時
三題噺もどき―よんひゃくはちじゅうはち。
何かの物音が響いた。
何の物音だろうと思い、そちらへ視線をよこそうとしたのだけど。
なぜだか身体が言うことを聞かなかった。
「……」
それでもいいかと。
なんとなくどこかで思って。
音のありかを探るのをやめた。
「……」
なんだか、やけに体が重いような気がする。
思考回路もろくに回っていない。
「……」
まどろみから逃れた直後みたいにぼんやりとしていて。
まどろみに沈み損ねたみたいに暗くて重苦しい。
何かと何かの境界線に居るのは案外こんな感覚なのだろうか。
なんて、訳も分からないことを思ってみる。
「……」
けれど、そもそもここはどこなんだろう。
ふわふわと空に浮いているような感覚もあるし。
お気に入りのソファに座っている感覚もある。
布団の上に寝転がっているような感覚があったり。
ぷかぷかと水の中に浮かんでいるような感覚もある。
「……」
でも。
それもこれも。
なにもかも。
どうでもいい。
「……」
たゆたうだけで。
流れるだけで。
なすすべもなくそこにいるだけで。
「……」
世界はどうにでもなる。
私の意志なんか関係なく。
世界は変わらずに回るし。
―時間は勝手に進んでいく。
「……!」
突然、掌のあたりが重くなった。
ヒヤリと冷たい感覚と共に。
「……」
何だろうと腕を上げると。
その手の中にはなぜか懐中時計があった。
見覚えなんてもちろんない。
なんとなく、時計の形とチェーンがついていたから、それかなと思った程度。よく漫画やアニメで見るような感じのやつ。The・懐中時計。
「……」
それは、壊れているのか。
針は一向に動く気配はなく、ずっと同じ数字をさしたまま。
なんとなく、既視感のある数字だけど、何なのかは分からない。
思いだそうとすると、靄がかかるように真っ白になる。
「……」
今までならここでなんとなく諦めていたんだけど。
これはなんとなく。
思いだすべきだとか、どうにかすべきだとか、抵抗すべきだとか。
そんなことを何かが叫んでいたせいで。
「……」
懸命に思いだそうとして。
何だっただろうかと、忘れてしまって。
思いだしそうになったら。
思考を真っ白に染められて。
手繰り寄せようとしたら。
何かに絡まったように突然止まって。
「……」
それでも。
どうにか。
どうにか。
「……」
必死で探って、思いだして、考えて。
また考えて思いだして探って。
「……ぁ」
何かが思考の隅に引っかかった瞬間。
カチ―
と、時計の針が動く音がした。
「……!」
そのまま止まることなく動き続ける時計の針は。
時間を刻み、時間を動かす。
止まっていただけの、漂っていただけの、何かを突き動かす。
グン―――!!
と、体が引っ張られるようにどこかへと上がっていく。
「―――」
不思議と、嫌な感じはしなかった。
沈んでいるわけでもなく。
これは、どこかに浮上しているんだと。
何か確信があったからだろうか。
このまま、行けるところまで――――――
――――――――っぷは!」
ばちん!!!と、目が覚めた。
水中にでも沈んでいたのかと思う程に、呼吸が荒く、少し苦しい。
何かに反応してか、左目の下あたりがぴくぴくとして鬱陶しい。
「――は」
呼吸が整うまでに少々時間がかかりそうだ。
変な姿勢で寝ていたんだろうか。
それにしても。
―変な、夢、」
お題:左目・懐中時計・まどろみ