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第九話『誕生、死、そして消滅』

記録者 真枝 神曲



 この数年間、新堂真の心の中には、常にミカエルへの反旗がたなびいていた。

 しかし今、その旗は彼だけでなく、彼の仲間達の心にも同様に在った。

 彼らはEMERGENCY‐LEVEL9の装備に身を包み、現実世界における、ミカエル達大天使の配下、ANGELシリーズT9と戦っている。彼らは、たった九人の反乱軍なのだ。そう、たったの九人。だが彼らの肩に掛かる〈人間の未来〉の数は数多であった。

 多くの人間が、何も知らず、日々を生きている。その存在が人外の存在、ミカエルによって統治されているとも知らずに。

 そして、その体制に反する二つのレジスタンスが立ち上がったことにも人々は気付かずに居る。一方…藤守ミサヲの側は人間をミカエルの統治から解放しつつも、人間達自身を人外のものへと変えてしまう術を選択し、もう一方…新堂の側は、人間を人間のままで、ミカエルの統治から解き放とうとしていた。 その為には、二つの反乱軍が、それぞれ、互いよりも早くミカエルと同等に戦えるような勢力へと成長しなければならなかった。そこに到達する術は、藤守に於いてはサタンの誕生であり、新堂に於いてはDWゲームを進行させ、ミカエルにより接近することであった。



      ☆  ★  ☆



『神詞、欲しいモノがあるんだけど…』


 その女は、その時、表情の無い冷たい声の中に、少しだけ甘さを含ませていた。それが、彼に違和感を覚えさせ、女に対して問い掛けをさせることとなった。


『何だ? 欲しいものって?』


 女は、答える。


『あなたの精子』


 身も蓋も無い女の言動に呆れつつ、彼は女の要求の意図を察する。


『今度の研究は何だ?』


 二度目の彼の問いは、彼が察した彼女の要求の意図の答え合わせでもあった。そして、それは正解だった。女のたてたシナリオの上では。

 女の真意は別の所に在った。

 真意を知らぬまま、彼は女に自分の精子を提供した。

 その直後。

 女は、彼の前から姿を消した。



 そして、彼女…藤守ミサヲは今。

 その胎内に受精卵を宿し、革命の序曲の鳴りだすのを待っている。

 彼女の胎内の受精卵とは、彼女自身の卵子と、嘗ての同僚にして恋人、東城神詞の精子を人工受精させたものにオリジナルSを融合させたものである。

 ここには…既にDWゲーム内の藤守まりあの胎内からA‐Osと融合した受精卵がダウンロードされており、あとはサタンの一刻も早い誕生を待つのみであった。

 ゲーム内受精卵のダウンロードから、どれだけ時間が過ぎただろう。まだ一時間かそこらのはずだが、その一時間は幾千年のように長かった。


 ドクン。


 無言であった受精卵が、突然脈を打ち始めた。

 彼女はそっと眼を閉じ、子宮に感じる拍動を包み込むように、大きく息を吸った。

 灰色の天井を仰ぐと、椅子のローラーがギシ、と音をたてた。


「……ついに…………」


「サタンが生まれる、のかい?」


 彼女たった一人の研究室に、男の声が響く。


「…久しぶりだね、藤守ミサヲ」


「……PPT社の頃以来ね。真枝神曲」


「研究にしか興味の無かった堅物の君が、まさか子供を産むことになるとはね」


 皮肉じみた真枝の言葉を受け流し、彼女は真枝に語りかけているとも、独白ともつかないつぶやきを洩らした。


「もうすぐよ。あと十五分もすれば、この世にサタンが生まれる。ミカエルの統治は、終焉を迎えるわ」


 彼女はまもなく生まれる子を宿しているとは思えぬ腹に手を添え、軽く撫でた。


「果たして、そううまくいくのかな?」


「…新堂真のこと?」


 彼女の眼は、虚空を見つめ、この世の何をも映していなかった。その眼に映るは、彼女がこれから創りださんとする彼女によって統治される理想郷としての悪魔の帝国。


「!…それは………」


 彼女の纏う濃紺のワンピースの裾から、何か、小さなものが、びちゃっ…と落ちた。

 真枝の眼に、それはまだ誕生に適さぬ、まだ人の形すら形成していない胎児のように見えた。

 そして、それは正解であった。

 濃紺のワンピースの裾、正確には藤守の股の間から生まれ落ちたそれは、驚くべき早さで、人間の胎児の形をつくり、やがて十月十日を母胎で過ごした胎児と同じような姿へと変貌した。しかし、その腹部より繋がった臍帯や胎盤は、赤い鮮血の匂いではなく、壊死し、腐乱した赤黒いものと化し、悪臭を放っていた。胎児の纏う血液と羊水もまた、同様に黒色で、アルビノのように白い胎児の膚を、墨汁でもかぶったように黒く染めていた。


