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第六話『夜明け前』

記録者 妙崎(みょうざき) (たつる)


「とにかく…、この拘束を何とかしないといけないんだよね」


「いつまでも縛られっ放しでは、彼がかわいそうです」


 七月とサタンは、哀れな乙夏の姿を見て、口々に話す。


『そうだねぇ~、じゃ、二人とも、捜しに行ってくれるかなぁ?』


 ナビのあずみは、のんきに二人を送り出そうとするが、


「そんな簡単に言うけど、捜すあてはあるの?」


と、七月に食ってかかられる。図星をつかれたあずみは、


『うーん、こっちでもサーチしてみるけどぉー…』


と、曖昧に答えるが。


「とりあえず、悩んでいても仕方ないでしょう。まずは、動かないと始まりません。この術を施した主の顔は、七月、分かりますか?」


「…。」


 サタンに訊ねられ、七月は、先程乙夏が、「咲夜がー…」などと口走っていたのを思い出す。しかし、自分の親友がこんな酷いことをするはずがない、と、信じがたい気持ちの方が強かったので、黙ってしまったのだった。

 すると、話す気力もない位弱りきった声で、乙夏が「彼女」について口を開いた。


「藤守…マリア、とか言った…あいつ…。咲夜に似ていたけど…、別人だった…。でも、俺には…本当にそうなのかどうか、よく分からない…」


 むしろ、分かりたくない、という気持ちの方が強くて、最後の方は口ごもった。しかしそれを聞いたサタンが、


「まずは、彼女を捜しましょう。真実かどうかは、それから知ればいいことです」


と、乙夏と七月を交互に見て言う。


『じゃぁ、こっちでも出来る限りのサポートはするから、行ってきてくれるかなぁ?』


「了解です。では、行きましょう、七月」


「何でもいいが…早く何とかしてくれ…」


 乙夏は、もはやお前等しか頼れる人はいない…と言わんばかりの、か細い声で、二人に懇願する。


「分かったわよ。大人しく待ってなさい」


『じゃ、頼んだよ~』


「行ってきますね」


 七月とサタンは、急ぎ足で倉庫を出る。やがて、二人の足音は、夜の静寂に吸い込まれていった。その足音すら遠くに聞こえるほど、乙夏の意識は薄れていた。そんな混濁の中で、思い出すのは、「咲夜に似た女」のこと。

あれは、「天使の顔をした悪魔」だった。もっとも、天使か悪魔なんて、もう乙夏にはどうでもいいことだった。自分が何をしているのか…という事実の認識さえも、どうでもよくなっていた。

