第一話『目覚め』
記録者 新堂 真
『西暦一九九九年、長年話題となっていたノストラダムスの大予言が現実となると言われてきた年だ。しかし予言ははずれた。大小様々な災害は起こったが、恐怖の大王と言うには小さな出来事だった。
そして西暦二〇〇〇年一月五日、二〇〇〇年問題も何処吹く風と、恐怖の大王=大災害をノストラダムスの狂信者が人為的に起こそうとした。
だが、それはきっかけに過ぎない。
おそらく世界の大半の人間が心の何処かで信じた崩壊のイメージが集まり、もう一つの世界が形作ってしまったのだろう。
世界は二つに分岐した。
物理的な世界と、個の精神が影響を及ぼす世界に・・・・
これから語られる物語は、新たに現れたもう一つの一千年なのだ。
そう、世界は今、ヒトの心の力で壊れようとしていた・・・・』
〈ぱんでもにうむ・ぷれぜんつ〉と漫画の様な丸字で表示された後、ミレニアムと騒ぎ立てていた一九九九年から二〇〇〇年の映像が瞬間的に差し込まれる画面をバックに、このテロップが流れていた。
「ハハ・・・・ありがちな設定・・・・」
彼の第一声はそれだった。
彼の名は〈乙夏=モードニス〉。冬休みの終わりと同時に一七歳になる予定の〈神代高校〉の二年生だ。彼女にフラれ、幼なじみに文字通り引きずられて連れて来られたと言う経緯を持つ人物である。当然、高額のアルバイトとしか聞かされていない。
『まぁ、テスト用のストーリーだから我慢してくれ。』
「どわっ!」
乙夏は声を上げ、大袈裟に驚く。
それもその筈、声は突然乙夏の頭の中に響いたのだ。
『そんなに驚くなよ・・・・
俺は今回のナビゲーター、新堂 真だ。』
そう、乙夏はすでに〈DWゲーム〉のテストプレーと言うアルバイトに投げ込まれていたのだった。
「あ、俺は・・・・もとい!
私は乙夏=モードニス。今回採用された・・・・」
何もない空間に向かい、しゃちほこばって自己紹介を始めた乙夏を新堂が遮った。
『そう、俺が採用した。
他にもいるけど、ゲームの中で味方として出会えればいいね。』
はぁ、と気の無い返事を返す乙夏を気にも止めずに、新堂は先を進めた。
『では、まずはこのDWゲームについて説明します。』
突然事務的な口調になり、説明がはじまった。
『基本的に、この世界では何でも出来ます。
自らの意志の力が全てを可能にする世界・・・・
そう、認識していて下されば結構です。
ただ、今回はテストプレーと言う事もあり、ストーリー的な物を用意しております。
それに沿ってゲームを満喫するもよし、ストーリーから全く離れて生活するもよし!
なんなら、彼女をつくって結婚してくれてもOKです。
あとは・・・・いいや、説明終わり。』
「ちょっと待て!〈いいや〉ってのは何だ!」
新堂の言葉にうんうん頷きながら説明を聞いていた乙夏だが、突然、しかも中途半端に説明が終わり抗議の声を上げる。
しかし、新堂は聞く耳を持たなかった。
『百聞は一見に如かず、百見は一行に如かず。
ゲームを始めりゃ分かる。
では、ゲームスタート!』
「ちょっと待て!俺は止めるぅ~!」
かくて、ゲームは始まった。
☆ ★ ☆
「俺は止めるぅ~!」
乙夏は、叫び声を上げると同時にベッドから転げ落ちた。
床がフローリングであるにも関わらず、音も無ければ身体に痛みも無かったもは、良く干されたふかふかの布団のおかげと言う事か。
寝ぼけ眼を擦りながら周囲を見回すと、散らかったテーブル、その奥にある漫画と教科書が乱雑に詰め込まれた本棚、本棚と壁に挟まれ斜めに置かれたTVとビデオデッキ他オーディオ機器、壁に掛けられた日めくりカレンダー、そこは紛れもなく自分の部屋であった。
「夢・・・・か?」
床に転がった目覚まし時計を手に取り、『また無意識のうちに止めたのか・・・・』などと思いながら時刻を見ると午前一一時をすでに回っていた。
「うっ・・・・わぁぁぁぁぁぁっ!
