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最終話『壊れていくこの世界で……』

記録者 新堂 真



 東城神詞が死んだ。


 その現実は皆の心に動揺の風を吹き込み、一瞬その動きを止めさせた。それは、神敵サタンを目の前にして自殺行為であった。しかし、彼は動かなかった。それどころか、完全に硬直しており、吹き抜けホールの天井に開いた大穴を見上げていた。


「うごかねぇなら、攻撃した方がいいんじゃねぇか?」


 直情径行気味の石崎にしては慎重な発言をしている。流石に同僚の死を前にすれば慎重にならざるを得ないが、それでは石崎の持ち味を殺している事になっている。彼だけではない。建の器用さも、倉本の大胆さも殺され、戦いに消極性が見え始めていた。

 そう、新堂らはサタンと対峙しながらも、Aシリーズの攻撃をかわし、また逆撃を加えてその場を凌いでいたのだ。

 よくも七人で凌いできたものだ。


「あぁっ!もう!休みの梨華ちゃんたちが羨ましい!」


 あずみは言いながらも、剣状に具現化されたエーテル・ブレードを振るいAシリーズを屠る。だが、言葉とは裏腹に剣の鋭さは皆と同様明らかに落ちていた。

 だが一人、相も変わらず落ち着き払った人物が、一体、また一体と敵を残骸へと変化させ続けていた。


『わかってはいるが、人の死ぬ姿は嫌なものだな…』


 新堂は思わず東城の名を呼んだ自分を振り返りながら剣を振るっていた。

 しかし、そんな余裕もAシリーズの一体がサタンを攻撃した事で一瞬にして消え去った。

 ジッ!

 雷電が弾けたような音と同時に、サタンに近付いたAシリーズの一体が球状にえぐれたのだ。


「あっぶねぇ~

 攻撃するとああなるのかよ…」


 努めて明るく言ったつもりの石崎だったが、声は完全に裏返っていた。

 同時に、サタンは東城に良く似た声で呟いた。


「わかりました、母上。撒布します。」


「!」


 気付いたのは新堂だけであった。弾かれたように新堂は号令を飛ばした。


「全員集結!防御障壁レベルMax!」


 遅れた者はいなかった。ホール中央に固まり、円形に陣を敷くと両腕を突き出し、更に肩部装甲からアームとシールドを出現させると、全員を包むように半球状の赤い障壁〈ファイヤーウォール=FW〉を出現させた。

 FWの完成と一秒の間も置かず、サタンを中心に何かが撒かれた。


「我に跪け!神に踊らされし愚昧な者よ!」


 それは、目に見える物ではなかった。いや正確に表現するなら、肉眼で認識するには余りに小さな物体であった。


「ナノマシンの撒布?

 ……FDV666!」


 新堂以外で最初に気付いたのは建であった。

 そう、ナノマシンにFDV666ダウンロードプログラムを内蔵し、Aシリーズのボディハッキングをさせたのだ。

 ボディの統制を切断され、Aシリーズの核であるAAが書き換えられるまでにさしたる時間を要さなかった。

 今、この場で三つ巴にあった勢力の二つが統合した瞬間であった。


「どうするんですか、新堂主任。

 このままではこちらが不利ですよ。」


 建の意見は最もであった。そして、新堂に策がない訳ではなかった。だが人道に反する策であった為、一瞬新堂の思考を止めさせてしまった。


「何を今更…」


 新堂は次の言葉を飲み込み、あずみに指示を飛ばした。


「東城の装備にコード0を発信しろ…」


 さしものあずみも、この言葉に表情を凍らせた。


「そんな…自爆コードを出したら、東城君の遺体が傷ついてしまいます!」


 しかし、あずみより速く叫んだのは倉本であった。だがそれも石崎の叱責で掻き消される。


「倉本!どうせ、荷物になるだけだ。

 そんなモンより自分の心配をしやがれ!」


 石崎のこの言葉に激しく反応した倉本は、完全に頭に血が昇っていた。


「東城君の遺体を〈そんなモン〉ですって!

 両手が開いたら覚えていなさい!

 今日こそ貴方の頬が腫れ上がるまで殴ってやるわ!」


 このやりとりにウンザリした建は、落ち着き払って、尊大に言い切った。


「いい加減にしてください。

 痴話喧嘩は後にしてほしいですね。天国なり地獄なりでゆっくりとね。」


「ばかぁぁぁぁっ!」


 咆えたのはあずみであった。


「いい加減にするのは、皆一緒だよ!