「…………これが、サタン」


 キリスト教によって伝えられるところの、悪魔の特徴のひとつ、悪臭というのがこの匂いなのだろう、と真枝は思った。

 腐乱した臍帯は、さらに成長を続けるサタン自身の手によって簡単に引き千切られた。 急速に時間を消費して、どんどん成長していくサタンの変化が、次第に速度を落とし始めた。

 サタンとしての、あるべき姿へと、近付きつつあるのだ。

 サタンはまだ、眼を開いていない。おそらく、彼があるべき姿へと到達した時、その眼は開かれる……。

 手足が伸びきった頃、彼はその身に唯一纏っていた腐った血液と羊水の膜を魔王の装束へと変化させ、また、臍帯と胎盤を背中の猛禽のような黒い翼に変え、そして成長を完全に停止した。

 顔を覆っていた黒い髪が、風によってでも、誰かの手によってでもなく、自然に払われた。自ら白く発光し始めそうな程の白晢の膚には、一点の曇りもない。

 目蓋が小さく痙攣した。

 それを見て、真枝は息を呑んだ。

 藤守は椅子より立ち上がり、サタンを見つめ、そして高らかに、革命のファンファーレのように、彼女は叫んだ。


「さあ! 目覚めなさい! 新しい帝国の王よ。御前が最初にすべき使命を果たすのよ!」


 その声に反応したかのように。

 ゆっくりと。

 今、サタンが覚醒する…



      ☆  ★  ☆



『全員、生き残れ』


 新堂真はそう言った。そして誰も、死ぬつもりなどなかった。

 彼らの纏うE‐9の装備は確かに彼らの身を守っていたし、研修時に身につけた戦闘の技術は、実践において役立っていた。

 機械の天使達が、一人、また一人、意志を持たぬ機械の塊へと化し、地に倒れていく。


「…しかし…こんなに居ちゃあ、きりが無いですね…」


 他の者達よりも研修期間の短かった妙崎は、しかし持ち前の頭脳を生かしてか、うまく戦っていた。


「ああ、まったくだ」


 同意する新堂の後方では、東城が、くそっ、と毒づきながらも敵をまた倒していた。


「…………っ……!」


 ぴたり、と一瞬、東城の動きが止まった。


「どうしたの? 東城くん?」


 御名神の問いにも反応せず、彼は天を仰ぐ。彼らの周囲の機械製天使達も、同様に上方を見る。

 そして残されたDWチームの面々も、それに倣った。

 鳥のような影が、彼らの上を通過していった。


「何っ……」


「何あれ?……人?」


「いや、違う……見ろ、翼だ」


「……天使?」


「あれは………」


 空を舞う飛行者は、緩慢な動きで、下降を始める。

 新堂は、古びたカセットテープに録音されたような、歪んだ賛美歌が聞こえてきた気がした。


「魔王だ」


 黒い翼をはためかせ、魔王は降臨した。

 地上に近付いた彼は、迷わずに、一人の人間の前に立った。


「これが…サタン、だと?」


 魔王…サタンを眼前にして、東城は眼を見開き、唇をわななかせていた。

 もっとも、そうした姿は、戦闘用の装備の内部に覆い隠されており、誰にも見ることは出来ない。


「なんてことだ…」


 新堂は、苦々しく顔を歪めた。


「父親に、似すぎているな」


 父親、それはサタンをこの世に誕生させるため、どうしても必要だった存在。

 それは、東城神詞。


「…………っ」


 漆黒の髪の長さや、身につけている衣服、それにその右眼が鮮やかな赤色をしていることを除けば、東城神詞の前に立つサタンは、彼そのものであった。


「始めまして。父上…」


 この世に生を受けて間もない魔王は、しかし生まれながらの魔王であった。その眼にあるのはなみなみと溢れんばかりの自信、威厳……。


「さよなら」


 自分自身の声とさえ思える声だったが、東城の耳には、何故か藤守ミサヲの声が重なって聞こえていた。



 彼は、世界から遮断されている。

 嗚呼、誰かが何か叫んでいる。


『…ち…ょう!……』


 何だ? 何を云っている?

