでは掲示されていた方の仕事、ということですね」
「そう。 その後がこっち」
渡された『コレじゃない仕事』の仔細が書かれたのではない方──それは婚姻届を含めた婚姻契約書類である。
リリアンもベネディクトも低位貴族である為、婚約期間は特に必要ない。
ただし、リリアンがまだ学生でなければ。
リリアンがやるべきことは、掲示されていた方の仕事を真剣に行いベネディクトに認められること。
同時に勉強を頑張り、さっさと卒業認定に合格し『成人』と認められること。
「それからならば、保護者の関与ナシに婚約ができるし、タッチェル先生はこちらで説得可能なのでなんら問題ない」
(問題はあるような気がするけど……)
しかしリリアンは黙った。
権力が怖いからもあるが、概ね自分の為に。
──リリアンの脳内の中。
『貴様、やれるのか?!』
何故か軍服を着たリリアン(※多分上官)がそう自分に厳しく問い掛けていた。
『どのみち貴様に待っているのは地獄……! それがどんな地獄であるかを選べる幸運を噛み締めよ!! さあ! 選択するのだリリアン!』
そこに現れし、第二王子型悪魔が囁く。
『籠絡しよう、なんて考える必要はないゼ~、君にも悪い話じゃないジャン♪』
そして第二王子型天使が諭す。
『真摯にお仕えするのだ……なにしろ掲示して募集する程、困っていることには変わりないのだから……』
「(ジェイド様、流石に性急過ぎでは? 相手は女性ですのよ。 もう少しお茶を勧めたりして緊張を解しながら少しずつ話を進めればよろしいのに)」
「(いや……逆にサクサク進めた方がいいかと思ったんだが)」
突如動きを止め黙って思案しているリリアンに面食らった二人は、小声で話しながら様子を窺う。
まだリリアンという人間を二人は正確に把握できずにいる。
慎重なのはある程度わかったものの、いざ会うと散々ビクビクしてた割に、案外豪胆にも見えるので。
「……無論、答えは少し考えてからでも。 残念ながらあまり待つことはできないが」
ジェイドの言葉に、リリアンは慌てて顔を上げる。
第二王子型天使と悪魔の台詞でお察し。
リリアンの心は既に決まっていた。
ただ、卒業認定の為勉強を詰め込みながらの真剣バイトの両立を考えてちょっと気が遠くなっただけで。
なにしろ体質の『8時間睡眠』縛りはどうにもならないのだから、葛藤ぐらいはする。
──だが、
『やれるのか?! やれないのか?!』
同時に再び脳内に響く、上官らしきリリアンの声。
「や、やれます! やりたいです!!」
衝動的にリリアンはそう言っていた。