 今、ボク達はまとまらなきゃならないんだ!」


 おそらく、新堂と石崎以外ははじめて見たであろう、あずみの怒鳴り声だった。

 そして次の瞬間、サタンの足元に崩れ落ちていた東城のE-9スーツを中心に、音も無く大きなクレーターが出現した。


「真の気持ちを汲んであげてよ…」


 そしてクレーターの中心から衝撃波が疾り、全てを薙ぎ払ったのだった。




   ☆   ★   ☆




 その頃、乙夏は神代医科大学のICUエリアに通じる自動ドアの前にいた。

房森陽洸の意識が戻ったと聞いてやってきたのだが、ガラス張りのそこは、エリア内に菌を持ち込まないよう、滅菌ルームとなっており、当然乙夏が侵入出来よう筈もなかった。


「乙夏!何で病室にいないのよ!せっかく見舞いに来てあげたのに!」


 それはこの二日程、何度も目覚める時に傍にいてくれた幼馴染、湊七月であった。

 乙夏と比べ明らかに無傷な彼女は、いつもの快活さを取り戻しており、制服以外スカートとは無縁なボーイッシュないでたちで立っていた。


「ん…ごめん。」


 素直に謝る乙夏に、〈狐につままれたような〉という表現が似合いそうな素っ頓狂な表情になっていた事を七月は気付かなかった。


「ま、まぁ、わかればいいのよ。」


 それだけ言うと、七月は黙り込んでしまい、妙な沈黙が続いていた。


「オマエら、そういう仲になってたのか?」


 七月の後ろから軽口も滑らかに、ニヤニヤ笑っていたのは伊達甲斐造だった。

ステージとはうって変わって、地味な黒いニットのロングコートに目深に被った同じくニットの帽子。しかし明らかに怪しい、八〇年代の芸能人が好んで使っていたようなサングラスをかけているのが、何処かコミカルな印象を与える。

しかし乙夏は、このズレた感覚の兄貴分に先日激しい怒りを覚えたのを思い出していた。


「そうかそうか、だからライブ前に見舞った時にはキレてたんだな?

 俺はまた、噂の神代病院だったから…

 ほら、怒れる幽霊にとり憑かれてるんじゃねぇ~かと心配してたんだぜ。」


 いつもの甲斐造だった。

 腹を刺された時の甲斐造の姿をした〈あれ〉は、やはりゲームのキャラだったのだろうか、と自分を納得させ始めていた。


 何故だろう。


 乙夏自身、今の自分に驚いている。

 今ならこの世界の全てが見えるような、本質とでもいえる〈何か〉を感じる事が出来るのではないかとさえ思い始めていた。


「もう、止めてよ!甲斐造!

 そんなんじゃ、ないったら…」


 だが、甲斐造の軽口は的を射ていたのかもしれない。いつもの七月であったら平手打ちの空振りで返事をしてきたのだが、今回はそれがなかったのだ。

 それに気付いた甲斐造は、何故か本音を口にしていた。口にし始めたら、何故かそれが止まらなくなっている自分の不思議さを甲斐造自身、感じていた。


「へいへい、わかったよ…

 まぁ、オマエらがくっつくなら俺も大人しく祝福してやるよ。

 ここだけの話し、俺は七月が好きだったんだからな。

 ったく、よ~

 気付くの遅いんだよ、オマエら!

 この、愛の伝道師KAI様が唯一手を出せなかった女が本命だなんてよ~

 あ~あ、こんな事なら気付く前にヤッちまえばよか…」


 パン!


 甲斐造の言葉を遮り、彼の頬から音が響いた。それは静かな病院内を反響していく。


「ばか!」


 七月は顔を真っ赤にさせ、戦慄きながら甲斐造を睨みつけていた。

 そんな七月を見て、甲斐造は『本当に可愛い妹分だ』と自分を納得させようとした。

 甲斐造の頬を涙が流れたが、それが叩かれた時のものか、ある感情のせいなのかは、甲斐造自身にも分らなかった。

 ただ、七月の平手打ちが当たったのが、後にも先にもこの時が始めてであった事に気付いたのはかなり先の事であった。

 そして、乙夏は更なる来訪者を受けることとなる。

 先日出会ったばかりの謎の美形兄妹であった。正確を期するなら、一方的に話し掛けて去っていった事から、すれ違った程度の関係であったが。しかし陶器人形のような無機質な美しさと、先日という事も手伝い、彼らを認識する事が出来た。


