たとえ海に引きずり込まれたのであったにせよ、結果が良ければ問題などない(前)
(ま、眩しい……ッ)
教師に言われたリリアンが恐る恐るやってきたのは、学園内にある中庭に面したサロン。
お茶会のマナーなどを学ぶ時に使用するところだが、申請すれば実際にお茶会を催すこともできる。
ただし費用は当然自分持ちなので、リリアンは勿論、貧乏貴族の令嬢には授業以外無縁の場所である。
「やあセラー嬢、よく来てくれたね」
にこやかに出迎える第二王子ジェイドと、婚約者のロレンシア。
彼女がいたことでリリアンは安堵した。
(ああ、ご配慮くださったのかァ……)
ふたりのお茶会の場でなら、目立たず謝罪が可能。
気を利かせて先の話題を振り、こうして機会を作ってくれたのだろう。
(なんてお優しい……有り難迷惑ッ!)
ただできれば手紙のみでスルーしたかった。
権力者にはなるべく近寄らずにやり過ごしたい派のリリアン。
本当になんであんなことをしたのか自分でも不明すぎる。追い込まれるって怖い。
しかしこうなっては仕方ない。
ぎこちなくもなるべく丁寧に挨拶し、先の謝罪と感謝の気持ちを述べた。
勿論手紙の件を出し、ロレンシアを持ち上げることも忘れない。──しかし、
「気にしていないよ。 怪我もないようでなによりだ。 さあ、座って」
(す、座るの?!)
謝罪を終えて寛容に受け入れてくれたまでは良かったが、何故か座るよう促されてリリアンは動揺した。
てっきりふたりのお茶会の場で、ついでに機会を設けてくれたモノと思っていたので。
「ふふっ……セラー嬢、なにか勘違いされているようだけれど、これは貴女と話す為に設えたのよ? 私がオマケなの」
「!? ……?!?!」
目に見えて動揺するリリアンに堪えきれなかったらしく、吹き出し気味にそう言ったロレンシアの言葉。
それをどう受け止めどう返していいかわからないまま、リリアンは「失礼します……」と怯えを隠しきれない声で席に座る。
色とりどりのお菓子と上質なお茶。
タダ程怖いモノはない。
何故かもてなしを受けていることに、『なにを話されるのか』とリリアンの恐怖は増すばかり。
「ジェイド様、何故呼び出されたのか話して差し上げて。 これでは折角のお茶もお菓子も味がわからないでしょう」
見かねたロレンシアがジェイドに話を促した為、謎の接待地獄は一旦打ち切られた。
「そんな緊張しなくてもいいのになぁ……でもそうだね。 じゃあまず本題からいこう」
結論から言うと、それは就職の打診であった。
ジェイドから出た話が、まるで自分の窮状を理解し手を差し伸べるようなモノであったことに、リリアンは驚くばかり。
「王太子である兄の友人で部下となる男に、ベネディクト・タッチェルという人がいるのだけど、知ってる?」
「は、はい。 お名前は……有名ですから。 タッチェル博士ですよね?」
ベネディクト・タッチェル。
異例の早さで授爵したなんか凄い人。
その反面、とても偏屈で気難しいことでも有名。
授爵後に賜った魔術研究所を兼ねた自身の邸宅から、滅多に出ることはないとかなんとか。
「昨日の件なんだけど、実は僕は君にぶつかってない」
「ええっ?! で、ですが……」
「彼がくれた魔導具のおかげでね。 君を運んだのも彼の魔導具さ」
「魔導具……」
確かにあの時、リリアンはジェイドとぶつかった。
だがそう思ったのは、あくまでもなにかとぶつかり、そこに彼しかいなかったからに過ぎない。
しかし考えてみれば、そもそも彼が他人にぶつかられる状況自体がおかしい。
常識的なリリアンがそう思った通り、『高位貴族令息』と『王子様』では全く違うのだから、本来ならばまずそうならない。
つまり勘違いできてしまう状況を可能にしたのも、魔導具を所持していたからこそ。
「あらためて、とても凄い方なのですね……」
「うん、そう」
ジェイドは軽く返事を返し目を細めた後、そのままの柔和な表情でやや眉尻と声のトーンを落とす。
「ただ、彼は評判以上に難しい男だそうでね。 一番の問題は、食事と身の回りのことなんだ。 で、コレ」
【★急募 ベネディクト・タッチェル博士の秘書兼助手(雑務)】
それはカレッジ入口にある、掲示板に貼られていたもの。
募集要項には人員への色々な条件や希望が書かれていたものの、特筆すべきはこの二点。
『学生アルバイトも可』
『専門知識の有無は問わない』
(雑務)はどうやら正しいらしく、リリアンにもできそう。そして給与が高く、バイトでも正式登用が見込める案件。
そして勤務時間の定時は17時。
リリアンもここをよくチェックしている為、これは知っていたし、とてもやりたかったのだが──
「……ですがコレ、『男性限定』ですよね?」
「そうなんだよ」
そう、『男性限定』。
募集要項でそこを見て、リリアンは泣く泣く諦めたのだ。
「セラー嬢、実のところこの『男性限定』は『男性でないと難しい仕事がある』という意味ではない。 単にタッチェル先生が女性が苦手だからだ」
「ええっ?! そんな理ゆ……ゲフンゲフン」
思わず出てしまった本音に慌てて取り繕うも、ジェイドも兄の王太子もそう思っている様子。
「ご存知の通り彼は優秀……妙な横槍が入らないうちに結婚、せめて婚約してほしいというのが兄の意向だが、そんなだから当然釣書も見やしないそうで。 ほとほと困り果てている」
なんでも彼は『女嫌い』というわけではないらしい。
根幹は『人間不審』と『見た目コンプレックス』によるものであり、それ故に『女性が殊の外苦手』なんだとか。
なんとなく、リリアンは自分が何を求められているかを把握した気がした。
「だからお仕事で女性に慣れさせよう、ってことでしょうか? ですが……それでタッチェル博士は納得されるんでしょうか」
「しないだろうね。 わざわざ『男性限定』にしているくらいだから」
「??」
しかし、予想とは更に違う展開が待ち受けていた。
「セラー嬢、君に頼もうとしている『仕事』はコレであってコレじゃない。 ゆくゆくは彼と結婚してほしい」
「へっ……?!」
先の疑問にすら明確な答えのないまま、唐突に突き付けられた衝撃的な言葉に、リリアンは戸惑うばかり。
ジェイドの意外にも武骨な手が動く。
リリアンの斜め前スッ……とテーブルの上に置かれたのは『コレじゃない仕事』の仔細が書かれた紙──に加えてもう数枚。
「籠絡しよう、なんて考える必要はない。 真摯に彼に仕えること、それが必要なんだ。 どうだろう、君にも悪い話じゃないと思うけれど」
リリアンが考えたことは非常に近かった。
だが、『仕事で女性に慣れさせる』の後に『別の女性を宛てがう』と続けるよりも、当然『仕事で慣れた女性とそのまま結婚』の方が早いし、より確実。
これは王太子の意向……つまり『政略結婚』なので、ジェイドが言った通り『真摯に仕え、信頼を勝ち取ること』が重要なのだから余計に。
確かに籠絡する必要はない。
そして偏屈なんて変態より遥かにマシでマトモ。しかも若くて優秀。
「仰る通り私にも……悪い話どころかむしろ畏れ多いくらいです」
しかし、流石に『やったラッキー!』とはいかない。
真摯に仕える気持ちはあろうと、変えられないものはある。
「逆に、これは私で平気なお話ですか? なにぶん私は『セラー家の娘』ですが」