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 曇天が広がる冠伎町は、核兵器の爪痕で荒廃した日東国の最大の歓楽街であった。


 その闇に包まれた街並みは、昼夜を問わず鮮やかなネオンが煌めき、まるで黄金郷のようだった。


 歩道に立つ人々は、疲労や絶望の表情を隠すために仮面のような笑顔を浮かべ、光に身をゆだねている。


 街をつらぬく解虫川の水面は、彼らの姿とともにネオンの光をうけて煌めいていた。その水面にさらにもうひとつの存在が映しだされる。


 それはひとりの少女だった。


 彼女は御雷帝釈こと【ミカ】。

 この冠伎町に住んでいるスケバンで、黒い長髪とセーラー服がトレードマーク。

 ギラギラと目を輝かせ、凛とした姿勢で立っている。

「やめた方がいいッスよ?」


 ミカが言葉を投げかけた先には、人相が悪い女が立っていた。

 不気味な笑みをうかべ、周囲に禍々しい存在感をはなっている。


「おめえ、うちのことチラチラ見てただろ。クソガキが」

「誤解ッスよ、ハルさん」


 ハルとよばれた女はさらに、笑みを深める。

 水天波竜こと【ハル】はここらでは有名な半グレだった。


 喧嘩が好きで、目につく人間に何かと因縁をつけて喧嘩をふっかけていた。

 その今回の被害者がミカなのである。


 ミカとハル――二人の間には緊迫感がただよう。

 それを感じとったのか、周囲を行きかう人間も足をとめ、視線をむけた。


「やっぱりやめましょうよ。見られまくりッスよ」

「ビビッてんじゃあねぇよ」


 ――解虫川に音が響きわたった。

 攻撃は鮮やかな動きで繰りだされ、双方の拳が激しくぶつかりあい、空気が揺れうごく。


 ハルは俊敏なうごきでミカの攻撃をかわし、力強い一撃を繰りだす。


「おふぅっ...」ミカはその攻撃をうけとめ、苦悶の表情をうかべる。

「なんだ、大口叩いていたクセに雑魚じゃないか」


 笑うハルに……。


「あぁ、これだから喧嘩は――最高ッスねぇ」

 ミカの全身は血潮が駆け巡る気分に苛まれる。


「いっちょ、大きな華、咲かせますか」


 血潮に操られるように――強く握られた拳が、ハルへ疾走する。


「ぐえぇッ!」

 ハルの顔面に命中。そのまま地面に倒れ込んだ。


 周囲から歓声が湧き上がる。

 その中で、ミカはハルの這いつくばった姿を見つめる。


「ハルさん、私の勝ちッス。これでもういいでしょ?」

「ぐぬぬぬ……」

 ハルの顔から、ありえないものを目にしたような驚きがにじみでていた。


「じゃあ、私はもう行くッスから」

 ミカは言葉を残して身をひく。彼女の姿は颯爽と光の中に消えていった。


****


「うぅ、寒い」


 寒々しい風が冷たく街を吹きぬける中、ミカは寂しげな眼差しで周囲を見わたしていた。


 彼女が着ているセーラー服。

 その純黒はカラフルな街並みとは真逆だった。


 彼女は若干一七歳の年齢に達していた。

 幼少の頃、肉親を亡くし、姉が代わりに親として彼女を育ててくれた。


 しかし、その姉も今はいない。

 

 それ以来、ミカは孤独な生活をおくっている。


 今日もまた。


「はぁ……やってやりまッスか」


 ここは冠伎町の町外れにある、ゴミの埋め立て地。


 しかし、埋め立て地とは名ばかり。

 ゴミは埋められることなく積み上げられ山のようになっている。


 その山のうえ、ミカは探し物をしているように、見回している。

 ミカは日々の生活をゴミ漁りといった手段で切り盛りしている。



 凹んだ鍋に、穴の開いた靴……。


 ひとつ、ふたつと彼女の手には使い古された物品があつまる。

 ただのゴミもあぶく銭で買ってくれる業者がいるのだ。


「うん、なんだこれ……?」


 彼女の目が一点を捉える。

 ゴミの山の中に不思議な形をした物体が埋もれていた。


「これは……」


 彼女が手を伸ばし、ゴミを払いのけると、はっきりとバイクの輪郭が浮かび上がった。


「【バイク】ッスか?」


 ゴミ山の中で輝く、一台の黒いスポーツバイク。

 そのボディには雷の柄が煌めている。


「ば、バイク……こ、こんなところで見られるなんて……ッ!」


 ――カッコいいッスゥ!


 彼女の瞳には興味と好奇心が宿る。


 ミカには不良と言えばバイクという認識がある。

 そのせいでバイクを見るたびに、ものすごく興奮するのだ。


 ミカはバイクに頬ずりする。


「うっひょぉ! テカテカしていて強そうッスね。肌ざわりなんかスベスベだし……。えっ、エンジンかかるんッスか……エンジン?」


  

『あなたは誰?』

 声が響いた。

 その声は年の若い少女のような響きだった。


「えっ?」とミカは声をもらした。


「だ、誰……?」とミカは戸惑いながらも問いかける。

 周囲を見渡すが、彼女以外には誰もいない。


『あなたが僕に乗るの?』

 再び現れた声。


 乗る――それって、もしかして。

 ミカの目は、じぃーっと黒いバイクを見つめる。


「おまえなんッスか?」

『おまえって呼ばないでくれない?』


 どうやらバイクが喋っているようだった。


「バイクが喋った……ッ?」


 ミカの表情から感情がなくなっていく。

 うつむいて、「そんなことって......」とつぶやいて、顔をあげて......。


「超カッコいいッス!」


 瞳がパァッと輝く。まるで、言葉にならない興奮を伝えているかのようだった。


『……っえ』

「喋るバイクがあるなんて……カッコよすぎまッスよぉ!」

 彼女はバイクに身をよせ、抱きしめるようにして密着した。


『ちょ……ちょっと!』

 やわらかい胸があたって、バイクは上擦った声をだす。


 ミカは頬ずりをしながら、バイクの車体を優しく撫でまわす。

 その触れる手つきはなんとなくいやらしかった。


『ベタベタしないで! 暑苦しい!』


 バイクの声がミカの耳の中に直接響きわたる。


「ご、ごめんなさい!」


 ハッとして、ミカはバイクから離れる。


『んもう……』


 バイクの稲妻が光をだす。

 その光はバイク全体を包み込んでいった。


 瞬く間に、その輝きは髪へと変わり、宇宙を舞うように揺れ動く。

 その中から、美しい少女の姿が徐々にうかびあがった。


 ミカはあんぐりと口を開ける。


 ツンツンしている髪に、フランス人形のような整った童顔。

 小さくて可愛らしい体躯は黒のライダースーツをまとっている。


 少女は髪色と同じ瞳を開き、不機嫌そうに周囲を見渡した。


『ここはどこ? あなたは誰?』

 少女から発せられる声は、さっきまで聞いていたバイクの声と同一のものだった。


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