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第四話『あまねく悪魔の住まう城 』

記録 御名神(みなかみ) あずみ



「もう!なんなのよ、あの〈乙夏〉ってコはっ!」


 ディスプレイに向かってヒステリックな声を上げたのは、現在〈房森陽洸〉のナビゲーターを務める倉本奈那美であった。しかし、現在の乙夏=モードニスのナビゲーターを務めるのは東城神詞であり、彼女に割り込まれたカタチとなった東城は完全に頭に血が上っていた。


「ふざけるな!

 今のナビは俺だ!

 勝手に他人の被験者にアクセスするんじゃねぇ!」


 コンソールに両手を叩きつけるように立ち上がると、東城は円卓の対岸にいる奈那美に中指を立てた。


「…………」


 しかし奈那美は何事もなかったかのように、再び〈房森陽洸〉の動向に目を向けていた。


『このアマ…』


 東城は立てていた中指を拳に変え、ぷるぷると震わせた。今にも彼女に殴りかからんと大きく振りかぶってみせるが、いかんせんディスプレイとコンソールを並べて円卓を作り出しているため、彼女のデスクに手をとどかせるにはDWナビゲーションルームを半周しなければならなかった。

 しかし、当然のように東城はそうしなかった。

 彼女の反応はいつもの事だし、それにいちいち腹を立てるのも馬鹿らしい事だと分かっているのだ。だが、ストレスのはけ口が欲しいのも事実である。ひとまずDWシステム主任の新堂真に話題を振る事で気分転換を図った。


「おい、新堂よぉ~

 藤守(ふじもり)の件はどうなった?」


 東城が新堂の下についた条件である、藤守ミサヲ捜索の状況を訊ねるが、隣のデスクで別な〈誰か〉を見つめていた新堂は、一度だけ東城を見ると再びディスプレイに目を落とし、出入口の自動ドアを指さした。

 正直なところ、新堂のこの反応にも苛立ちを感じた東城であったが、大人しく新堂に従いドアを向くと、あまりにもタイミング良くドアが開いた。


「真ぉ~!」


 脳天気に新堂の名を呼んで入ってきたのは、〈御名神あずみ〉。DWシステム開発メンバーの一人であると同時に、新堂の幼なじみという曖昧な位置にいる女性である。

 その彼女の登場に唖然とした東城に対し、敏感に反応したのは奈那美であった。


「御名神さん!

 新堂主任はアナタの上司なのよ、せめて名字で呼ぶとか出来ないの!」


 奈那美は明らかに苛立っていた。その原因は幼なじみとして新堂とあずみが共有の時間を持っている事にあるのだが、東城は気付いていても当の本人らは気付いていなかった。だからこんなにも軽く答えられるのだ。


「ごっめ~ん!

 ボク、急いでいたから…」


 それだけ言うと、あずみは新堂に駆け寄り一冊のファイルを手渡した。


「はい、藤守ミサヲの捜索結果がでたみたいよ。」


「ほんとか?

 本当に分かったんだな!」


 それに返事をしたのは新堂ではなく、横から東城が顔を近付け詰め寄ってきた。

 あずみは眉をしかめ新堂に目で助けを求めたが、ファイルに目を通しており、それに気付かなかった。


「真ぉ~」


 あずみがすがるような声になってようやく新堂は腰を上げ、東城の肩を叩いて休憩室へいこうと促した。


「あずみ、東城の…」


「おっけぇ~

 乙夏君だよね~」


 解放されたあずみは新堂の頼みを遮り、以心伝心よろしく東城のデスクに腰を下ろした。


『さ~て、まずは自己紹介かなぁ~』


 余り楽観的ではない乙夏の状況を前に、あずみはひたすら脳天気だった。



   ☆   ★   ☆



「さて、まずは自己紹介かな。」


 その言葉が闇よりこぼれ出たとき、RPGで鍛えた勘を働かせて遠回りで神代医科大学へ向かった事、それを今更ながら後悔した。いや、すでにタコ殴りにされた事で十分過ぎる程後悔はしているのだが……


『クソッ!