「乙夏…モードニスよね?」


 真枝・H・信濃は乙夏に疑問形で話し掛けていた。


「あぁ、そうだ…

 そっちも、一日会わないうちに変わるものだな。」


 七月と甲斐造を割って、兄妹の前に立った乙夏は、兄…真枝・J・尊氏の変化に気付いていた。以前は気付かなかった事が、何故か感覚的に感じる事が出来た。乙夏はようやく実感として自分の変化を受け入れ始めていた。


「っく…そう、よ。

 でも、どうやら肝心なヒトタチが集まってるみたいね。」


 一瞬眉をひそめ、端正な顔を歪ませた信濃であったが、突如慌ただしくなったICUの喧騒に皆の意識が向けられていた。


「とうとう起きたのね、聖母が…」


 音も無く開いた自動ドアに立っていたのは、QZL-BMWL。足元に傅くは光輪と翼を得た房森陽洸であった。




   ☆   ★   ☆ 




「いいのか?サタンが消滅したぞ…」


 未だモニターを続ける藤守ミサヲに、真枝神曲は冷静に、そして口元に薄い笑みを浮かべながら尋ねていた。しかし、藤守はさして困った様子も無く、静かに言った。


「困ったわね。貴重な手駒が無くなってしまったわ…」


 それを見て神曲は呟きながら銃口をミサヲのこめかみに突きつけた。


「相変わらず可愛げの無い女だ…」


 だが、その行動にサタンと同じ笑顔の作り方で、右眼よりも左眼を細めてくすくすと笑い出した。


「何か可笑しい?」


 常に冷静と柔和を美徳としてきた神曲にいささかの苛立ちを覚えさせていた。それを知ってか知らずか…、いや知っていたのであろう。藤守は挑発的に言葉を紡ぎだしていった。


「だって、予想の範囲をでてくれないから…」


 だから男は嫌いよ、と続けた刹那、神曲の拳銃は彼の腕ごと天井へと突き刺さっていた。

 一瞬の出来事に神曲は何事が起きたのか理解出来ずにいた。唯一つわかっていたのは、先程と同じ異臭が鼻についた事だった。


「困った子ね。

 でもありがとう。ママは大丈夫よ。」


 神曲はようやく気付いたのだ。藤守ミサヲのワンピースを突き破り、陰部から血管の浮き出た蒼白な肌の腕が生えている事に…


「くっっ…

 あれは、サタンじゃなかったということか…」


 肘より先が無くなった右腕から、勢い良く血が流れ続ける。だが痛みは無かった。しかし朦朧とする意識は覚醒に辿り着きそうにも無い事を神曲自身感じていた。

 だが、ミサヲは平然と神曲の独り言のような問いに答えていた。


「いいえ、あれもサタン。

 この子もサタン…

 私が居る限り、何度でも生み出せるわ…

 もっとも、あと十月十日もすれば完全体として生まれてくるけど…」


 神曲は、そう言うことか、とだけいうと、その場に崩れ落ちた。


『これが、俺の死に場所か…

 まぁ、いいさ。今後の楽しみは譲ってやるよ、新堂…』


 神曲の肉体は急速に死に向かっていた。いや、正確には肉体は死んではいない。何時の間にか右腕の出血は止まっていたのだ。それだけではない。血肉が蠢き、腕が新しく生えてきていた。黒く、人の腕とは異なるそれが…