考えを巡らせる気力も無くなり、ついに乙夏は意識を失った…。



 一方、藤守マリアを捜しに出た七月とサタンだったが、五百メートルほど歩いたところで、突然七月がサタンに、


「ねぇ、さっきから思ってたんだけど、何か、〈サタン〉っての、呼びにくいのよね。だから、何か別の名前をあなたにつけてあげたいんだけど…」


「違う…呼び方ですか?」


「えぇ、そう」


「構わないですよ。呼びやすいように呼んで頂ければ」


 半ば思い付きとも受け取れる七月の提案にも、サタンは快く応じる。


「そうねぇ…〈エンジェルナンバー0〉…ゼロ、だからー…、零〈リン〉、ってのはどう?」


「リン…ですか?」


「〈(れい)〉の中国語読みなんだけどね」


 不思議そうな顔をするサタンに、七月が解説を加えると、納得したように、


「分かりました」


 と言って、サタン…もとい、〈リン〉は、何やら唱え始めた。すると、リンの体の中から、小さく唸るような機械音が鳴り、赤い瞳が更に赤く光った。


「名前認識コード、変更…。エンジェルタイプ0、エンジェルナンバー0〈サタン〉より、〈リン〉に変更…完了」


 それを見て七月は、リンが、「人間ではない」ことを改めて思い知るのだった。


「大丈夫です、行きましょう」


 リンに背中を押され、再び七月達は歩き出した。




 一方、PPT社。

 七月とリンを見送ったあずみは、お茶でも飲もうかなー、と、一旦メインルームからセカンドルームへ移動する。

 部屋の隅にあるコーヒーメーカーに手をかけ、コーヒーを淹れようとすると。


「いいんですかね?勝手にあんなことして」


「わあっ!!!」


 突然背後から声がして、あずみは持っていたコーヒーカップを落としそうになる。

一通り驚き終わって、後ろを向くと。


「あら、天才少年君。いたの?」


「その呼び方はやめて下さいって、何度言ったら分かるんですか?」


 声の主は、弱冠十六歳にして、PPT社に研究員として出入りしている、〈妙崎(みょうざき) (たつる)〉であった。  

知能指数200を超え、将来は大学に「飛び級入学」か、はては外国の大学に入学か、などと騒がれている、所謂「天才少年」である。

しかし、本人はそういった世間の噂はお構いなしに、将来は「AI(人工知能)」の研究をしたいと考えている。現在は普通の高校に在籍しているが、遊びで作ったプログラムがたまたま新堂主任の目に留まり、研究員として、特別にPPT社に出入りを許可されている。


「いいじゃな~い、本当のことなんだから」


自分を「天才少年」と言われることに不満を漏らす建に、あずみはいつものように、のん気に答える。


「それより、いいんですかね?こんなこと新堂主任にばれたらただじゃ済みませんよ?」


「いや~、だからぁ、真がここに戻ってくる前に回収しちゃえば問題ないかな~、なんて思ってさぁ。ホラ、今は非常事態でしょ?とにかくこのゲームの主人公を自由にさせてやらないことには、意味がないっていうかぁ……」


「それはまぁ、そうですけどね」


 この「DWゲーム」の主要プレイヤーである乙夏が、あの通り拘束されたままでは、ゲームが進行しないと考えたのだろう。あずみは、コーヒーをすすりながら、セカンドルームのモニターを見やる。


