Melt - 村の掟
それは遠い、むかしのお話。
向かいの家のおじいさんは生まれていなくて、電気も発明されていないし、アメリカだって、まだ見つかっていなかったころのこと。
とある国の西のはずれに、海と森にはさまれた、小さな小さな村があった。
村人たちの生活はとくべつ豊かではなかったが、その日の夕食に困りはしないし、ひまを持てあますような日だってなかった。
景色はたえず綺麗だし、どこからか流れてくる素朴な音楽は人々の心を和ませた。
村にはひとつ、とても古い掟があって、村人たちは代々それを守ってきた。
村いちばんのやんちゃくれ、メルトだって、幼い頃からずっとそれを守って暮らしていた。
――神かけて、森に足踏み入るべからず
「ほうら、バカ鳥ども!ここだぞ、ここ。おおっと、こっちだ。今度はこっち!」
よく晴れた日のことだ。
メルトは手に握り込んだ数粒のコーンをエサに、ニワトリたちをからかって遊んでいた。上へ、下へと泳がされる好物を目がけ、羽をばたつかせたり小さな爪で地面に傷をつけたりと、忙しなく走りまわる三羽のニワトリ。
「クック、ルー、ドゥー。ようく見ろよ、ここだ!」
クック、ルー、ドゥーは、それぞれメルトの家の庭で飼われているニワトリの名前だ。真っ黒の頭の上にひときわ立派なトサカを乗せているのがクック、雪のように白い翼の、先だけが茶色く染まっているのがルー、そしてくしゃみのような鳴き声の、茶色のニワトリがドゥーである。
今日はパン屋のオスカーが家族で果物を狩りに出かけたし、向かいの家のユーゴは子羊が生まれると話していた。おまけに、となり町のイーサンは大人たちのためにつまらない楽器を弾かされているはずだ。そんなわけで退屈していたメルトのうっぷんを晴らすのに、お腹をすかせたニワトリたちはうってつけだった。
しかし……。
「しまった!」
開いた扉から、次々に飛び出していくニワトリたち。なんとまあ。メルトはニワトリの囲いをきちんと閉めていなかったのだ。
「おおい、止まれよ!クック!ルー!ドゥー!」
メルトの叫びは届くことなく三羽のニワトリは家の裏に周り、そのまま森の方へ駆けていく。
まるで手まねきするように、風に吹かれた木の枝がゆらゆらと揺れている。
「そっちへ行っちゃだめだ!森だぞ、ねえ!」
メルトは走った。焦りと不安で上手く息ができない。ニワトリを逃がしただなんて、父さんにどう説明すればいいのだろう。
でも、メルトはとうとうニワトリたちに追いつくことができなかった。あと少しというところで、彼らは列を成して暗い森へと飛び込んでいってしまったのだ。
「そんな……。」
メルトは深く茂る草木の真っ黒な影を睨みつけたが、返ってくるのは、森が風を吸い込むときの腹の底に響く唸り声だけだ。
『いい、メルト?決してあの森へ入ってはだめよ。森にはね、恐ろしい顔をした木が生えていて、近付くとあなたなんて頭からぺろりと食べられてしまうんですからね。』
いつだったか、母からこんな話を聞いた。
「……何が恐ろしい顔の木だ。」
メルトがつぶやいた言葉は、森の息吹きにかき消された。やけに冷えた空気がメルトの頬をなで、髪を揺らす。
「怖いもんか。ただの、森さ。」
メルトは大きく息を吸うと、風と共に吸い込まれるように、足を踏み出した。
はじめまして.ᐟ.ᐟ.ᐟ
今回が初投稿となります、森野蘭です。
普段は脚本を書いているのですが、たまに小説が書きたすぎる衝動に駆られることがあるので避難場所としてなろうに登録してみました……といっても、高校上がるまではずっと小説のほうがメインだったんですけど。
この度書き始めました『Melt』は、高校1年生の時に書いた脚本の内容を小説にリメイクしたものです。
舞台では実現できなかった理想という理想を詰め込んでいきたいと思っています。
どうぞよろしくお願いします!!!!