「母上、この真枝神曲なる男の精神、死に絶えました。」


 神曲は…いや、神曲の声と姿を持った存在は静かに言った。


「真枝神曲の声で母上とは呼ばれたくないわね。」


 無感情に呟いたミサヲに、その存在はわかりましたとだけ答え、新しい腕で無造作に自分の顎と喉を抉り取った。同時に、肉が盛り上がり、新たな顔と声を彼は手に入れていた。


「いいわね。神詞そっくりよ…」


 真枝神曲の肉体をよりしろとして、サタンは再び現世に生を受けた。


「次は、エイリアス達を屠ってきなさい…」


 ミサヲの言葉に、はいと答え、サタンはコンソールからコードを引き出し、後頭部にあるプラグへと差し込む。


「ダイブ…」


 次の瞬間、サタンはDWゲームの中に在った。


「さぁ、まりあの代わりに乙夏君達を苦しめてあげなさい。」


 再び独りとなった藤守ミサヲは、DWゲーム内にダイブしていた時の〈藤守まりあ〉の表情となって、ころころと楽しげに笑いつづけた。



   ☆   ★   ☆



「聖母が…起きた?」


 信濃の言葉を疑問形で繰り返したのは、七月だった。

 言って、自分でもなるほどと聖母と呼ばれた女性に納得している部分もあった。

 しかし、今の時代に聖母も何もないだろう、との気持ちも強かった。


「そう、聖母。

 天使を生み出す者、人を天使と変える者、救世主を生み出す者…

 メシア=プロジェクトの要、サンタ=マリアよ。」


 信濃の言葉は、一同に更なる疑問符を投げつけていた。だが、信濃の解説が入るより早く、QZLが乙夏に囁いていた。


「私の名前…思い出した?」


 神々しいまでの光を背に携えた彼女を前に、乙夏は身動きが出来ずにいた。それは威圧ではなく、安らぎを乙夏に与えようとしていた。


「アンタの…名前…」


 乙夏は何かを思い出しそうになっていた。脳漿の光の渦の更に奥底が何かを訴えようとしていた。しかし瞬間、七月が叫んだ!


「だめぇぇぇぇっ!」


 七月はQZLにざらざらとした、嫌な感覚を覚えていた。前世というものが在るなら、絶対友達ではなかった、と直感的に肌で感じた事が声になっていたのだ。結果としてそれは的を射ていた。七月はあずみのエイリアスなのだから…


 びくんと身震いさせ、乙夏は我に返った。


 乙夏自身、何かヤバイ、と感じる物があった。安らぎは確かに心地よい。しかし、その心地よさに身を委ねてはいけない、そう感じたのだ。

 だが、それに信濃は抗議の声をあげる。


「なんて事をするの!

 この世界を救うには、乙夏=モードニスが彼女の名前を思い出さなきゃならないのよ!」


 端正な顔を先程以上に歪ませ、焦りの色を見せながら更に続ける。


「いい、アナタ達!

 昨日、サタンが破壊された!

 そしてサタンから核が抜き取られた!

 藤守まりあと名乗った女に!

 最高位の熾天使の核が汚され、堕天してしまった!

 藤守マリアはアンチ=マリア、大淫婦リリスになった!

 もう、時間がないのよ!

 もうすぐ、リリスの身体を突き破って神敵となったサタンが私達の前に来るのよ!

 乙夏=モードニスには、はやく救世主として覚醒して貰わなきゃならないのよ!」


 言い切って、歯を食い縛る信濃に、この場でそれを知らなかった者達の心にある風を吹き込んだ。

〈否定〉という風を。

 七月も甲斐造も、『違う』と心が、いや彼らの形を決定付けている〈魂〉がそう訴えていた。

 それに気付いた信濃は愕然となった。見ているしか出来ない自分に、知っていてもどうする事も出来ない自分の無力さに…


『父さん…』


 祈りにも似た救済を求める信濃の声は、ゴーレム…いや、今は尊氏となった彼は気付いていた。彼ら真枝家で得た尊氏の臍の緒を吸収したゴーレムは既に尊氏そのものとなっていたため、常に意識が信濃とリンクしているのだ。だが、何も言えなかった。意識を共有しているといっても、かつての尊氏の様に兄弟として育ったという経験までは持ち合わせていなかったのだ。

 しかし、祈りは届いた。


 現れたのだ、真枝神曲が…


 ICUの前に立つQZLを護るよう、陽洸は立ちはだかる。

 乙夏らには、一切QZLの身を護る素振りを見せなかった陽洸がとった行動の変化に、信濃は気付かなかった。

 間に乙夏らを置いて、真曲がQZLを見つめていた。

しかしその視線すら気付かずに、信濃は神曲に近付いていった。


「父さん!」


 先程とは打って変わって、安堵の色を見せた信濃であったが、次の神曲の言葉で神曲が神曲ではなくなっている事に気付いたのだった。時は既に信濃に流れる事を許さなかったが…


