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2.ウサギと森と灰かぶり5

「んで?」

「はい?」

 精一杯、美少女然りの笑みを浮かべてシンデレラとの名乗りを上げた有寿に対し、使者は即座に切り捨てた。

「アナタ、こちらのお嬢様と違うでしょ。で、本人はどこ?」

 え?なに?こんなあっさり男だって見破られた?まさか…声かっ?!いや、ちゃんと作ったはずだし…いや、わざとらしかったか?

 困惑する有寿に対して、使者は薄いガラスの板を差し出した。つられて覗き込んだ有寿は、彫り込まれた情報に思わず声を上げた。

「まさかの手配書っ」

 がっくり項垂れる有寿に、陰から様子を伺っていたシンデレラは(そら)を仰いで顔を覆った。

「…身代わり、有寿にしといて正解だったわ」

 アリスはしれっと呟く。

「…で、どうするの?」

「出るしかないでしょ」

 手配書って、まるで罪人扱いじゃない。シンデレラは使者を睨んだ。継母も義姉たちも、なすすべなく固まっている。

「ま、ガラスの板って所はロマンチックよね」

「叩き割ってやりたいわ」

 っていうか叩き割る、シンデレラは深呼吸すると、覚悟を決めて歩き出した。怒りのせいか、その背に漢らしさが漂いまくる。淑女らしくない、アリスは肩をすくめて見送った。

「私はここよ」

 凛とした声で、シンデレラは使者へ向き合った。使者はガラス板を一瞥し、改めて少女を認めると嬉しそうに頭を下げた。

「シンデレラ!」

 継母の声が悲鳴のように響いた。シンデレラは優しくそちらを見ると、ちいさく頷き、次いで挑むように使者を見つめた。

「やはりこちらのお(やしき)のお嬢様で間違えなかったのですね。ねばった甲斐がありました。さ、ご一緒にお城へ。王子の元へ」

「嫌よ」

 シンデレラの声はドスが効いている。全くもって淑女らしくない…物陰から、アリスは再び呟いた。

「は?」

 厳しい拒絶は想定外だったようだ。使者は困ったように顔を上げて、少女を伺った。

「だから嫌って申し上げましたの。お城の自家発電装置として使われるなんて、まっぴらごめんだわ」

「…仰ってる意味がよく分からないのですが?

 使者は首を傾げた。

「とぼけても無駄よ。この頭の火山が、貴方たちの目当てなんでしょう?」

「火山とは?」

「とぼけないで!」

 どうも会話が嚙み合っていないようだ。使者は仕切り直すように姿勢を正すと、再び深く腰を折った。

「王子は先だっての催し物にてお嬢様を見初められてから、后として望まれておられます。どうぞご一緒に、お城へいらして下さい」

 静かなホールへひときわ強く言葉が響く。シンデレラは言葉の意味を理解すると、崩れるように座り込んだ。


     ※     ※     ※


「結局、ただの一目惚れだった、って訳ね。良かったじゃない」

 アリスは悪戯っぽく微笑んで、祝福を述べた。経過はともあれ【シンデレラ】の世界だなぁ…、有寿は幸せそうな笑みを眺めながら頷いた。

 その後、有寿たちはシンデレラの邸で一泊し、再び森へと送ってもらっている途中だ。行きの沈んだ表情はすっかり晴れ、シンデレラは輝くばかりの笑顔で隣に座っている。

「それにしてもあの時のシンデレラ、随分漢らしかったわね。びっくりしちゃった」

 アリスはころころと笑っている。シンデレラはバツが悪そうに頬を染めた。

「…だって、手配書なんて言うんですもの。酷いわ」

 ガラスの板に刻まれていたのは、手の込んだ肖像画だった。王子の記憶から作られた、溢れる愛情による作品のひとつ…らしい。有寿は思い出して顔を歪めた。

「だーかーらー悪かったって。女装がバレたかって緊張してたし、テンパってたから」

 こっちだって本気で焦ったんだ。口ごもる有寿を、シンデレラは優しく笑って許した。

「って言うか、俺身代わりの意味とかなかったじゃん」

「もう、そう腐らないの。男の子でしょ」

 …だから女装が間違いなんだってば、有寿は心の中で毒づいた。

「ま、いざとなったら、そこら辺のウサギの穴に飛び込んで逃げるつもりだったし」

 アリスは悪びれることなく言い放つ。

「それ、最初から提案してくれよ。何も俺が女装する必要なんて」

「おかげで無事、話がまとまったんじゃない。良きかな良きかな」

 ね、アリスはシンデレラに目配せするとにっこりと笑う。

「アリスも…早く目的が果たせればいいわね」

「ん、ありがと。シンデレラも、間違えて穴に落ちてはダメよ?邸の中にもいくつか穴が確認できたわ。とっととウサギを捕まえて、この不安定な状況を元に戻さなくちゃ」

 アリスが言い終えると同時に、馬車が止まった。窓の向こうには大きな湖が広がっている。目的地だ。

「世話になったわね。ありがとう」

 お幸せに、アリスは優雅に腰を折って口上を述べた。

「私の方こそ、本当にお世話になったわ。ありがとうアリス。そして、有寿」

「あ、うん。こっちこそありがとうな。えっと、お幸せに?」

「なんでそこ疑問形」

 挨拶に戸惑う有寿の腕を、アリスは絡め捕ると強引に森へ向かって歩き出した。行きには分からなかったけど、随分大きな、深い森だ。よく簡単に出られたものだと、今更ながら有寿は思った。

「アリス」

 と、シンデレラが駆け寄ってきた。何やら思い出したようだ。その表情に笑みはない。

「気をつけて。最近、この世界は妙に物騒になってるわ。噂によると【鯨の腹】が絡んでいるって」

「【鯨の腹】」

 アリスは綺麗な顔を歪めた。

「そう。稀代の魔術師、ゼペットを崇拝する謎の地下組織【鯨の腹】」

「過激なことも厭わない、か。面倒なことにならなきゃいいけど」

 アリスは呟いた。とにかく、ウサギを捕まえることが先決だ。

「アリス」

 シンデレラはスカートの裾をつまみ軽く足を折ると、優雅に挨拶を述べた。

「ごきげんよう」

「ええ、ごきげんよう」

 簡単な挨拶を交わして、アリスは再び背を向けて歩き出した。再会は期待しない。もともと世界の違う存在だ。運命が交われば出会うこともあるし、もう二度と遭わないかもしれない。湿っぽい別れなど、なおさら不要だ。

 アリスは有寿を促すと、再び森の中へ入っていった。

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