「彼女たちは、何を追っているんですか?」


 この部屋に入った時には、すでに七月とリンが行動し始めたところだったので、その前までの流れを何も把握していなかった建は、あずみに問うた。


「乙夏=モードニスを拘束した奴を探してるんだよ。何でも、「マリア=藤守」とか言ったかなぁ。どうやら〈術〉の使い手らしくってぇ、彼女の「念」で拘束されてるんだよ」


「〈術〉ですか?そんなもの使える奴、このゲームの中にいましたか?」


「そぉなんだ。だから困ってるんだよ。彼女の登場自体、予想外だったしね」


 七月とリンが動き始めてから、あずみも、藤守マリアを追跡しようと試みたのだが、何の手がかりも得られず、途方に暮れていたところだったのだ。


「予想もできないことが起こるのは今に始まったことじゃないけど、なんだか腑に落ちないんだよねぇ」


「うーん、どういうことなんですかねぇ」


 やっぱりよく分からない、といった様子で、建までもが考え込む。




 一方、七月とリンは。

 ほうぼう捜し回ってみたものの、藤守マリアらしき人間の足跡は全く掴めなかった。


「…疲れた…。何で乙夏なんかのためにこんなに苦労しなくちゃいけないのよ?」


「大丈夫ですか?少し休みましょうか?」


 ずっと歩き回っていたせいで、疲れて愚痴をこぼす七月に、リンが声をかける。


「ええ……有難う」


 リンに促されて、近くの公園のベンチに座り込む。


「さて、これからどうしようねぇ」


「そうですね……目ぼしいところはほぼ廻りましたし…。でも、ここからそう遠くへは行っていないと思います」


「どうして?そんなことが分かるの?」


「…気配が、するんですよ。何となくなんですけどね。乙夏さんにかけられていた〈術〉と同じような…」


 リンがここで休もうといったのは、その気配を何となく感じ取ったからではないか、と七月は気づく。


「でも、確かではないです。その〈気〉を辿っていけば辿り着けるのかもしれないですが……」


「なんだ、まだ確実ってわけじゃないのね」


 期待のすぐ後は落胆、そんなケースを繰り返してばっかりだなぁ、と改めて七月は肩を落とす。


「ねーぇ、そっちで何か分かったこととかないのー?」


 突然、七月がナビゲーターのあずみに向かって叫んだ。



「あっ、もしかして、うちらのこと!?」


のほほんとモニターを見ていたあずみは、自分が呼ばれていることにやっと気づき、メインルームに戻った。建も後についていく。


『ごめんねぇー。こっちでも色々捜してみたんだけど、まだ何も分からないんだよぉ』


 メインルームから、あずみは七月達に応える。


「そうなの?そっちからは、捜すことってできないの?」


『この世界に入り込んだ人間っていうのは、大体こっちの〈探知センサー〉で探せるもんなんだけど、彼女の場合、乙夏のところに来てからの痕跡が、全く掴めないんだ』


「じゃぁ、捜しようがないじゃん!一体どうしろっていうのよ!?」


 期待外れな回答に、七月はまたもやあずみに食ってかかる。困ったあずみは、


『そんなこと言われたってぇ…』


と頭を抱える。


「センサーに、引っかからないってことですか?」


 あずみと七月のやりとりを聞いていた建は、ふと、そんな疑問を投げ掛ける。


「そういうことになるねぇ」


「とにかく地道に捜すしかないようですね」


 落胆する七月に、リンは元気付けるように言うが、それが果てしもなく困難なことだと、リン自身も感じていた。全く手掛かりがないのでは、この広い神代町内を歩き回ったところで、結局は見つかりっこないだろう。


「故意に消された、ということはないですか?」


「!!」


 建の言葉に、「もしかしたら」の可能性を賭けて、七月たちにこう言った。


『あのさぁ、七月ちゃ~ん。もしかしたら、彼女の足跡は何かの力で故意に消されてるかもしれないんだよ。それを調べてみるから、もう少しだけ、捜してみてくれるかなぁ?』


「じゃ、もしかしたらそっちで何か分かるかもってこと?」


『あまり期待はしない方がいいけどね~』


「分かりました。では、何かそちらの情報が入ったらお願いします。七月、行きましょう」


 リンが七月の背中を押すと、七月は仕方なく歩き出す。


「あんなこと言って、本当に大丈夫なんですか?」


 いささか無責任そうなあずみの発言に、建は怪訝そうに聞くが。


「でも、ヒントをくれたのは君だよ?ここはゲームの中だからね。誰かが「故意に」自分の足跡を消すことなんて、難しくないと思う」


 一応このゲームの基礎知識を新堂から聞いていたあずみは、この中で起こっていることが、「現実」でありまた「仮想」世界であること位は、わきまえているつもりだった。


「〈誰か〉が故意に足跡を消したということは…見つかるとまずいから、とか、この世界とは違うものが入り込んだから、ここのセンサーに引っ掛からないとか…。色々考えられますよね」