「どうしたんだい?信濃?」


 この決定的なセリフに身じろいだ瞬間、神曲の右腕が不自然に伸び、信濃の胸を貫いていた。


「ふむ…どうして気付いた?」


 神曲の顔で不思議そうな表情を作ってみせる。


「父さんは、私をハダーニエルと呼ぶわ…」


 言って、信濃の時は永遠に止まった。

 それを確認すると、神曲の姿をしたそれは尊氏に信濃の遺体を放り投げた。

 尊氏が信濃を受け止めると、信濃の身体は光の粒となり、儚く霧散したのだった。


「神の意志を伝える前に神の御許へと還ったか…」


「貴方の手によってでは、ハダーニエルもさぞ無念であったでしょう…

 ねぇ、サタン…」


 神曲…いや、サタンに言葉を返したのは陽洸を控えさせ、一歩歩み寄ったQZL自身であった。


「なに、これからお前達が慰めに行ってやればいいだけのことだ…」


 不敵に笑った彼は、神曲の姿を捨て、現実世界に忠実に自らの身体を変化させていった。

 これから始まる、殺戮という名の宴の為に…




   ★   ☆   ★




 衝撃波はSSH本社ビル一階中央ホールの全てを薙倒し、直径3mのクレーターを中心に平らな世界を作り出した。唯一存在したのは、PPTの面々であった。

 この数日、SSH本社ビルの地下にあるDWオペレーションルームから出れなかった彼らが、ようやくまともに太陽の光を浴び、しばしの休息を取っていた。いや、これからSSH本社ビルの最上階を目指さなければならない彼らは、休息というよりもこれから来る戦いに備えて装備のチェックを行っていると言った方がいいだろう。ただ休んでしまうと死んで行った東城を思い出し、精神的に身動きが取れなくなると誰もが感じていたのだ。今はこれ以上死人を出さないためにも、勤勉にならざるを得なかった。


「準備はいいか?」


 始めに立ち上がったのは新堂だった。さしもの新堂にも疲労の色が出ていたが、スーツのおかげでそれは隠されていた。

そんな新堂に続けと皆立ち上がる。誰も疲労を見せずに。


「まず、状況確認からだ。

 現在我々はSSH本社ビル一階にいる。

 コード0の衝撃の為に一時的なシステムダウンを起こしているが、これは間もなく回復するだろう。

 神敵サタンを倒した今、残るは最上階のミカエルのみとなった。

 奴を破壊する事が最終目的だ。

 その為に〈軍事衛星メギドアーク〉を手動で動かし、メギドフレアをこのビルに向けて放つ。」


 ここまで言って、建は疑問を持った。〈そんな事ができるのか?〉と…。今まで世界各国の情報機関からハッキングを繰り返し行われ、それを全て凌いできた水も漏らさぬ大天使のセキュリティが内部からなら瓦解出来るとでも言うのか?


 しかしそれを口にするより早く、新堂自身が否定する。


「というのが建前だ。

 成功させるのはまず無理だろう。

 だが、この事を声高に叫びながらメギドアークのコントロール室を目指す。

 そして奴らの注意を物理セキュリティに向けさせる。

 そうする事で先のプログラムによりエイリアス達の覚醒と、DW内のメシアとサンタマリアを倒す手助けをする事になる。

 だからと言って、我々も手を抜くわけにはいかない。

 何故か、Aシリーズのタイプ3が一体もいない。

 奴らはまだ戦力を温存していると考えるべきだろう。」


 ここまで来て疑問を持っていたのは建のみであった。彼以外は新堂に初めからついて行く事と決めている面々ばかりだからだ。しかし建は皆とは異なり、途中参加であり、自分が生き残る事に強い執着をもっていた。知能の高さがその辺りの計算高さの理由となっている事はいうまでもない。だから、今は疑問も不審を不必要に募る内容には触れない方が都合がいいと考え、自分も知っている当り障りの無い質問をしたのだった。


「ちなみに、メギドアークのコントロール室は何処にあるんですか?」


 建の問いの回答に、彼らは〈成功しない〉理由を知ることとなる。

 その部屋はミカエルの内部にあったのだから…

 今更絶望的な状況が変わるわけでもなかった為、皆はなんとなくそれをあっさりと受け入れていた。

 しかし、更に絶望的な報せは乙夏らをナビしていた凪喪によってもたらされた。

 乙夏=モードニス死亡の報であった。



   ★   ☆   ★



「見事なものね…」


 現実世界に戻ったサタンに労いの言葉をかけるミサヲは、母というには妖しく、白い肌に映える真紅の唇は艶やかであった。まるで恋人を待ち焦がれていた様に…


「でも、詰めが甘かったみたいね。」


 ミサヲの言葉に、サタンは素直にそれを認めた。


「はい。サンタマリアとメシアを捕り逃しました。」


「それだけじゃないわ。これを見なさい。」


 ミサヲが示したのは、モニターの録画VTRであった。




「なに、これからお前達が慰めに行ってやればいいだけのことだ…」


 不敵に笑ったサタンは、神曲の姿を捨て、現実世界に忠実に自らの身体を変化させていった。

 右腕は肩口から植物の根と血管が絡み合った黒く醜悪なそれへと変わり、神曲の不敵な笑みをみせていた口元は烏の様にせりでていった。まさに神敵を名乗るにふさわしい、悪魔の形相であった。


