遂に及川の相棒の名前が判明した…俺達は松浦達を討伐に同行させるか考える。
「え~!
何それ!私も見たかったな~!」
その日の午後遅く、大学から戻って来た真鈴が口を尖らせて悔しがった。
法律を勉強している真鈴はもう大学4年生。
実際の警察の捜査を間近で見た俺と四郎とはなちゃんを羨ましがった。
「やつらもそれなりの持ち味があると言う事かな?
しかし、及川の相棒の情報に近づいて良かったな。
しかし、犬の首輪とリードか…女性用の着替えもあると言う事は…及川か相棒かどちらかが犬に変化して被害者を犬を囮にして車の中に連れ込んで犯行を犯しているという事かな?
犬を連れているのが女なら油断して、或いは下心を持って車の中に入りやすいだろうしな。」
明石が犬の首輪とリード、そして女性の着替えの服一式が用意してあるという所から犯行の手口を推理してみた。
「景行、その方法が妥当な所だな…相手に警戒されずに車の中に連れ込むという事は…犬に変化しているのはやはり及川かな?」
俺も明石と大体同じ考えだった。
「しかし、及川は相棒とどうやって連絡を取っているんだろうね~?
なんかとても用心深い奴みたいじゃない?
それに、アナザー2体で被害者の身体を全て食い尽くすと言うのも時間はかかるとは思うのよね~。
遺体の残骸をどこかに捨てているのかしら?」
圭子さんが首を捻った。
「圭子さん、まだまだ疑問に思う所はあるな。
まずは松浦達が採取したあの髪の毛や及川の部屋から指紋が取れれば相棒の方も特定出来るかも知れんぞ。」
「討伐の実戦では同行させるのがちょっと怖いけど、中々役に立つ人たちかも知れないですぅ~!」
栞菜が言うと皆が頷いた。
「栞菜、何でも使い方と言うのが有るからな。」
喜朗おじが言った。
またみんなが頷いた。
「景行、四郎、ところで及川と相棒の討伐だけど、松浦達を同行させる?」
俺が尋ねると明石と四郎が顔を見合わせた。
暫く黙って見つめ合う明石と四郎だが、互いに無言で意思のやり取りをしているようだ。
「もう~!
じれったいな~!
どうするの?」
真鈴が言うと明石が答えた。
「もう少し様子見だな。
今回はアナザーが2匹で及川もそんなに強くない奴だが…いざ現場で考えもしなかったことが起きる事はもう何回も俺達は経験しているだろう?
今まで楽に済んだ討伐なんか一つもないぞ。
しかし、松浦達に実際の討伐を見せておきたい気持ちも有るんだ。」
「じゃあ、もう少し松浦達の戦闘スキルを見極めてからという所だな。」
四郎がそう締めくくった。
そしてその日の夜のトレーニングでも松浦達がやって来た。
採取した髪の毛と指紋の調査結果は翌日の午後には判明するという事だった。
「最優先で調べてもらうように頼んでありますからね。」
松浦がそう俺達に言って屋根裏部屋でのナイフトレーニングの準備体操を始めたが脇を伸ばす時に少し顔を歪めていた。
やはり俺達のトレーニングはきついのだろうな。
松浦達は今日も散々に無様なダンスを踊らされたが、なんとかゲロを吐かずに済んだ。
俺達は死霊屋敷のシャワーを浴びて行けと言ったが、松浦達は断った。
「いいえ、これから私達はランニングをしてから戻りますので…。」
松浦が答え、3人は多少フラフラとする足取りながらランニングをして帰って行った。
「ふん、多少はやる気が出て来たのかな?
それがスキルアップに繋がれば良いがな。」
3人の後ろ姿を見ながら明石が言った。
翌日の朝にも3人が来た。
かなりヒーヒー言いながらも少しはクロスカントリーのタイムが上がっていた。
そして朝食時、松浦からSIGとナイフだけではなくIWRCサブマシンガンの射撃のコンビネーションプレイを教えて欲しいと言い出した。
確かにアナザー討伐をするには必須のスキルだが、昨日俺達が見せた射撃を松浦にやらせるのは少しためらわれた。
手元が少しでも何ミリか狂ったり、状況判断をほんの少しコンマ何秒早かったり遅れてもチ-ムを組んでいる仲間の頭を撃ちかねない危険な射撃方なのだ。
俺達は松浦達を見た。
松浦、杉下、岬の3人とも目に強い決意が浮かんでいる。
「まぁ、やっても良いが命の危険が高い射撃だよ。
充分に、本当に充分注意してくれ。」
明石が答えた。
そして数時間後、SIGとナイフのコンビネーション射撃を何度か練習した後で、松浦達が防弾チョッキとヘルメットに身を固めてIWRCサブマシンガンを渡されて色々念入りに説明、注意を受けた後で俺達も流れ弾に注意しながら射撃を始めた。
素人ではないにしても明らかに俺達よりスキルが低い者がフルオートで40口径弾をばらまけるIWRCサブマシンガンを撃つ近くにいるのはとても恐ろしい。
案の定事故が起きた。
岬が放った40口径弾が杉下のヘルメット左側に当たった。
倒れた杉下。
「セフティを掛けろ!