 東城には、判らない。


『東城くんっ!…』


 自分のことを呼んでいるらしい。

 何故だ?

 何だか記憶が無い。

 待て。少しずつ思い出してみよう。そうだ、戦っていた。鋼鉄の天使達と。それで、何かが飛んでいた。サタン?……おれはそいつの父親……サタンは云った。『始めまして、父上…』…それから……『さよなら』


 さよなら、とは、どういうことだ?


『東城!』


「東城!」


 突然、彼は彼一人の遮断された小さな世界から、元いた世界へと引き戻された。


「……………あ?」


 何よりも先に感じたのは、熱さだった。

 そしてそれは一瞬にして痛みに変わる。

 彼の体から、何かが引き抜かれた。

 サタンの左手の五指の爪が、鋼鉄のような重厚な輝きを放ち、一メートル程の長さにまで延びていた。その表面が、てらてらと赤く光っている。

 重厚な装備は貫かれ、穴が開いていた。

 左胸が。

 鎧の中で、血が吹きだした。

 思わず、装備を解く。三重のジェル層は消え、骨組みはガシャガシャン、と地面に大きな音をたてて落ちた。


「さ・よ・う・な・ら」


 自分の遺伝子を受け継いだ唯一の彼の子供が、笑いながら自分にその爪を向けた。避ける余裕は無く、もはやその気も失せていた。


 嗚呼。


『父親に、似すぎているな』


 新堂の言葉が過ぎる。


『そうでもないぜ…新堂……』


 感覚は、もうどこかへ行ってしまった。彼にあるのは、外界から遮断された意識のみである。


『ちゃんと、ミサヲにも似ていやがる……』


 最後に見た、子供の笑顔は、そっくりであった。子供の母親に。

 藤守ミサヲに。


『笑うときのその癖、同じじゃねーか…』


 脳裏をかすめたのは、右眼よりも左眼をより細める、藤守ミサヲの笑い方。

 彼が最期に思ったのは、結局、その女のことだった。



 DWチーム所属、元技術開発部三課、東城神詞、死亡。



「東城ぉっ…!」


 

      ☆  ★  ☆



 真枝親子と、〈ゴーレム〉というアンドロイドは、互いに眼をそらさなかった。


「救けてほしい、ですって?」


「そうだ」


「……それは、君の製造元、PPT社から、ということかい?」


 神曲の問いは、当たっていた。


「ほんの数日前まで、私はアンドロイド成功例の一つだった。だが、私には、製作者にとって不都合な、欠陥があったのだ。私は処分されることになった。そして、逃亡した。まだ、壊される訳には、いかなかった…」


「知っているよ。君の存在は、たしかにこの物語に必要な歯車のひとつだからね。君が存在しなければ困る」


 神曲の言葉に、ゴーレムだけでなく、尊氏と信濃も驚いた。


「…何故?…知っている?