「なっっ!」


 四人は身じろぐが、QZLと房森陽洸はそれを意に介す様子は無く、しかし臨戦体勢は崩さずに対峙していた。

 瞬間、黒い腕は四人を無造作に打ち据え、激しく壁に吹き飛ばしていた。

 されるがまま…、いや何が起きたのかさえわからないまま、四人は全身を襲った激痛のためパニックとなっていた。

 そして、黒い腕は先のほうから自らの血潮を吹きながら四つに分かれ、それぞれが四人の心臓めがけて鋭く向かってきた。

 あっけなくも四人の時計が止まるかと思われたその時、四本の腕は一瞬にして輪切りにされていた。


「これでいいんだな?QZL…」


「ええ、アリガト。陽洸。」


 陽洸は悠然と一歩踏み出すと、真紅に燃える剣をサタンに向けていた。

しかしサタンもそれをさして気にする事無く、文字通り生えてくるように腕を再生させた。


「どうやら、予備は既に覚醒しているようだな…」


 口の無くなったサタンがいつかのナビゲーターに良く似た声で呟く。だがその事に乙夏は気付きもせず、腕にしっかりとしがみついてきた七月とともに身動き一つできずにいた。


「失礼な事は言わないで欲しいわ…陽洸が先に私の名前を呼んでくれた。

 私の名前を呼んでくれた人は光の軍団を統べる力を手に入れる資格があるのよ。

等しく、ね…」


 言って、再びQZLは乙夏に問いを投げかけた。


「私の名前、思い出しかた?」


 乙夏は、思い出していた。いや自分が生み出されるよりずっと以前から知っていた。

 だが、自分の腕にギュッときつく絡みつく七月の目からひとすじの涙がこぼれた時、乙夏は小さな声だがはっきりとQZLに言った。


「思い出したけど、俺は今を生きている。

 過去にいなくなった女も、訳のわからないモノや仲間もいらない。

 俺はいまいるコイツを護る。」


 それを聞いたQZLは静かに目を閉じると、サタンを抑えている陽洸の前に立ち、優しくキスをした。

 同時に、陽洸の身体は更なる変貌を遂げ始める。

 翼は四枚となり、身に纏う光が一層強くなっていったのだ。

 しかしその瞬間はサタンにとって好機であった。

 再生した腕を漆黒の剣へと変化させ、絡み合った二人に振り下ろした。


 ヴンンン…


 空気が震え、光は漆黒の剣をからめとる。

 サタンの剣は二人までは届かず、宙に留まっていた。しかし剣から滲み出す闇はゆっくりと光を侵食しはじめる。闇と光は互いに互いを喰らおうと一進一退を繰り返す。その中で光と闇が交じりたゆたう虚ろが現れはじめていた。だが、そうするうちに陽洸の変化は終わり、光の力が一気に膨れ上がった。


「くおっ!」


 膨れ弾けた光は神代病院のさして広くも無い通路をサタンの半身ごと分子へと分解し霧散させていた。

 同時に房森らは逃げに出た。背後の空間を歪ませると二人は身をあずけ、次の瞬間には忽然とその場から消え去っていた。

 その場に、歪みと虚ろから漏れ出る輝く粒を残して…

 粒は、乙夏らに触れると雪が解けるように身体の中に染み込み、先程受けた傷を一瞬にして癒し、萎えた心に熱いものを取り戻させていた。

 漏れでた粒が全て消えると、闇一色であった。通路が破壊され停電したためだ。だがそれも、少しの間も置かず非常灯に切り替わる。今まで時が止まっていたかのように、病院内が慌ただしくなり、耳を聾するほどに警報がけたたましく鳴りはじめた。


「逃げられたか…」


 困ったふうでもなく、事も無げにサタンは呟く。えぐれた半身は既に再生され、怪物の様は変わらぬ恐怖を漂わせていた。


「癒しの光を置いて去るとはな…

 どうやらお前達に永く苦しみを与えてほしいらしい…」


「くそっ!逃げろ!」


 乙夏は七月の腕を引き、ICUに向かって駆け出した。

 尊氏=ゴーレムはそれに続いたが、甲斐造は逃げ出さなかった。


「上手く逃げろよ…」


 呟くと、甲斐造はファイティングポーズを取り、サタンと対峙した。


「コラァ!このカラス野郎!