 建が色々と推量を働かせる。


「見つかるとまずいところに、何でわざわざ入り込むのさ?!もしそうだとしたら、不法侵入だよ!?」


「…ハッキング、ってことですかね」


「…ハッキング!?」


 その言葉に、あずみははっとした。ついさっき、「藤守ミサヲ」が、このDW世界にハッキングして侵入している、という情報を、自ら新堂や東城に報告したばかりだった。

もしかして、もしかすると…「藤守マリア」は、「藤守ミサヲ」にナビゲートされ、この世界に入り込んだ、という仮定が出来る。


「そういうことだったのか…」


 あずみは表情を曇らせる。そこへ建が、


「そうだとすれば、ハッキング先を追跡すれば、侵入者は見つかるはずですね。やってみますか?」


と、当たり前の提案をする。


「…そ~だねぇ~…やってみようかぁ~…」


 あまり乗り気でないあずみと、プログラムを見られる、という期待でわくわくしている建が、コンソールの前の椅子に座り、数々のモニターとキーボードに向かった。


「はぁぁ~膨大な量だねこりゃ~」


 やってみよう、とは言ったものの、見ただけでその意気込みが挫けそうな、あずみであった。




「あ…あれ…」


 神代町の繁華街に差しかかったとき。七月が、遠くに「見覚えのあるような」人影を見つけた。


「さく…や…?」


 自分の大親友、「八百威咲夜」に似た影を、偶然発見したのだった。


「まさか…」


 自分の目の前で惨い姿を晒されていた人間と同じ人間が、そこにいる、というのは、全く信じがたい事実だった。


「…乙夏が言ってた…咲夜に似た女だと…」


 動揺して、言葉が上手く繋がらない。七月は、半ば混乱したまま、


「リン…あの女を…追って…」


と、12~3m程離れた女性を指さした。


「分かりました。七月は、後からついて来て下さい。私が先に行きます」


とだけ言ってリンは、その場所から「目に見えない速さ」で彼女の近くまで移動した。


「すご…」


 一瞬で目の前から消えたリンを、呆気に取られながら見送り、次にリンの姿を確認出来た地点まで、自分も移動することにした。




 一方、膨大な量のプログラム画面を前に、あずみはほとんど匙を投げかけていた。


「こんなのどうやって解析しろっていうの~!?」


「通常のプログラムと違う箇所を探し出せばいいんですよ」


「それは分かってるけどぉ~!なんでこんなに難解なのさってことだよぉ~!!」


 建は楽しそうに、沢山のプログラム画面を次々と追っている。

そして。


「…ここ、変ですね」


「?どこどこ?」


 建がふと、あるプログラムの画面をあずみに見せる。


「このコンピューターでは認識されないパターンが入り混じってるんですよ。誰かに変えられたような…」


「…あ…本当だ…こんなの、見たことない」


 そこには、見たこともないような言語パターンが巧妙に隠されていたのだった。


「こんなことが出来る人間なんて、そうそういないですよね」


「でも、あの人なら、出来るはずだよ…」


 元PPT社「技術開発部三課」に所属していた、藤守ミサヲなら…

 そうは思っても、確証がまだない。もし本当に「藤守マリアが、ミサヲにナビゲートされている」ならば、その証拠を、新堂や東城に見せる必要があるからだ。


「もう少し調べてみないとね。たっくん、付き合う気、ある?」


「今度はその呼び方ですか?いい加減にして下さいよ。…まぁ、付き合いますよ」


「ありがとぉ~!」


自分を“たっくん”と呼ばれ、少々気分を損ねたようだったが、建は、もう少しだけあずみに協力してやろうと思っていた。



 

 藤守マリア、らしき影を見つけたリンは、そろそろと接近する。

一方のマリアも、何者かの気配を感じ取り、振り向く。


「…見つけましたよ」


 近くにいる七月に、リンは小声で教える。


「あれ…やっぱり…」


 乙夏が、咲夜に似た女だ、と言っていた意味がやっと分かった。目の前にいる女性が、咲夜に「似た」というより、咲夜の姿「そのもの」だったのだ。


「間違いないですね。乙夏さんにかけられた〈術〉の匂いがします」


 リンがそう言い終わるか終わらないかのうちに。七月は、藤守マリアに近づき、


「ちょっと。あんたなんでしょ?乙夏を縛り付けた上、私にあんなことしてくれたのは」


と、ケンカ腰に言い放つ。


「あら、七月ちゃん」


 そんな七月を気にも留めず、藤守マリアは、楽しそうに七月とリンの方を視る。


「乙夏を放してやりなさい!いくら何でも、あれは可哀想でしょう?」


「さぁ。それにしても、よく私を探し当てられたわね。賞賛に値するわ」


「そりゃぁもう大変だったわよ!」


 七月にとって、自分の親友に似た人間に、そこまで酷い言葉を浴びせるというのも、いささか違和感があったものの、今目の前に居る人間は、「咲夜」とは別の人間だ、と割り切るしかなかった。