完全に遅刻じゃねぇかぁぁぁ!」
弾かれる様に飛び起きた乙夏は、慌てて先日寝る前にめくっておいた日めくりカレンダーに目をやると、真っ赤な二三の文字が飛び込んできた。
そう、今日は一二月二三日木曜日、天皇誕生日で祝日だったのだ。
「は・・・・はは、今日は休みじゃねぇか、大馬鹿ヤロ~が!」
焦った自分に腹立たしくも、休みで良かったと言う安堵感とが混在し、今は笑う他無かった。
しかし、その安堵感はあっさりと消し飛んだ。カレンダーに書かれた、いや、自分で書いた言葉を見つけた事で・・・・
「ん・・・・〈今日はデート〉?」
言葉を声にした瞬間、乙夏は凍り付いた。
固まって動けなくなった身体と同様、頭の中は〈今日はデート〉と言う言葉がぐるぐると回り、思考が停止していた。
「ノォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
彼女との約束の時間は一一時。すでに遅刻といえる状況だ。
『まだ間に合う・・・・か?』
一縷の望みに全てを懸け、乙夏は慌ただしく着替えを済ませるとがらんどうな家を飛び出した。両親が外国暮らしというのは何かと便利だが、こういう場合は別だと乙夏はしみじみ感じていた。だが、そんな事に想いを馳せている暇もないのだ。
「くそっ!
こんな事なら〈要石〉なんかで待ち合わせするんじゃなかった!」
翌日はクリスマス・イヴと言う事もあり、乙夏は彼女〈八百威 咲夜〉との待ち合わせに神代駅南口広場の待ち合わせスポットである〈要石〉を選んでいた。
いつもは乙夏宅の近くを流れる〈泣沢女川〉を渡ったマンションから咲夜が迎えにきてくれたのだが、「今日くらい」などと口走って待ち合わせをしてしまった事を乙夏は今更ながら後悔していた。
「あぁぁぁぁ~!
このままじゃぁ夢が正夢にな・・・・・・・・る?」
今時珍しく自転車に乗れないと言う特技のため、自分の足で走らざるを得ない乙夏は、なりふり構わず喚いていた。しかし、自分の言ったフレーズに足を止め、来た道を振り返っていた。
『何か・・・・おかしい。
この道、見覚えがある・・・・』
乙夏にとって、この町の風景はいつもと変わりがない。しかし、何かが違っていた。
既視感・・・・
そんな言葉が乙夏の中に漠然と浮かんできた。
だが、乙夏は思いも言葉も打ち消した。
「んなワケねぇ~か!」
乙夏元来の真剣味の無い性格が、自分が感じた素直な、そして正確な感覚を殺していた。
そのため、乙夏が肝心な事を思い出すのはまだ後の事となる。
☆ ★ ☆
乙夏が駅の北口に着いたときには、すでに一一時一五分を廻っていた。
神代駅はさして大きな駅ではないが、大層な駅ビルの内部にあるため、二階の改札口に入るには北と南を繋いでいる、通称〈伊賦夜通り〉を抜けなくてはならなかった。
「ここを、抜ければ、要石、だ・・・・」
息が完全に上がってしまい、肩で息をしながら上る階段は、乙夏に何百段にも感じさせていた。人通りの多い伊賦夜通りでありながら、誰一人として乙夏を気に止める人がいないのは好運なのか、社会が不幸なのか。どちらにせよ、急ぐ乙夏にとっても他人を気にする余裕はなかった。
だが、急ぐときほど妙な奴に捕まるものだ。
女子高生がすれ違いざまに、走る乙夏の腕を掴み引き留めたのだ。
引き留めてきた彼女は、後ろで髪をまとめ、活動的な雰囲気を見せる。基調となる千歳茶に純白の襟と緋色のリボンが映える制服を着ており、チェックのスカートはかなりの短さである。神代高校以外の生徒だろうが、そんな事は問題ではなかった。
いつもならラッキーとでも考える乙夏だが、今はそれ所ではなかった。
「放せよ!俺、急いでるんだよ!」
女性には優しく、が信条の乙夏であるが、焦りのため強い口調になっていた。しかし女子高生は手を放すどころか、乙夏を引き寄せ耳元で囁きだした。