 そういう格好はクリ君だけで十分なんだよ!」


 ろくに格闘技もやった事は無いが、喧嘩で負け無しの甲斐造の右ストレートがボディを捉える。たまらず相手は身をくの字に曲げる程そのパンチには威力があった…そう、人相手であれば。

 無造作に縦に振ったサタンの腕は、甲斐造を真っ直ぐICUの入り口まで吹き飛ばした。

 甲斐造はそのままICUの入り口に辿り着いていた尊氏にタックルする形となり、たまらず尊氏も吹き飛ばされる。

 背中にタックルされた尊氏は呼吸困難に陥っていた。だがゴーレムでもある尊氏の呼吸が元通りになるまで人間のそれより遥かに速かった。

 すぐに振り返り、甲斐造を無意識に抱きかかえたが彼の時は既に止まっていた。


 光の粒子となった彼の身体は、尊氏の腕の中で弾けて消えた。


 尊氏は…いやゴーレムは、信濃が殺された事で自分の存在意義を見失っていた。だがそんな時、信濃の声が聞こえた気がした。


「そんな事ない。私達は貴方の中に生き続けている」


 と…


 安っぽいロマンチシズムだな、とゴーレムはすぐに走り出し、乙夏らの後を追った。

 しかしICUに入ってすぐ、立ち尽くす二人を見つけ、ゴーレムは思い出した。

 この部屋は入り口以外は密室だった、と…


「GAME OVER!」


 サタンは絶望の中にある三人の心臓を三つ又に割った腕で貫き、体外に引きずり出されたそれを握り砕いた。

 乙夏と七月は絶望を胸に抱き、一縷程の希望を夢見る時も与えられず、光の粒となり動かなくなったゴーレムに降り注いだ。


「ふ…」


 サタンは踵を返し、天を仰いだ瞬間、DWゲーム内から忽然と消えていた。




「わかったかしら?」


 モニターを前に、ミサヲはサタンに尋ねる。しかしサタンにはメシアとサンタマリアを逃がした事以外の問題は無い様ににえていた。そのため、無言で立ち尽くす事しか出来ずにいた。


「まぁ、いいわ。

 どうやら、この戦いは永くなりそうね。」


 予言めいた事を口にすると、ミサヲはすっくと立ち上がり、闇色の部屋から光の世界へと足を踏み出した。


「決着をつけに行きましょう。私達自身の手で…」




   ☆   ★   ☆




 乙夏=モードニス死の報に続き、湊七月、伊達甲斐造、真枝信濃死亡の報告がもたらされた。

 全てが後手後手にまわっている。皆がそう痛感せざるを得なかった。それを強く感じさせたのは他ならぬ新堂の自失であった。


「どうやら、ここまでみたいですね…」


 はじめに立ち直ったのは、妙崎建であった。いや、正確には立ち直ったのではなく、予定通りの行動を取りだした。


「この史上最高の頭脳を無に帰する状況は避けさせてもらいますよ。」


 その言動に石崎が激しく反応する。


「テメェ、まさか寝返るつもりか!」


 石崎の腕は言葉より早く建を突き飛ばしていた。

 たまらずしりもちをついた建であったが、やれやれと言った口調でそのまま語りを始めた。


「驚いたなぁ~

 まさか、僕を仲間と勘違いしているとは思いませんでしたよ。

 それも、あなたがね。〈石タコ〉…」


 最後の言葉が何を意味するのかを知っている新堂、あずみ、石崎の三人は驚きのため思考が停止してしまった。


「テメェ、何でそれを知ってるんだ…」


「何をいってるのやら……あなたの綽名でしょう?

 あ、そう言われるのは嫌いでしたね。

 神代高校卒業の時に〈今度その呼び方をしたら絶交だ〉って宣言してたから…」


 あずみは、以前感じた違和感の正体にようやく気付いた。


「たっくん…君、〈光〉だね?」


 この回答は、その場の全員を驚愕させるのに十分であった。

 光…、すなわち〈永瀬光〉。

 かつてのPPT出版社の同僚であり、現SSH社長、世界を手中に収めたミカエルと意志を同じくする者と同一人物である、そうあずみは言ったのだ。

 それに満足したような笑みをこぼし、建は埃を払うような仕草を見せゆっくり立ち上がった。


「ついてきてください。

 案内しますよ、ミカエルの元に…

 神の玉座に…ね。」


 言うと、天より彼らが螺旋を描きながら舞い降りてきた。

 AシリーズT1。SSH社長の親衛隊である熾天使と呼ばれる上級天使達であった。


「お迎えにあがりました。建様。」


 建はうなずくと、E-9装備を解除し、その場に脱ぎ捨てた。


「彼らは客人だ。後からもう二人来るから全員応接室に案内しておいてくれ。」


 建の言葉に熾天使らはうなずき、先頭を歩き出した彼について歩き出した。


「ボク達、ついていくしかないようだね…」


 あずみは皆を促し、彼らの後を追った。

 案内と言ってた割には敵を置き去りにした彼らの気が知れないと思ったが、その理由はすぐにわかった。通路の全てにAシリーズが待機しており、彼らが迷わないよう…いや、余計な事をさせないようにだ。もっとも破壊活動を始めたとしても何の被害も効果も与える事が出来なかったろうが。