「私を捕まえられたらね。もっとも、“普通の人間”じゃ無理でしょうけど」


「何ですってぇ!?」


 すっかりからかわれた形になった七月は、逆上して藤守マリアに掴みかからんという勢いで彼女に近づいた。


「人にあんなことしといて、お詫びの言葉もないなんて、随分な話よね」


「あぁ、あれね。ちょーっと()的に面白かったから、いたずらしてみたのよ。それにあなた可愛いんだもん」


 藤守マリアは全く悪びれる様子もなく、楽しそうに七月に言いのける。それを見てますますムキになる七月を、おちょくらんばかりの口調で。

 こいつ、自分の親友だった咲夜に、似ても似つかない性格をしている、と七月は思った。彼女は、やはり「藤守マリア」という全く別の人間だと、自分の中で確定した。


「乙夏を放しなさい!」


「嫌って言ったら?」


「力ずくで引っ張っていく」


「出来るのかしら?」


「私には出来ないけど、この子になら出来るかもね」


 と言って七月は後方にいるリンの方を振り返る。

 藤守マリアは、尖った耳に赤い瞳と赤い髪、という、一見して“人間”ではない姿のリンを一瞥する。


「ふぅん、この娘ねぇ。確かに」


 軽く笑って、次の瞬間。


「じゃ、捕まえてごらんなさい!」


と高々と言って、その場から消えるように後ろへ跳んだ。


「ああっ!」


 その人並みならぬ跳躍力に、一瞬驚く七月だったが、慌てて後を追おうとして、


「大丈夫です、七月。私が行きます」


リンに制止される。そして、彼女もまた、一瞬にしてその場から姿を消した。


「ほえー」


 続けざまに起こった超人的な現象に、七月は暫く呆気に取られていたが。

 藤守マリアを追うのはリンに任せよう、ということにして、


「ちょっとぉ!見つけたわよ!そっちはどうなのよ!?」


と、ナビのあずみに向かって叫ぶ。



「うわぁっと!」


 いきなり大声で呼ばれて、びっくりしながらあずみは、七月達の映るモニターの方を注視する。


『あぁ~、見つけたのぉ!?』


 本当に見つけられると思っていなかったあずみは、慌てて別のモニターを、自分の見える位置に移動する。そこには、自分が送り込んだリンの姿と、彼女が追っている目標「藤守マリア」の姿があった。


「この子だねぇ~?サタンの追っているのは」


 すかさず目標の人物に焦点を当てて、追跡のための〈探知センサー〉を設定しようとする。

しかし、二人の動きがあまりに速すぎて、なかなか焦点が定まらない。リンの姿を追うモニターの端々で、辛うじて藤守マリアの姿を確認出来るだけで、彼女の動きが掴めないのだ。


「えぇ~!?どうしよ~!?速すぎて捕まえられないよぉ~」


「追いかけるのは〈サタン〉に任せておけばいいんです。彼女には、追跡カメラが搭載されていたはずですよ?」


「あっ!そうか~!」


 建の一言で、あずみは〈サタン〉もといリンの体に搭載された追跡カメラの映像を映し出そうとして。


「…?…」


待てよ、とあることに気が付いた。

〈サタン〉は自分が開発したもので、この課にいる人間ですらもそのスペックは知らないはずなのに、何故〈部外者〉である建がそんなことを知っているのだろう…。疑問に思ったのだが、ここでは必要以上の話は〈機密漏洩〉につながる。そんなことを恐れて、あずみはそれ以上そのことについて口を開かなかった。

一方の建も、言ってしまってから、「しまった」と思っていた。これ以上この〈エンジェルタイプ〉について色々知っていることが分かられたら、自分が〈極秘事項〉の〈サタンプロジェクト〉に関わっていることも感づかれてしまう…。

しかし建の複雑そうな表情の横のあずみは、さっきのことなど気にも留めていないような風だった。この人がこんな人で助かった…と、密かに胸を撫で下ろす建であった。


「はい、追跡カメラの映像、出たよ~」


「どれどれ」


 リンが必死で追っている藤守マリアの映像が出た。


「こいつかぁ~!この子の侵入先を辿ってみれば、何か分かるんじゃないかなぁ?」


「そうでしょうね、恐らく」




 一方、マリアとリンは。

 目にも止まらぬ速さで逃げるマリアを、リンが同等の速さで必死に追いかけている。スピードでは決して劣っていないはずなのに、マリアを捕まえることが出来ないのだ。

 マリアは息ひとつ切らさずに、追いかけてくるリンをかわすように逃げる。逃げる、というより、まるで鬼ごっこを楽しんでいるかのようだった。

 しかし、マリアは、乙夏が捕まっている倉庫から離れたところにリンを逃そうという魂胆があった。それでリンには気付かれないように遠くへ逃げていたのだった。





 一方、取り残された格好となった七月は、


「ちょっとぉ!二人は今何処にいるのさぁ!」


と、ナビのあずみを呼び立てる。


『あ、あぁ~!?そうだったぁ、二人の現在位置確認だね?』


「そうですとも。あの人たちが何処にいるのか分からなければ乙夏のところに連れていきようがないでしょ」


『えーとぉ・・・』


 あずみがDW内のマップ画面からリン達の現在位置を確認し、


『今ねぇ~、西の方に向かってるよ。正確な位置を今割り出すから、西の方に向かっててくれる~?』


「はいはい、分かりましたよ」


 また当てもなく捜し回るのか、とうんざりしながらも、一生懸命マリアを追いかけてくれているリンのことを思い、とりあえず言われた方角へと歩き出すことにした。




DWの詳しい地図…とあずみが探しているうちに。

 建が。


「そろそろヤマ場のようですよ」


と声をかける。

 あずみが追跡カメラに目を遣ると。



「…そろそろ観念して下さい…。もう、逃げ場はありませんよ…」


 マリアを行き止まりまで追い詰めたリンが、マリアにそう告げる。


「ここまでまぁ、〈あなたにしては〉、よく頑張ったわね」


 半ば、いや殆ど嫌味としか聞こえない言葉を、リンに浴びせる。

 しかし、言われる理由は分かっていた。リンは自分でも自覚している通り、マリアを追跡するために、自分の能力の限界いっぱいまで力を使ったので、すでに身体や感覚その他の器官が軋みはじめていたのだった。体からは、きし、きしと機械音が聞き取れるほどになっており、見た目も、煙が立ちのぼる位、諸器官がショートしているようだった。