 私でさえも知らない存在理由を……」


 室内に、緊張が走る。

 だが………


「おや」


 神曲が発した声は、その緊張を崩した。


「いけない…。これから少々用事があって、出掛けなければならないんだ。二人とも、留守番を頼んだよ」


「え…?」


「ちょっと、パパ?」


「行ってくるよ」


 三人の戸惑いを余所に、神曲はコートを手に取り、玄関のドアを開けて出ていってしまった。

 ぽかん、と立ち尽くしていた尊氏が突然、神曲の消えた玄関のドアの前まで走った。


「……………父さん…?」


 ぽつり、と呟くように云った。


「どうしたの?」


 信濃が訊ねると、消え入るような声で返事が返ってきた。


「もう、会えないような気がした」


 尊氏の後ろ姿が、得体の知れない不安に、小さく見えた。


「父さんと…」



 神曲は、マンションを出て、暫らく駅の方角に歩いた。


「そろそろ、いいか…」


 マンションが見えなくなった頃、彼は道に立ち尽くして、眼を閉じた。

 すると、彼は突然、DWから跡形もなく消えて、次の瞬間には、現実世界に居た。


 現実世界の彼の体はベッドの上にあり、頭に数本のコードが繋がれ、傍らのデスク上のコンピュータと繋がっている。

 目覚めるとまず、コードを頭から外した。 コード接続の為に開けてある穴に、チタン製のピンのようなもので栓をする。

 デスクには、昔の彼が写った写真がある。 彼の他に、六人。永瀬光。御名神あずみ。石崎直。飛鳥弥生。新堂真。


「私はただ、楽しみたいだけだ…残念だったね、新堂……」


 写真の中の、飛鳥と寄り添う新堂の笑顔に、皮肉めいた言葉を掛ける。


「期待してくれていたのかな、私に。だが、私は誰の味方でもない。ミカエルも、君も……」


 最期の一人に、視点を移す。


「君もだ。藤守ミサヲ」


 そして彼は向かう。

 新たなる世界の統治者になる可能性を持つ者の一人…藤守ミサヲのもとへ。




 灰色の天井。

 灰色の壁。

 女が一人、椅子に座っている。

 紺色のワンピースを纏い、独白を洩らす。


「……ついに…………」


「サタンが生まれる、のかい?」


 女たった一人の研究室に、彼の声が響く。


「…久しぶりだね、藤守ミサヲ」


「……PPT社の頃以来ね。真枝神曲」


 やがて、彼はサタンの誕生を目のあたりにする。



「さあ! 目覚めなさい! 新しい帝国の王よ。御前が最初にすべき使命を果たすのよ!」


 その声に反応したかのように。

 ゆっくりと。

 サタンが覚醒した。

 開いたその眼は、左が黒。右が赤。

 笑った。

 それは、生まれながらの魔王だった。




 東城神詞が、死んだ。


「……これが、最初の使命?」


「そうよ」




      ☆  ★  ☆




 東城神詞の死と同時刻。DWゲーム内。

 真枝・J・尊氏が消えた。

 跡形も無く。


「尊氏?」


 一瞬前まで隣に座っていた双子の片割れが、突然消滅した。


「とうじ?」


 信濃は尊氏の名を呼ぶ。


「………………」


 そしてすぐに、尊氏消滅の理由を悟る。


「わたし達が…架空の者だから?…わたし達が、現実に存在する者のエイリアスだから? 尊氏のオリジナルが死んだから、彼も消えてしまったというの?」


「……?」


 ゴーレムは、訳が判らないといった様子で、自問自答する少女を見つめた。


『もう、会えないような気がした』


『父さんと…』


 あの言葉は、現実のものとなった。

 その言葉を、頭の中でゆっくりと噛みしめ。彼女は自分のおかれた状況を整理しようと努めた。

 双子の片割れが、消えた。

 今は、頼るべき神曲も居ない。


「ねえ、あなた」


 彼女はゴーレムに話し掛けた。


「わたしにも、判ったわ……あなたの存在理由」


「何だと…」


「救けてあげる。だから……あなたには新しい真枝・J・尊氏になってもらうわ」


 云われた瞬間、彼も、そのことを悟った。

 自分の変身能力。

 まだ、壊されてはいけない、という、得体の知れぬ使命感。

 それらはすべて、今この時、この場面へと繋がるために在ったのだ。


「わたしと尊氏は…二人揃わないと、まともに戦うことが出来ない。代わりが必要なの」


 少女の眼は、真剣だった。




      ☆  ★  ☆




 クリスマスの夜が明けた。一二月二六日の朝。乙夏は結局、神代医大に入院していた。


「……陽洸達、まだ意識戻んねーのかな」


 噂をすればなんとやら。

 この日の昼近く、房森陽洸とともにICUで昏睡状態にある少女の意識が戻ったとの情報が、彼にもたらされたのだった。



 それは、聖母(サンタ)マリアの目覚め。

 また一つ、物語の大きな歯車が回りだす。




(第九話 『生誕、死、そして消滅』 了)

三度のUGゆうじ氏の登場です。

あぁ~とうとう****が**でしまいました。

しかも、そのせいで****が**してしまって、さらにその穴埋めに****に**させるなんて!

さぁ~、とうとう次は最終話です。


ちなみに、最終話は2パターン準備しました。


結局、最後まで残ってリレーしたのはUG氏と雨宮のみになってしまいましたので。


アナタは『最終話』の雨宮派ですか?

それとも『THE FINALE』のUG派ですか?

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