「あたしは、Q、Z、L、B、M、W、L、と書いて、QZL‐BMWL。
あたしの本名が分かったら、助けてあげる・・・・」
言うと彼女は乙夏の頬に軽く唇を触れ、「まってる」と言い残して乙夏を解放した。
「おい・・・・」
乙夏はそれだけ言うのがやっとだった。
人混みの中心で、しかも初めて会った女性から頬にキスをもらったのだ。加えて言うなら意味深な言葉、と言うか乙夏には全く訳の分からない事を囁かれている。乙夏は完全に混乱していた。ただ、QZL‐BMWLと名乗った彼女の後ろ姿が心に焼き付いていた。
「なんなんだ、あの女・・・・」
「なに?あの女!」
自然と口を突いて出た独り言に知った女性の声が連なってきた。
その声に乙夏の身体は素直に反応した。一瞬で背筋に冷たいものが流れてきたのだ。そして振り返るより速く、背後から乙夏の首が絞められた。
「今日はデートのはずよねぇ~
な・ん・で、逆ナンされてる暇があるのかな~
ん~?」
当然、乙夏に答える術もなく、苦し紛れに腕を振りほどく事がやっとであった。
「な・・・・七月っ!俺をっ殺す気かっ!」
そう、彼女の名は〈湊 七月〉。乙夏の幼なじみの一人で、咲夜と乙夏をつき合わせるきっかけを作った人物である。行動からしても男気質で、制服以外でスカート姿を見た事がないほどである。現に今もジーンズに黒のハイネックシャツ、その上からベストを羽織った姿での登場である。
「そんな事はど・う・で・も・いい!
咲夜を泣かせたら承知しないよっ!」
幼なじみの気安さの中に命令的な感を含ませた口調で投げかけられた言葉に、乙夏は先ほど以上に背筋が冷たくなるのを感じた。
時刻は一一時二〇分を既に過ぎていた。
☆ ★ ☆
「なんでついて来るんだよ・・・・」
伊賦夜通りを抜け、乙夏は七月と並んで南口階段を下りていた。既に乙夏には諦めが入っているのか、足どりは牛歩の如く、と言ったところだ。
「そんなこと決まっているじゃない!
あ・ん・た・が、頼りないからよ!」
下手をすると唇が触れるのではないかというほどに、七月は乙夏に顔を近付け胸をつついてくる。七月は意識せずにとった行動なのだが、乙夏にはそうもいかなかった。幼なじみとはいえ女性に顔を近づけられる状況には慣れていなかった。しかしそこはそれ、乙夏は強がり、頭突きさながらに七月に額をつけ、さらに胸をつつき返した。
「そっちこそ、その頼りない胸をどうにかしたらどうだ?」
だが、結果は推して知るべし。
「なにすんのよ!この馬鹿!」
乙夏は次の瞬間に階段の一番下で冷たい地面とキスをしていた。
しかし、この二人のやりとりが周囲の目には入っていなかった。階段を下りる人も上る人も、全員が要石の先に注目していたのだ。
南口広場の人という人全てが要石を中心に、一点を凝視するという異様な光景、それに乙夏と七月が気付いたとき、二人の時間は止まった。
「咲夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
乙夏は叫び、同時に七月と二人、走り出していた。目の前に広がる異質な空間に向かって。
そう、二人が出会うべき相手、八百威 咲夜が要石に磔となっていたのだ。十字架のキリストの様に両手足を貫かれ・・・・
それは乙夏にとって全く現実とかけ離れた、別な世界の出来事のような感覚さえあった。
そう思わせたのは、何より磔の咲夜の傍らに佇む二人・・・・いや、二体と言った方が適切か、漫画劇画の様なロボットが槍を構えていた事なのだ。
『いったい・・・・何が起きているんだ・・・・』
この時、乙夏は未だDWゲームの世界に投げ込まれている事に気付いていなかった。
(第一話『目覚め』了)
雨宮が書いた出だしの物語です。
色々な伏線になりそうなことを色々と連ねていますが、後の作家さんを大きく悩ませる結果になったのではないかと思ってもいます。