「確かに…でも、私は私の責務を果たすまで、こんなところで力尽きるわけにはいきませんから…」


「でも、その体じゃ私にとどめは刺せないわよ?」


「あなたを乙夏さんのところへ引っ張っていくまでは死んでも死にきれません」


 リンは既に、自分の最期・・・“使用不能”になるときを覚っているようだった。


「あら、そう。でも、この状況からどうしようっていうんでしょうね?」




『七月ちゃん!急いで!サタン…リンが彼女を追い詰めたんだよ!』


「どこよ!?」


『駅の近くの〈象岩パーキング〉だよ!』


「ならここからそう遠くないね!分かった、すぐ行く!」


 七月は、リンが無事でいること、マリアを今度こそ捕まえて乙夏のところに引き摺っていってやろう、という思いで、息を切らしながらも目的地に向かってひたすら走った。





そして。

 七月が目的地に着いた時には。

 マリアの片腕を掴んだまま力尽きそうになっているリンと、それを冷めた表情で見ているマリアの姿があった。


「彼女…よく頑張ってくれたけど、そろそろ活動限界のようね」


 体の至るところから、機械がショートするような音と、白い煙を上げているリンの姿を、七月はもう、直視することが出来なかった。


「七月…私の責務は果たしました。彼女を、乙夏さんのところへ連れて行って下さい」


「分かった…有難う…有難うね、リン」


 涙目になりながら、リンをマリアから引き離し、替わりに自分がマリアの腕を思いきり掴んだ。


「さぁ、大人しく私と一緒に来てもらいましょうか」


 七月の厳しい表情と、自分の手を掴む強さに、マリアは驚いたような顔をして、黙ってしまった。


「七月…名前…つけてくれて有難う…」


「リン、喋らないで…大丈夫だから!…ねぇ、もういいでしょう!?リンを、回収してあげて!このままじゃ可哀想よ!」




『………』


 リンの傷ましい姿を見たあずみ達も、言葉が出なかった。


『分かった、回収するよ』


 小さくそれだけ言って、あずみはキーボードに向かい、何やら打ち込みだした…のだが。


 突然、大きな警告音とともに、画面が赤く点滅しはじめた。


「な、何!?」



〈システムエラーです。このプログラムは、不正なものとしてリジェクトされました〉



無機質な音声が大音響で流れる。


「や、やばいよ~~!!これじゃ真たちにばれちゃうよ~!!たっく~ん、どうしよ~!?」


「…自分で撒いた種じゃないですか」


 慌てうろたえるあずみに、しれっとして答える建。


「おそらく、回収不能ってことでしょうね」



 慌てふためくあずみに、さらに追い討ちをかけるように、不幸は続く。

 ナビゲーションルームの異常に気付いた新堂が、


「何事だ!?」


と駆けつけてきてしまったのだ。


「………」


 何て言い訳しよう……と、あずみはクビ覚悟で新堂の前に立つのだった。



「リン…」


〈回収不能〉となってしまったリンは、ついに力尽き、瞳の赤い光すら失った。

 体の全ての機能が停止し、ただの〈人形〉と化したリンのボディはその場に崩れ落ちる。

 涙をぼろぼろ流しながら、リンの〈最期〉を看取った七月は、それ以上何も言わず、藤守マリアを引っ張って、乙夏のいる倉庫へと歩き出した。マリアは、険しい表情を崩さない七月に、これ以上抵抗は出来ないな、と思ったのか、七月に引っ張られるままに歩き出す。

気が付くと、東の空がうっすらと明るみはじめていた。

また、〈不安な一日〉が、幕を開ける…。





(第六話『夜明け前』 了)

ぷらいべーと・おふぃすの皆様によって紡がれた第六話、如何でした?

先のサタンの活躍、藤守マリアと東城の関係は?

先が気になる展開になってきたかな~と。

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