 一方通行となった通路を歩きながら、今から臨む会見への不安を払拭させようとぽつぽつと話しを始めていた。


「一体、どういう事なの?」


 倉本はたまらず石崎に問いを投げつける。しかしいつもの調子でつっけんどんに、奴が言った通りだよ、と返してくる。いつもなら倉本も言い返すのだが、新堂の落胆振りを見て気持ちも萎えていた。


「らしくねぇな。両手が開いたんだから俺を殴ったらどうよ?」


 それに気付いた石崎は柄にも無く倉本を励ましていたが、らしくなさを感じて次の言葉が出ずにいた。


「私に優しくしたって四〇〇%何も出ませんからね。」


「はン、その時は無理矢理押し倒してやるよ。」


 通常回線から流れる微妙な会話があずみと凪喪をハラハラさせていたが、二人は別な事で手一杯であった。


「どう?ゴーレムは確保出来るかな?」


「まぁ何とかネ。

 リンクは切れてないし、転送出来そうだけど…どうする?」


「ん~いや、いいや。

 あの通路に擬似プログラムでバイパスを作ってゴーレムに誰も近づけないよう隔離するだけにしておこう。

 転送で迷子になられても困るし…」


「でも、なンの為にあんな失敗作を確保するの?

 もう乙夏君達のデータが破壊されてしまったのに…」


「最後の可能性だよ。」


 接触回線で交わされた言葉とあずみが持った希望は、先のミサヲが持った不安の種と同じ物であった。しかし現時点でそれを確信としてもてている者は唯一人しかいなかった。


「ねぇ、真ぉ~

 そろそろ、そのスタイル止めたら?」


 E-9スーツ間でしか通じない通常回線から流れたその言葉に倉本は激しく反応する。激してあずみに詰め寄ろうとしたが、石崎に腕を引かれて止められた。そしてあずみに乗った石崎は続けた。


「そうそう、マコやん芝居が下手なんだから無理すんなって…」


 軽口にも似た二人の言動に、倉本は戦慄き、凪喪はあっけにとられていた。

 幼馴染の域まで到達出来よう筈も無い二人は、励ますならもっと言い方があるだろうに、と思ったのだ。ただ、今の状況ではその励ましも無意味になるだろうとも感じてはいたが…


「ばれるか?やっぱり?」


 あっさりと新堂が認めたため、二人は二度驚く事となった。

 そしてエレベーターに入ると、新堂は全員のスーツとケーブルによる直リンクでの接触回線で話しを始めた。


「建が光なら、俺達は無傷でミカエルの前に行けそうだ。

 奴は危機管理がなっちゃいない。

 良過ぎる頭とそれを過信するくだらない矜持を持っている限り…

 おかげで、ミカエルも技術開発部三課の一室に灯が入っている事を見逃している。

 あずみ、ゴーレムの全データを三課の一から九番の生体槽に転送。

 彼らが俺達人間の最後の切り札になる。

 だが、なるべく彼らには力を封じたまま生き延びて欲しい。

 その為にも、俺達は命に代えてもミカエルを破壊する。

 スマン皆、俺に命をくれ。」


 皆の回答は、何を今更、であった。




 唯一絶対の存在の元に統一された世界を望む天使達…


 力有る者が旧き者を駆逐する、力のみを真理とする世界を望む堕天使達…


 どちらにも属さず、また属し、混沌をその身に宿しながら、自分は何者かを求めてなお生き続ける人間達…



 この時、自分達が何を成すべくして生まれてきたのかをはっきりと自覚できた彼らは幸せだったのかもしれない。


 電子的なベルの音が密室のエレベーターに響く。

 この鐘の音が彼らにとって福音となるか、葬送の鐘となるか…


 五人は扉をくぐる。


 時代が変わり、人の生き様が変わってしまう未来に向けて…



(最終話 『壊れていくこの世界で……』 了)

はい。雨宮の最終話です。

数年越しでこの最終話に到達しました。

リレー小説の企画をはじめ、色々な経験を経ました。


そして僕は描きたいテーマに到達したんです。


それが、『縁』『絆』『受け継がれるもの』です。


それが、エピローグからその先に続く物語になるでしょう。

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