マシンガンを置け!
杉下を動かすな!」
俺達が叫んで倒れた杉下に駆け寄った。
なんとかヘルメットは2発の40口径弾を食い止めていた。
新素材を使った新型ヘルメットで助かった。
富士樹海の時のヘルメットならば運が良くても杉下の左耳は無くなっていただろう。
岬は蒼い顔をして杉下を見つめていた。
ヘルメットを脱がせると杉下の頭に傷は無く、すぐに杉下が目を開けた。
「ふぅ、どうやら大丈夫のようだな…。」
だが、杉下は着弾の衝撃を首で受け止めたようでしきりに顔をしかめて首をもんでいた。
「訓練中止。」
明石が言うと松浦が食い下がった。
「待ってください明石警視!
ここで訓練をやめたら俺達にトラウマになりマシンガンでの射撃に苦手意識が残ったままになります!
お願いです!
訓練を続けさせてください!」
「私からもお願いします!
首はもう大丈夫です!」
「私からもお願いします!
もう絶対にへまをしません!」
俺達は3人の熱意に負け、射撃訓練を再開した。
その後事故は起きなかった。
そして午後遅く、夕方近くに3人が死霊屋敷にやってきた。
杉下は首に湿布を貼っていた。
「髪の毛の調査と、及川以外の指紋がやはりありました。
そして及川の相棒らしき人物が特定出来ましたよ。」
松浦が嬉しそうな顔で言った。
「よし、今夕食の準備に入ったから『ひだまり』で話を聞こうか。」
俺がそう言うと杉下の顔が少し引きつった。
「杉下君、スケベヲタクファンタースマ軍団は仲間だからさ。」
俺が言うと杉下は不安そうな顔に無理やり笑顔を浮かべて頷いた。
そして『ひだまり』で3人は調査結果を俺達に話した。
岬がデータの書類を手に取って説明を始める。
「まず髪の毛ですが、20代前半と思える女性の物です。
軽く髪を茶色く染めてありますが、これは今時だとごく普通の物かと…。
薬物などの使用歴は見出せませんでした。
栄養状態はすこぶる良いですね。
それと…この髪の毛は人間…ヒューマンの物でなくアナザーと言う事が判りました。
次に指紋ですが、これは前歴者データベースに登録されていました。」
「なに?」
俺達は色めき立って岬を見た。
「まぁ、その時点でアナザーになっているかは判りませんが…今から2年前に都内で万引きの常習犯として起訴をされています。
被害を受けたスーパーにも弁済が済んで、罰金刑の略式起訴で済んだので刑務所に収監はされていないですが…。
名前は小山千尋と言う名前です。
これが彼女の写真です。
現在22歳、この写真は19歳の時の物です」
岬が差し出した写真には、若いのに少し生活に疲れた薄幸そうな女性の顔があった。
コーヒーとケーキを持って来ていた真鈴がテーブルに皿を置く手を止めて不審そうな顔をした。
「小山…千尋…。」
「何、真鈴?心当たりあるの?」
俺が尋ねると真鈴はテーブルに写真を見つめた。
「うん…私の高校の時の同級生にいたような1年の時…でも…小山という姓では無かった気がするし、千尋という名の覚えはあるけど…その子は直ぐに転校しちゃったしね…この顔は…う~ん定かでないな~。」
真鈴は首をかしげて個室を出て行った。
「まぁ、真鈴は置いて置いて、その、小山千尋の現住所とか勤め先は…。」
俺の質問に松浦が頭を振った。
「それが今は判らないんです。
どうやら住民票などそのままに引っ越しをしたようで…いまASSTFの方で今現在の居場所を調べていますが…。」
「なるほど、うちの方でも岩井テレサの調査部で調べてもらおう。
ともかく大きく前進したな、少なくとも名前は判った。」
ともかく俺達は及川と名前が判明した小山千尋をじわじわと追い詰めつつあった。
そしてその夜のナイフトレーニングでも松浦達3人は無様なダンスを踊った。
その後数日間、松浦達は亀の歩みほどだが訓練スキルを上げ、及川の勤め先に張り込んで小山千尋が姿を現さないか調べた。
岩井テレサの調査部から情報が来た。
及川は自宅から数駅離れた場所にもう一つのアパートを借りていてそこに小山千尋が済んでいる事が判った。
続く