 ゲームならもっと痛くなく作れよな!』


 自分の置かれた状況もわきまえず、というか否認したいのが今の心情だろう。例えゲームと分かっていても、自分が惚れた女の死に顔を見るのは余りいい気分ではない。むしろ、生々しすぎて吐き気すらもよおす。だが、それすらさせてくれないのがこのゲームのストーリーらしい。


『あぁっ!先を越されたっ!』


 乙夏の頭に直接誰かの言葉が流れ込む。乙夏は、三度ナビゲーターが変わった事に気付いたが、あえてそれを無視した。


「誰だよ、オマエ…」


 芋虫よろしく両手両足を縛られこの上無く格好悪い姿の乙夏は、闇に紛れている女に向かって唯一束縛されていない口を出す。すると、はゆっくりと闇から顔を出し、転がる事しかできない乙夏の眼前にしゃがみ込んだ。


『オイ、ミニでしゃがむな!中が見えてる…』


 正直、嬉しい誤算であった。しかし悲しいかな、芋虫乙夏はスカートの中を見る事は出来ても手を出す事は出来なかった。


「いつまで見ててもおあずけよ!」


 今更ながら、しかし聞き覚えのある声と同時に平手が飛んで来ていた。平手が乙夏の顔面をとらえたインパクトの瞬間、女の指の間から彼女の右太股の内側に蛇のような痣があるのを見つけてしまった。それは最近になってようやく知った、彼女の親も知らない共通の秘密、乙夏と彼女の秘密……


「咲夜?」


 倉庫の窓から漏れる月明かりに妖しく照らし出されたのは、艶やかな笑みを見せる八百威咲夜の姿であった。


「元気……でもないかな?

 乙夏=モードニス君?」


 言うと咲夜は乙夏の腹部、しかも昨日刺された辺りを無造作に指でつついた。


「かっ…」


 刺され、縫合、抜糸もまだ……

 昨日の今日で傷が塞がるわけもなく、いつの間にか服に血が滲んでいた。


『うえ……

 ナンか、腹がまた痛くなってきた…』


 正確には病院でいつの間にか射たれた痛み止めが切れたうえに、傷が開いたのだ。ふらふら歩き回った挙げ句、タコ殴りにもあっている。普通、至極当然のことである。


「あらら…傷、開いちゃったね…」


 言いながらも、咲夜は血の滲み出している位置を的確にとらえ、彼女の人差し指を朱に染めながらつつき続けた。


「さ、咲……やめろ……」


 痛みに対する耐性は皆無に等しい乙夏であったが、〈目の前に咲夜がいる〉と言う本来あってはならない事象に救いのようなものを感じていた。

 だが、それは次の一言で現実に立ち戻された。


「あ、自己紹介まだだったよね。

 私は……〈藤守まりあ〉よ。

 ちなみに君をボコボコにしたANGELUSは壊しといたわ。

 まぁ、私が壊すまでもなく頭部が破損していたけど…」


 しかし、乙夏は聞いていなかった。いや、聞けなかった。激痛によりすでに意識がとんでいたのだ。


「あれ?

 しょうがないわね……せっかく七月ちゃんと相部屋にしてあげたのに……」


 まりあが乙夏から脇に目を移すと、安らかな寝息を立てる湊七月の姿があった。彼女が乙夏と違う点と言えば怪我をしていない事と束縛されていない事か……

 そんな二人を交互に見比べ、まりあは何事かを思いついたといわんばかりに手を叩き、乙夏の束縛を解いた。


「ん~制服を破っちゃ可愛そうかな?」


 まりあは人差し指を唇に当てて呟き、幸か不幸か制服姿だった七月の、前とスカートをはだけさせた。お世辞にも大きいとは言えない胸を寄せているブラジャーはどうしようか、とまりあは悩んでみせたが、フロントホックに気付いた瞬間、迷わずホックをはずしていた。

 小振りだが形のいい胸が露になり、まりあは乙夏に触らせてあげたいというささやかな衝動にかられ、七月の股を開かせるとその間に乙夏を配置し、七月の腹を枕にするようにうつ伏せに寝かせた。


「くすくす…あらあら乙夏君!Hなことをしちゃ駄目だぞ!」


 いたずらっぽい笑みを浮かべ、まりあは倉庫から出た。


「さぁ、警察が来る前に逃げきれるかな~?」


 七月に覆いかぶさる乙夏の図が月光に照らされた倉庫に、鍵のかかる冷たい金属音が木霊した。同時に、無意識に浸かってしまった乙夏の頭には、ナビゲーター御名神あずみの声が虚しく響いていた。


『ボクの名前は御名神あずみ~!

 ねぇ?聞いてる~?も~し、もぉ~し?』



   ☆   ★   ☆



 同時刻、神代医科大学の救急救命棟にあるICU。そこに一組の男女が寝かされていた。彼らはスパゲッティ症候群さながらに、何本ものチューブが点滴液や尿パックと体内を繋いでいた。


「房森陽洸……

 それに、〈名無しの美少女A〉?

 ふふ……洒落のつもりか?」


 看護婦姿の者が一人、彼らのベッドの傍らに立っていた。その口調は女性というには姐御肌過ぎる感があり、可愛いと言える童顔な彼女には似つかわしくないものであった。

 彼女は笑みを浮かべたまま、静かに機動音を立てている医療機器、しかも人工呼吸機の停止スイッチに手を伸ばそうとした。


「おい、さくら君!」


 突然の声に彼女は無表情に戻り、振り向いて何者かを確かめた。

 全身を独特な緑色をした滅菌衣で包み、滅菌キャップとマスクまでしている。声の質からして二〇代後半の男性であろう。彼女はそこまで判断すると、低いトーンで何でしょうか、とたずねた。


「おいおい、疲れてるのかい?

 ICUに入るなら滅菌衣着用が義務ってものだろう。MRSAとかの院内感染で五月蝿いからね。バレたらマスコミの恰好の餌だ。

 それでなくても医療ミスとか、新薬の人体実験疑惑とかで目を付けられてるんだから…」


 まくしたてる男に、さくらと呼ばれた彼女は大人しく従ってみせたが、それも一瞬の事。着替えてこいと促され、広くない通路をすれ違うと同時に硬質化させた指で男の頚を狙って突き出した。しかし、彼女の指は男にとどかなかった。


「なにっ……」


 逆に男に腕を突き上げられ、軌道が逸れた指は天を仰いだのだ。

 同時に、男は両手で彼女の腹部に掌打を叩き込んだ!


「ぐふ……」


 壁まで弾き飛ばされた彼女は激しい音を立てて床に突っ伏した。


「ふむ……

 乙夏の姿のままじゃICUに入れないから、ナースに化けたってところかな?

 だが、化けるならその対象についての一般常識はもっていた方がいいな。」


 男は言うと、彼女を抱えICUの外に連れだしたのだった。


『さて、こいつを何処に捨てるかな……

 いや、こいつもANGEL同様〈あれ〉が埋め込まれているとしたら、抜き取っていた方がいいのかな?

 念のために……』


 男は空いている手でポケットに手を入れると、昨日要石で手にいれた二個の水晶球を取りだした。


『所詮複製、前後不覚に息の根を止めるなど……』


「無粋……だな。」


 男は二個の水晶球を握り砕いた。それが光となって床に落ちたとき、男とナースさくらの姿をしたそれは忽然と消え去った。

 そうして意識の無い房森とQZL‐BMWLは、敵が現れた事にすら気付かぬまま、ひとまずの危険を回避したのだった。



   ☆   ★   ☆



 現実世界のDWナビゲーションルーム、その中にある休憩室では、新堂が東城に〈藤守ミサヲ〉の捜索報告書の内容を語っていた。


「単刀直入に言うと……彼女は生きている。

 しかも、どこからかDWシステムにハッキングし、DWゲーム内の人物の誰かをナビゲーションしている節がある。」


 それは東城に大きな衝撃を与えた。ミサヲが余りにも近くにいたこともそうだが、自分に何も言わず去った理由がDWシステムにある事を悟ったからだ。


「新堂……

 俺達、何をやってるんだ?

 ミサヲがハッキングしてまで何かをしなけりゃならない事なのか?

 新堂……?」


 それに新堂は言葉少なに呟いただけだった。


「もう少しだけ、付き合ってほしい……

 ここに棲む〈悪魔〉の首に〈俺達の剣〉がとどくその刻まで……」


 言った新堂は立ち上がり、ポケットから取りだした写真を見つめながら休憩室を後にしたのだった……



(第四話『あまねく悪魔の住まう城』了)

再び雨宮が執筆いたしました。

皆さんの作品を回収して、次の方に渡す前に読んでしまったのが運の尽き。

創作意欲がむらむらとし始め、とうとう第四話を横取りしてしまいました。

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